11.ゴール
「こんにちは~」
「あ? 中から声が……。ひょっとして脱走者か!?」
「――待て、臼杵ちゃんだ」
「うぉ、ほんとだ。本当に臼杵ちゃんじゃねえか」
「あの、鉄格子をお願いできますか?」
「今開ける!」
石積みの壁を刳り貫いた穴の先では、鉄格子がガラガラと音を立てて引き揚げられていく。音の感じから電動ウインチのような機械類があるのだろうが、こちらからは鉄格子と覗き窓のついた鉄扉しか見えない。
モンスターが棲むメイズと外界を仕切る壁。このメイズのように、城壁と見紛うばかりの高い壁が築かれているメイズはそう多くないと学んだ。
メイズに棲むモンスターはメイズ領域から出て来ることはなく、出て来るのはダンジョンだけだ。ここがダンジョンであれば、出入り口の周囲を覆うドーム状の構造物が建てられていたことだろう。
「臼杵ちゃん、脱走かい?」
「ちがいますよ~」
「じゃあ何でこんな所に――って、団体さんじゃないか! まさか脅迫されて……弱みを握られているとか!?」
「だから、ちがうって言ってるじゃないですか。まあ聞いてくださいよ。
彼らは、あたしが監督する今期のチームメンバーなんですけど、初日にここまで到達しちゃったんですよ~」
「え? 本当に? マジで?」
「マジのマジですよ。なので支部への連絡とヘリの手配をお願いしたいんです」
「えええええぇぇ!?」
「戦利品もいっぱいあるんですよ。ファンシーブルの群れを丸ごと潰したんで魔石がもうたっくさん、蹄や角もありますよ。魔石ごと内臓を抜いた丸ままのお肉もあるんですよ~。サキュバスも相手になりませんし、このメイズではもう試験になりませんね。ほんと、優秀過ぎて困っちゃいますよね♪」
「うわあああぁ、マジかぁー! ピンク牛一頭の売却益で一千万はいくだろ。オークやミノも食えるとはいえ、二足歩行は購買層の忌避感が強くて全く売れねえもんな」
「……支部にヘリの手配を要請した。準備に時間を要するって話だったから三十分以上は掛かると思えよ。しかし、とても新人て感じの面子ではないな」
「うん、お爺ちゃんと中年男と少女の組み合わせだからね」
鉄格子と鉄扉の内側に入れてもらっているので、もうモンスターに怯える必要はない。そもモンスターに怯えていたのもサキュバス戦の直後くらいなものではある。
門番の仕事は暇なんだろうか? 臼杵さんとずっと喋ったままで一向に話が止む気配がない。やっぱり暇なんだろうか。
「にしてもよう、救済措置後でも半日で門に到着するなんて今までにないぞ。初日に、それも半日足らずで突破するなんざ快挙にも程があるだろ!? これで臼杵ちゃんは新規採用枠確定間違いなし。金一封も増額されるんじゃねえか? 今度、何か奢れよな」
「運よく今日が東門の当番だった先輩たちと、我がチームで打ち上げをしましょう。代金はあたしが持ちます!」
「「よっ、太っ腹さらし娘!」」
「うっさい!」
「おい、こら待て! てめぇ、騙しやがったな!?」
「謀りおったか」
「……」
「ふふん。いっぱい助言してあげたでしょ。それでチャラよ」
聞くとはなしに聞いていた門番と臼杵さんの間で交わされる会話。臼杵さんの口調からして最初から妙な感じではあった。
田所さんのミスでファンシーブルの群れとかち合った際の、懲罰云々とは大きく異なる話の流れには当然のように疑問を抱く。だが、どこからどこまでが嘘で、何が真実なのか判断が付きそうにない。
助言や助力を得たことも確かなのだ。
「まあいい、打ち上げは期待している」
「酒は久方ぶりじゃしのぅ」
「お酒っておいしいんですか?」
「佐藤ちゃんはジュースに決まってるでしょ!」
無理矢理に恩を着せようとした賄賂は全く意味を為さず、最初から臼杵さんの掌の上で転がされていたようだ。
まんまと騙された私ではあるが、そう悪い気分でもない。臼杵さんの存在は、探索者の金銭への執着を教えてくれるよき教科書だとでも思っておこう。
その後、私たちチーム全員は門番の二人も交えて会話に加わった。
