7.サキュバス戦




「あれが件の?」


「サキュバスですかね」


「人型なんですね」


 二足歩行する姿に、下半身までは見えないものの尻尾がある様子。もうひとつ目立つ特徴は後ろ腰か、脇腹辺りから生えている黒っぽい翼だ。

 あと一応、胸は体毛か何かで覆われている。できれば局部も覆われていてほしい。私もいい大人なので、目のやり場にはたぶん困らないだろうが……佐藤さんの教育上問題があるからな。

 正面やや左前方からの視界であるため、木々や茂みの影響もあって全身を視界に収めることが出来ない。どうしても曖昧な表現になってしまう。


「顔は般若みたいに怖い。あれに騙される男は不憫ですね」

「角がある以上、鬼ではあるのじゃろ」


「サキュバスは、このメイズでは珍しく魔法を使うタイプなのよ。近接特化のあんたらがどう対応するのか楽しみだわ。一応、危なくなったら佐藤ちゃんと一緒にぶん殴って正気に戻してあげるから感謝なさい」


「私もですか?」


「当然ね。佐藤ちゃんもチームメンバーでしょ? ずっとおんぶに抱っこのままで良いわけがないわ」


「そうですね。そうですよね」


 実際、どうなんだろうか?

 田所さんが乱心したら私では全く止められる気がしない。逆に私が乱心したら田所さんに斬り殺されそうだ。


「どういった術を用いようか?」


「安心しな、精神に干渉する魔法を使うことは極めて稀よ。その代わり多種多様な攻撃魔法を使ってくることが多いわね。火の玉を飛ばしたり、氷の礫を飛ばしたりとね。あと低空だけど、空を飛ぶから戦いにくいでしょうね」


「面倒極まりない上に相性が頗る付きで悪い。迂回しましょう」

「……同意したいところじゃがな。あの辺りが最もモンスターの気配が薄い」


「はぁ、仕方ありませんか。臼杵さん、精神攻撃の対処法は? 殴って正気に戻す云々ではなく、精神攻撃を受けないための方法は?」


「悪魔系のチャームは目を合わせないこと、だね」


 田所さんが苦笑を漏らした。今回は完全に笑いだが、嬉しい笑いではない。

 気持ちはわかる。相手の目を見てはならないとは、私たちのような武術を用いる者にとって利点を捨てるに等しい。

 視線フェイントなどもあるため、一概には言えないが相手の視線で次の攻撃箇所を読むことは可能である。それが封じられるのだから堪ったものではない。


「ほんに、相性が悪い」

「足見て闘うにも飛ばれたら、どうしましょう?」


「あの、私がやります!」


「女性型悪魔のチャームは女の子には効き目が弱いのよ。だから男性には最悪の相手と言われているの」


 私と田所さんは視線を交差させた。互いに佐藤さんに頼るべきか、悩んでいる。既に私と田所さんのエゴを通すために、佐藤さんを巻き込んでいる状況にある。

 ここで困難に突き当たったからと、佐藤さんに頼るのは何か違う気がする。


「仮に、仮にじゃが精神を侵されたらどうなる?」


「サキュバスのチャームに、それほど強い干渉能力はないわ。棒立ちになるくらいじゃないかしら?」


「本当だな?」


「普通のチームであれば全滅必死だけどね。あんたたちならば、ぶん殴るだけの余裕はあると思うの。無論、あんたたちのどちらかが敵に回るのなら、あたしは佐藤ちゃんを連れてさっさと逃げるわよ」


 それもそうか。

 どうにも心配し過ぎていたようだ。


「私も田所さんが相手となるとスプラッタな死体になる自信しかない」

「儂は何もかも潰されミンチになっておるじゃろうな」


「はははは、はぁ~」

「くっくっくっくっ」


「佐藤さんにお願いするのは空を飛ばれた時かな? 短槍だけど、長柄だし」

「そうじゃの。なるだけ出番が回らぬようにはするがの」


 田所さんと視線を交わした後、互いにひとつ頷く。そして臼杵さんを一度見た。

 本当は頼ってはいけないのだろうけど、あくまでも保険だ。

 田所さんは左側の木々の中に消え、次いで私も右側の森へと踏み込む。佐藤さんの身柄を臼杵さんに預けて。





 なぜ、左右で別々に展開したかと言うと、サキュバスは二体いたのだ。


 左の森から近い手前側のサキュバスは田所さんが殺るだろう。私は右の森から奥にいるサキュバスの後方に回り込む予定でいる。

 田所さんには悪いが、先に仕掛けると思われる田所さんは囮だ。デコイとして双方のサキュバスの意識を引き付ける役目を是非買って出てもらおう。


 時折、襲ってくる小型爬虫類タイプや小動物タイプのモンスターは、一撃で仕留められるものなら仕留め、無理そうなら障害の内側へ弾き飛ばしている。割合的には弾いている方が断然多い。

