10.牛を担ぐ女
現在は魔石採取を終えたばかりで休憩中。
ファンシーブルの群れの総数は二十八頭だった。その中で私が討伐したものは二十頭で、残りは田所さんの獲物となっていた。
魔石採取中には当然のようにモンスターに襲撃されている。
理由は刀を扱う田所さんの所業によるものと、私が作り上げたミンチが悪影響を与えていた。
田所さんは前脚を斬り飛ばし、頭が下がったところで斬首していた模様。当然のように撒き散らされる血液は臭気を帯びており、モンスターを引き寄せる。
私は最初に下顎や顎関節を強打しての昏倒を狙い。その後に頭頂部に重い一撃を加え脳まで破壊することを目的としていた様子。記憶が曖昧ないため、死体を検分した結果でそう判断した。
田所さんがある程度纏まった血液を撒き散らしていのとは異なり、私のミンチ製造中に飛び散った血液は霧となって周囲に漂っていた。まさに血霧といった感じ。
どちらの手法もモンスターを引き寄せるだけの影響があった。今回は、どちらがより悪質であったかを問うことは不問とされた。
ただ、襲撃してきたモンスターは何も血の臭いに誘われたものだけではない。魔石採取が間に合わず、時間経過で復活したものも含まれる。
魔石採取中に復活したモンスターの数で言えば、ダントツで私の方が多い。
復活に要する時間は主に体躯の大きさの影響を受ける。その上で、欠損部分が多ければ多いほど復活は遅くなる。私は破壊しただけで、田所さんのように部位欠損を強いてはいない。その結果として、復活する個体が多かったのだろう。
「では往くぞ」
田所さんの号令で休憩は終わりなのだが、どうしても異様な風体をした女性に目が行ってしまう。
牛を担ぐ女性がいる。いくら小型の牛とはいえ、牛を一頭担ぐ女がいる。本来ならば内臓が詰まっているはずの腹に、ザックを詰め込んだ牛を担ぐ女だ。
田所さんが斬り飛ばして残ったサキュバスの下半身と同様の結果なのだろうが、佐藤さんと一緒に魔石採取に勤しんでいた私には憶測は出来ても、詳しい手法まではわからない。ただしっかりと魔石は抜いてあるという話だ。
「それ、どうするんですか?」
「売るのよ。モンスター肉は高級食材なの」
堪らず問うた佐藤さんを一体誰が責められようか。号令を下した田所さんですら、ちらちらと視線を向けているくらい異様な光景なのだ。
「私は独身なので自炊してますが、どんな店でもモンスターの肉なんて見たこともありませんよ?」
「そこらのスーパーになんか並ぶわけないでしょ。この超高級なお肉は、超高級なレストランに直送よ!」
高級レストランなんて自分の金で行くような店ではない。私は原職は中堅の建設系技術職で、接待する側でもされる側でもない。知らなくて当然だ。
ただ疑問に思う部分もなくはない。ここに来たために停職させられている原職は確かに建築関係ではあるが、その前の職場はそれこそ高級レストランも含めた高級ホテルだったのだが……モンスターの肉など、食材としても話題としても一切触れたことはない。
「あぁ、あんた、確かアレよね。でも知らないのは無理ないわよ。ここ最近だもの、モンスター肉が食用になると提唱されたの」
ちょっと興味がある。いや、かなり興味がある。食材として扱ってみたいし、何より食してみたい。
「そんな目で見ても、あげないわよ!」
ちっ、守銭奴め。この人、本当に金に汚いな。
見ろ、田所さんも佐藤さんまで胃の辺りを押さえて舌なめずりしているぞ。本人たちもその仕草に気付いているか微妙な様子だが。
「……往くぞ」
そっと告げたのは田所さんだった。
▽
牛を担ぐ臼杵さんの所為で休憩が多い。
そんなに重いのなら代わりに持ってやろうと提案しても、守銭奴は即座に却下する。始末に負えない。
「儂が言うのも何じゃが、お前さん……ちとおかしくはないか?」
田所さん自体もかなりおかしいままだと言うのに、目敏くも私の異常に気付いてしまう。自分でもおかしいことは理解しているので、表面上平静を取り繕っていたのだが、どこでバレた? 牛を担ぐ阿呆な女が何の目晦ましにもならない、とは。
「……何と説明するべきか。トラウマを思い出して感情を整理しきれていないだけです。でも、この歳になってようやく吹っ切れるかもしれない希望を見出せた」
あわよくば取り戻せるかもしれない。今は無意識下でしかほぼ振るえない師範譲りの多くの技を。未熟だった私が封じてしまったものを。
封じるに要した時間の二倍・三倍の時が必要でも、探索者ならば寿命も延びる。今の田所さんくらいの年齢になれば、取り戻せるかもしれない。取り戻せたらいいな。
「何企んでるのよ?」
「私の人生だからな。どこまでも私の自由で、どこまでも私に責任がある」
「かっこいいです!」
「えええ!? 佐藤ちゃん考え直した方がいいわよ。こんなのに騙されちゃダメ」
臼杵さんは私の何を知っているというのか。講師が扱う受講生の個人情報など、文章が回状でまわっている程度だろうに。佐藤さんの、私に対する妙に盲目的な姿勢には問題しか感じないにしても。
「まあいいわ。集まった魔石の代金は後で山分けにするわよ。それ以外はあたしが貰う」
「そういう約束だからな」
「儂も構わぬよ」
「私もです」
養成所では講師を介しての魔石の販売のみは許されている。が、それ以外のモンスター素材や鉱石などの取引は認められていない。魔石に関しては、モンスター素材売買で得られる旨味を受講生に味合わせるための施策だと思われる。
