29.擦り合わせと今後の
ドロシーにハグされるがままの詩織を横目に見つつ、爺二人と情報を統合に入る。
彼らが独自に掴んでいる情報と、俺や詩織が遭遇した状況との統合。要は擦り合わせ、とも言う。
「家を捜索した結果出た盗聴器類は結構な量があった。各部屋に最低でも二つ。浴室のライトにはカメラまで仕込まれていた」
「私の知見では、その多くは発信式のものでしたね」
「発信式ってことは、近くで傍受する形か」
「概ね」
「鑑識もその方向で付近を捜索すると言った」
スチュワートは特殊な技術を有した潜入工作員であり、割と何でもできる。逆に軍人でしかないラルフは言葉遣いもそうだが、丁寧さというか細やかさに欠ける。
それでも、二人の言いたいことは理解できる範疇に収まる。
「そちらの概要はアンディから得ています。追跡を撒くのに北川の手を借りたとも……」
「探索者とはどこまでも個人主義であると記憶している。徒党を組み、組織的に動くことを厭うのは、国がどこでも変わらなかった」
「個としては脅威でも所詮は個でしかなく、軍や官憲には対抗し得ない勢力として扱われています」
「どの国も探索者人口は少ないからな。とはいえ分母が増えれば、それだけ妙な分子も数を増す。それまでの常識では計れない例外が発生しても何ら不思議ではない」
統計では見えてこない数の少ない勢力は、何も今まで存在しなかった訳ではない。統計という性質上、マイノリティが露呈しなかっただけだ。
まだ、臼杵さんの背後関係は判らずとも、〝探索者とは〟そういうものと決めつけるのは早計でしかない。
「では、どのように対処致しますか?」
「警察の捜査には介入しない。……逆に、臼杵さんの減刑を図りたいとさえ考えている。詩織を、俺の子供だと教えてくれたのは彼女なんだ。何がどうしてあんな暴挙に打って出たのかはわからずじまいだけどな」
「正式なルートでの要望ともなると、確実に借りを作る」
「スナイパーの天敵の面目躍如と、要人警護に駆り出されますね」
「それで清算してもらえるなら万々歳だ。問題はどの国に頼むか、何だが……」
〝目が良い〟と言われて久しい俺だが、何も遠方が実際に視えている訳ではない。視線の先にあると思われる感覚が優れていると言ったところ。その感覚の精度は歳を追う毎に増しており、若い頃には今のように方向までは判別できなかった。
それにも増して養成所生活を経た現在では、向けられた視線から感情を読み取ることさえ可能となっている。これは剛の言う複合スキルとやらに由来していると思われる。まだ原因が未確定なため、特定できるまで黙しておきたい。
「現在の日本との関係上、私の所属国が妥当ではありませんか?」
「日本との外交を考えると我が国は……弱い」
「お前たちがそう言うと思って、第三国を指定したい」
「それでは選定に時間を要しますが?」
「多少時間は掛かっても構わねえよ。まだ供述が取れてないみたいだし。彼女の背後関係が露呈した、その後でいい。どうせ日本の裁判は遅いからな」
この二人は日本に長く滞在しているが帰化していない。母国の機密情報を多く有しているがため、帰化できないといった方が正しい。
これだけ優秀な人材に育成した関係上、みすみす手放す国家はまずないだろうが。
「こっちの情報はそんなとこだ」
「こちらにはひとつ懸念事項があります」
「……勤務先に、おかしな女が出入りしている。今は御子柴で止まっている」
「相変わらず、御子柴は役に立つなぁ。お前たちの慧眼には畏れ入るよ」
御子柴結人という人物を、ある日二人が連れて来た。理由を聞けば、俺の影武者にすると言う。主に外国人向けの影武者として擁した御子柴だった。
人種が変わると、人間の顔など見分けが付かない。知己でもない限りは。