この二人は元探索者で養成所支部所属の実行部隊に所属している。実行部隊と言う何とも格好の良い部隊名ではあるものの、実態は門番の仕事しかないらしい。
あと、こっそり教えてもらったことだが、受講者グループ(教室)毎にどの講師が担当するチームが一番に、東西南北のどこの出口に、いつ辿り着くかの賭けが行われていると聞いた。
今回の私たちのチームで例えると『臼杵・東・01』となるそうだ。
各チームの監督役として参加する講師は賭けの参加資格はない。ただし、誰も賭けていない組み合わせが一番を取った場合には賭けが成立しない。成立しなかった場合には、そのチーム監督している講師が賭け金を掻っ攫うことができると言う。
私たちが掌の上で巧みに踊らされた結果、臼杵さんの収入は結構な額になるとの予想がされる。ただし、賭博なので法に抵触する。賭けられている金額は雀の涙で、知人同士の賭けゴルフや友人同士での賭け麻雀程度の少額であるため、問題にはならないと言うが。それでも職員の数を考えれば、決して少なくない額となるだろう。
一番に門へ到着したチームの監督役を務めた栄誉に対しての金一封とプラスすれば、朝から夕方まで散歩しただけで小金持ちに転身。何とも羨ましいことか。そこへ更に、私たちが賄賂として贈与したモンスター素材の売却益が加わる。
一体全体、どれだけの金額となるのか。私には見当も付かない。
パタパタパタパタパタパタ……
そうこうしている間にも、ヘリのローター音が着実に近付いてきていた。
「じゃ、また今度な」
「楽しみにしてるぞ」
「後で非番の日を教えてくださいよ。では諸君参りましょうか。凱旋よ!」
「胡散臭い笑みだな、おい」
「うるさいわねぇ。あんたたちにも一番手として賞金と景品が出るわよ」
「私は帰宅できれば金は要らないな。もらっても遣う場所がないだろ、ここ」
「儂も早う家に帰りたいだけじゃて」
「私はもう少しお二人と一緒にいたいです!」
佐藤さんが嬉しいことを言ってくれるが、そもそも今回の頑張りは早く帰宅したいがための発露に因るものだ。なので賞金と引き換えにしてでも、早く帰宅させてもらえるよう交渉したいと考えている。
この門を出て外へ行くつもりは当初から存在しない。配布された地図には養成所とメイズしか記されておらず、住所という意味での所在は今も変わらず不明なまま。
出口がある以上は、どこかしらへ繋がる道があるのではあろうが徒歩での移動には限界がある。少なくとも山中であることに間違いは無さそうだし……。
門から外へ出てみれば、案の定盆地の端っこだった。壁を築くために切り拓かれたであろう空間が存在し、そこにヘリポートが用意されていた。そこから先は山で森だ。
今もローター音を響かせているヘリは着陸している。このうるさい最中にあって、臼杵さんが口を開いた。
「どこに目と耳があるか判らないから、あそこでは言わなかったけどさ。あたしにだって、止むに止まれぬ事情があんのよ。ことと次第によっては、あんたたちの活躍のおかげで確保できるはずの新規採用枠が吹き飛ぶくらいのね。その後に謹慎も喰らうでしょうから、どうしても生活費が必要なのよ」
私もたぶん田所さんも、臼杵さんに言い訳など一切求めていない。魔石の代金が等分されるだけで十分な収益となるからだ。だというのに、彼女は真剣な表情を浮かべながらそう言い切った。その傍らで俯く佐藤さんの肩を抱きつつ。
「約束が違います!」
「そんなこと言っても、もう時間がないの。あたしのできることはもう少しだけあるっちゃあるけど、最後にはあんたの覚悟がモノを言うのよ」
「ううぅ」
「面倒な話は利害関係がありそうなお二人で幾らでもやってくれていい」
「儂らは帰宅できるようになれば、それで満足じゃてな」
ヘリが着陸して、パイロットとは別の誰かが降りて来た。扉を開いては、さあ早く乗れと催促している。
臼杵さんと佐藤さんの間で何か約束事がある様子ではあるが、はっきり言って私には関係ない。それは田所さんも同様だろう。
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