小指の爪程度の魔石でも一万円だ。その程度であれば、少し大きめの小動物型モンスターから獲得できる。それがどれだけの旨味かなど問われるまでもない。原職復帰して勤勉に働くことが馬鹿らしくなる程度には旨すぎる。
だからこそ、それ以上の旨味に浸らせないのだろう。
また、仮免許取得後に現場で技術を磨かせようという思惑もあるのかもしれない。
魔石採取も独特の技術を必要とする。当然、その他素材となる皮や爪や歯牙を剥くにも相応の技術が必要となる。
養成所ではそういった技術も教えてはいるが、まともな素材として扱える人間は極端に少ない。狩猟免許持ちでさえ何とかやっとと言った具合で、私も含めた多くの受講生は素材を無駄に傷付けてしまい、商品価値を下げてしまうだけだ。
そういう意味では牛をほぼ丸侭手中に収めている臼杵さんは、特殊な技術を有しているのだろう。
「佐藤ちゃん以外の、あんたたち二人が素直だと気持ち悪いんだけど……」
「賄賂は素直に受け取っておけ」
「袖の下じゃよ」
「えっ、これ賄賂なの?」
「今回の件は私と田所さんの共謀でしかなく、佐藤さんに罪はないという意味での釈明は必要だ。あとは事後処理の口添えも頼む」
「儂らの我儘に付き合わせておるようなものじゃしの」
「私はそんな……」
「こんな化け物じみた人にも罪悪感はあるようよ」
「酷い言われようじゃの、お主」
「爺様のことだろ。私は一般人だからな」
「あんたたち二人のことよ!」
魔法が使えたりするらしい、本免許持ちの探索者の方がずっと化け物だろう。
田所さんは、人が歴史と共に研鑽してきた武術を扱うだけの一般人でしかない。今の私はその紛い物でしかない。
田所さんは確かに異常な技術を有してはいるが、それだって血と汗と涙しか混じらないドドメ色の青春時代を送るなどの、かなりのリスクを背負った上に成り立つ鍛錬の賜物だ。あくまで私の想像でしかないが自らの経験を踏まえた上で、神懸かった技術を有する田所さんに当て嵌めれば、あながち間違いでもない気がする。
「ではこのまま東に直進。壁伝いを北上するぞ」
「方針転換ですか?」
「なまじ拓けた場所を往くから問題なのじゃ。壁を背にすれば囲まれようともやりようはあろう」
「わかりました。進路は任せます」
背後を取られるよりは幾分マシではある。逃げ場は無くなるので注意は必要だが、誰かを庇いながら戦うのであれば、確かにそちらの方がやり易い。
「佐藤さんはどうする?」
「自分で歩きます!」
「じゃあ、そうしよう」
「往くぞ」
東に直進して行くと、次第にモンスターの生態に変化が訪れる。内縁部分によく出没した小型モンスターの割合が増していく。全部が全部入れ替わったわけではないにしても、これは希望が持てる。
恐らく中域を脱した証左なのだろう。これでかなり楽になるはずだ。
▽
「おお、凄い壁だな」
「こんなものどのように造ったんじゃ?」
「ふふん。これは現代の建築技術と魔法の両方で造られているんだよ」
資材はどこから持ってきた? もしかして道路交通網がある? ヘリでやってきた私たちの知らない流通網が存在するのか? もしかすれば、街が近くにあるのかもしれない。
というか、魔法での建築が許されるのか? 既存の建築業者は失業するのでは?
謎だらけではあれど、今の臼杵さんには訊ねたくはない。なぜか自慢気な表情にむかついた。
「このまま壁沿いに北上すれば……っと、あそこじゃの」
「目と鼻の先じゃないですか」
「ゴールですね!」
「ああ、辿り着いちゃったのね」
「賄賂分の仕事はしろよ?」
「何をやらせるつもりよ?」
「まずは門番への説明と、支部へ帰還するヘリの手配」
「ヘリで戻るつもりだったの?」
「当初は往復も考えてはいたんだが、物資の在庫が逼迫している。主に水、食料にタオルもだな。課題も〝片道切符で出口まで辿り着く〟ことなら、支部への帰還はヘリなのだろう? ならば今回も同様で構わないはずだ」
「ちっ、頭が回る奴はこれだから」
「それに臼杵さんも荷物が重くはないか?」
「まあ、そうね。いいわ、手配したげるわよ」
正直に言うと、サキュバスが厳しい。あれをもう一戦か二戦すること自体に大した問題は無いが、田所さんの精神がどうなってしまうかわからない。
田所さんが本格的にダメになると索敵できる人間がいなくなる。帰り道がわからなくなり、迷子になるのは必至。水と綺麗なタオルはもう残り少なく、血塗れで戦い続ければモンスターを呼び寄せ続ける悪循環に陥る。携帯食料もそう多く持ち込んでいないので飢えて体力を失えば倒れ、モンスターに喰われて人生終了のおしらせだ。
実際にそこまで追い詰められる前に、臼杵さんが対応してくれるだろうが。
それらしく言い繕ってみたものの、実質ギブアップでしかなかった。
「血脂でベトベトヌルヌル。風呂に入りたい」
「汗だくじゃわい」
「あんたたち二人はずっと戦っていたものね」
「お疲れさまでした」
「佐藤さん、遠足は宿舎に帰るまでが遠足だよ」
「あんたたち二人のおかげで本当に遠足気分だったわね」
結果的に臼杵さんは移動しただけ。後はお土産の採取くらい。
ただ、それは結果論であって、二度も佐藤さんの護衛を任せてもいた。田所さんを正気に戻してくれたこともあり、多大な感謝はしている。
だがどうしてか、この人はあまり褒めていいタイプの人間に思えない。だから褒めたくない。
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