 仕留めるに際して、なるべく頭部を狙っている。それも出血しないぎりぎりの、目玉が飛び出ない範疇の力加減に留めている。失敗したやつも木々の障害のかなり内側へ投げているのでしばらくはこちら側への影響も少ないだろう。



 あと少しで後方へと回り込めるというタイミングで、田所さんが仕掛けた。

 私がそうであるように、田所さんも私を囮に使いたかったのかもしれない。しかしこちらの方が移動距離が長いのだ。どうせ、当てが外れて痺れを切らしたのだろう。せっかちな爺様だ。


 案の定、手前のサキュバスの援護にもう一体のサキュバスが加わる。フレンドリーファイアも何のその、援護に加わったサキュバスは魔法を乱射し始めた。

 数多くの炎や石、あるいは氷の礫が飛翔する光景はファンタジーそのものだ。何とも不思議で非常に興味をそそられる光景である。


 一気に踏み込んだはずの田所さんだが、一旦距離を置いて援護側が放った様々な礫を避けることに専念するような動きに変じた。

 伸ばした爪で田所さんの刀と切り結んでいたサキュバスも、田所さんが距離を置いたことで、これ幸いと魔法での攻撃に切り替えた模様だ。


 ただ、援護するサキュバスが放つ魔法は敵味方の区別もなく、放たれて続けている。外れるものが多い中、掠めるものもあれば直撃するものもある。

 直撃しているのは田所さん側のサキュバスの背中だけで、回避に専念する田所さんには当たってはいない。



 前方のサキュバスが振り返った。

 両手をバタつかせて何かを主張しているようにも見える。

 あれは何だ……? 何をしている?



 おっと、サキュバス同士での魔法合戦が始まった。これは予想外にも程がある。


 援護側のサキュバスを背後から強襲しよう考えていた私は困惑してしまう。

 姿を現せば、田所さんの側のサキュバスに見つかってしまう。ここまでどちらにも発見されずに進んできた苦労が水の泡だ。


 こうなってしまえば、もうどうしようもない。

 出たとこ勝負だな!


 田所さん側のサキュバスは、援護側のサキュバスよりも魔法の狙いを定める精度が高い。外れる礫の数が極端に少ないのだ。逆に援護側は魔法が下手なのかもしれない。

 ただまあ援護側の下手な鉄砲戦術は全く無駄にはなっていない。乱射される礫の影響下では、あの田所さんでも近くいるはずのサキュバスに取り付けていない。


 なんとも見事な援護だろうか。

 コントなのか? 身を潜めているにも拘らず、声に出して笑ってしまいそうだ。


 それでも、ハンマーを右肩に担いで援護側のサキュバスの背後へと急接近した。

 肩に担いだ理由も含め、ハンマーをコンパクトに振うためだ。

 普段であれば、強引に振り回すところだが、今回は確実に当てることに終始する。重量物が当たることで姿勢を崩すことを第一に考えた。なので、今回の柄の握り方は普通の杭打ちハンバーと大差ない。

 


 こいつ、後ろに目でも付いているのか!?

 やや前方に飛び上がって避けやがった。何て奴だ。


 しかし残念なことに。こちらには二の太刀ならぬ、二の試作技がある。


 振り下ろしたハンマーヘッドを支点に柄頭を左右から一際強く握り締め、ハンマーを振り下ろした勢いのままに倒立。倒立した姿勢も全く維持することなく、そのまま倒れての踵落としだ!


 ただし、伸身を意識しないと尻から落ちそう。

 しかも相手への視線が完全切れてしまうから、当たるも八卦、当たらぬも八卦の大博打だけどな!


 日頃の行いが良かったのか? 今回は上手いこと当たってくれた。手応えならぬ、足応えは十分。

 事前に臼杵さんが言っていた低空しか飛ばないというのは本当だった。飛ぶというよりも、地面から数十センチ浮いていると言った方が正しい。


 ここで墜落したサキュバスを追撃する。

 踵落としの直後、着地の反動を利用して振りかぶったハンマーを振り下ろすだけの簡単な作業だ。


 背中側から首の根本となる、延髄の辺りを見事粉砕した!

 後頭部を狙ったつもりがズレた。でも結果オーライ。



 気になっていた田所さん側のサキュバスの動向も、私の登場と援護側のサキュバスが僅かな時間で打倒されたことに動揺したのか、動きを止めてしまっていた。

 そんな隙を田所さんが見逃すわけもなく、一息に肉薄したかと思えば、横薙ぎの一閃でケリが付いてしまった。


 サキュバスの上半身と下半身は見事に泣き別れ。

 血液と体液、腹に収まっていたはず臓物を景気よく撒き散らしている。あんなに派手に臭いの素を撒き散らすと後が怖いんだが……やり過ぎだ、あの爺様。


 

 田所さん側の討伐を見届けた私は、うつ伏せに倒れたまま微動だにしないサキュバスをハンマーの先端で一、二度小突いた。慎重に活動停止を確認してから対象を仰向けにひっくり返す。


 当然だが息はない。

 あんな重量物の一撃を、人体であれば急所となる延髄にくらったのだ。すぐに動き出すのならば、そちらの方が恐ろしい。

 ただし、その恐怖はモンスターである以上は例外なく時間差でやってくるため、早いとこ処置を施したい。


 後ろ腰にズボンのベルトで固定してある、支給品のサバイバルナイフを硬革製の鞘から抜く。胸骨と肋骨を避け、座学で習った人型モンスターの魔石位置に近い箇所へナイフを突き入れ、肋骨の隙間に沿って横に引き裂いた。


 二足歩行モンスターを討伐したのは、今日この瞬間が初めてのことである。

 だが、勝利に酔うこともなければ、良い意味での感慨は何もない。

 ただ、自分がこんな猟奇的なことをしていると思うと、何とも言えない気持ちにはなる。とはいえ、故意による殺害に引き続いての死体損壊だ。


 しかもその作業はまだ半ばで、続きがある。


 ナイフをハンカチで拭ってから後ろ腰に固定したままの鞘に戻す。

 今度は両手に嵌めた革手袋と右の肘当てを外し、右の袖を肩まで捲り上げる。この作業があるから鎧系統は私の装備の選択肢には入らなかった。


 引き裂いた傷口の上の肋骨と下の肋骨を、左右それぞれの手でしっかり握って強引に広げていく。ポキッと妙に軽快な音が響く。きっと軟骨部分が外れた音だ。

 この音が鳴れば途端に肋骨は広げ易くなる。これは四足歩行モンスターで同様の作業を何度も繰り返し経験して得たコツだ。


 握り拳が入る程度まで広がった肋骨の間隙に、腕捲りをした右腕を突っ込んで目的のブツを探る。その位置概ね決まっている。心臓の反対側にある肺胞のどこかだ。


 空気を多分に含んだ肺胞は生温かく、それでいて柔らかい。肺胞内を探る右手、薬指が何か硬いものに触れた。たぶん、これだ!

 探り当てた硬い物をしっかり握った後、ゆっくり右手を引き抜いた。

 血と体液に塗れた右手が握っているのは魔石。モンスターの動力源のような物ものだ。例外はあるそうだが体躯の大きさに比例する大きさであるとされている。


 このサキュバスでも、ラムネの栓に使われているビー玉サイズ。形状や色はモンスターの種類に因って様々であると教わった。

 こいつの形状は球を半割りにしたような形で黒っぽい色。色の確認は洗浄後に改めて行いたい。



 討伐した援護側サキュバスの処置を終え、急いで佐藤さんと臼杵さんの下へと戻る。木々の障害内部へと戻る意味はなく、通路を戻れば当然のように田所さんの下へ辿り着く。


「早く魔石を抜かないと復活しますよ?」


 モンスターはやっつけたら早めに魔石を抜かないと、早ければ数分で復活してしまう。復活するまでの許容時間は魔石の大きさと同様に、体躯の大きさに比例しているそうで、サキュバスともなれば相応の時間を要するとも思うが、今はまた別の理由で急ぎたい。


 実際に団体でのメイズ攻略の初日に、頭部を完全に首を刎ね飛ばしたはずの小動物タイプのモンスターが、数分で何事もないように復活した光景を目撃している。

 刎ね飛ばした頭部はそのままに。


 そういった部分が決定的に〝私たちの知る〟生物でないことを示していた。

 だからこそ、二足歩行モンスター相手に猟奇的とも思える魔石採取や素材採取が行えるのだ。復活するという事実が、免罪符としての効果を発揮しているのだから。


 返事のない田所さんの肩を掴んで揺する。

 サキュバスの血で塗れたままの両手だが、今はそうも言ってられない。なぜか呆けている様子ではあるのだが、何が原因でこうなっているのか判別できそうにない。

 ただ、これだけ血を撒き散らしているのだ。いつどこから血の臭いに誘われた新手のモンスターが襲って来てもおかしくはない。


 反応の鈍い田所さんは一旦放置することにして、私はこちらのサキュバスからも魔石を抜く作業に取り掛かる。

 上下で真っ二つになっている腹腔の断面から右腕を突っ込めば、肘辺りまで血や体液塗れになるが構やしない。今現在もヤバいリスクを負っている状況では、些事になど拘ってなどいらる暇などない。


 先程一体の魔石採取を経験しているおかげで、こちらも即座に魔石の位置を特定できた。そのまま引き抜けば、サキュバスの上半身は、切断された下半身を残して崩れ始める。

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