それを理由に外国人向けの影武者とした御子柴なのだが……実際には日本人がよく引っ掛かる。断片的な情報だけで俺の存在を追った日本人がよく引っ掛かるのには、この二人をしても苦笑を禁じ得ないようだ。
「で、今回も例の如く日本人だと?」
「はい、身元は既に判明しております。警視庁の刑事でした。汚職警官というやつですね」
「あの協定を何かの利権と勘違いした輩か。最近はめっきり見なくなったというのに……」
利権など端から存在せず、甘い汁などではない。あの協定は事後処理のために用意されたものでしかないというのに。
ただし、協定締結直後……当時はあの協定の意味を正確に理解していない者が多かったのも事実ではある。
故に、甘い汁を吸えると勘違いした国会議員、若しくは議員秘書が接触してきたことが何度かあった。そんな議員や秘書もありとあらゆる方面からスキャンダルが露呈。入院後に病死と報道されている。
これらの処理をしたのは俺でもこの爺二人でもない。
協定の締結先である国々が勝手にやったこと。以降、日本政府も過敏に反応するようになる。
接触を図ろうとする馬鹿に釘を刺しているのか、そうなる前に処置しているのかは謎だが。甘い考えの下、接触を図ろうとする者が居なくなったのもまた事実。
「抱き込めるか?」
「蛇の道は蛇、だ」
「向こうの要望次第ではありますが、何とか懐柔してみましょう」
こういった作業は俺やラルフには向かないため、スチュワートにお任せする。
潜入工作員の手練手管の見せ所だろう。実際に拝見することはないだろうが。
「その女の目的も気にはなるが……以降の予定を詰めたい」
「お嬢様のことですね?」
「ほう」
「詩織は、俺が得体のしれない何かだと察知しつつある」
端から隠し立てしていないことが原因だが、それは措く。
「そこで、俺とお前らの間に何があったかを話すつもりだ。そこに剛も交える」
「懐かしいですな」
「……」
「ラルフはもう気にするな。ただ、済んだ話ではあるものの、詩織には聞かせておきたい」
スチュワートとは違い、ラルフは当時の話をするといい歳の爺をして泣きそうな顔になる。当時、泣きたかったのは俺の方だというのに!
「北川を交えるのは何故?」
「引っ越しを機に防御もある程度固めたい。手勢を増やす必要がある。家人は借りるしかないが……」
「諜報にも力を入れるのですね」
「前々からスチュワートより要望されていた諜報の、頭に剛を据える」
「真面目な青年だ。自分は承認する」
「一層精進してもらわねばなりませんね」
情報屋だけでは喰い詰めかねない剛一家の救済と、我が家の現況を踏まえた上での採用である。
「家人はどのようにお考えでしょう?」
「美咲おばさんに借りる。理想はエリカだが……」
「無理」
「断られますね」
「本当は母親経験者が望ましかったんだが……」
「アマンダではダメなのですか?」
「アマンダは……あのスターゲイジーパイの悪夢を忘れたか? そもそもアマンダの所属はアンディと一緒で狸親父の配下だぞ」
「あれは衝撃だった」
エリカもアマンダもサイコ女の友人であり、現在はサイコ女の実娘が経営する会社に勤めている。そしてエリカは受付部門の主任を務めている関係もあって、引き抜きは困難だと二人は主張する。
次点でスチュワートは同じく受付部門の副主任を務めるアマンダを勧める。アマンダもエリカに負けず劣らず家事全般のみならず、要人警護まで可能な女傑である。
ただ、アマンダには問題があって味音痴なのだ。決して料理の手際が悪いわけではなく、味覚がおかしいだけ。エリカ曰く、アマンダの両親や祖父母から引き継がれた不思議な味覚を有しているとのこと。
例に挙げたスターゲイジーパイも見た目は本当においしそうだった。
ニシンの代わりに突き出たロブスターは斬新だったが、海老の出汁をふんだんに含んだパイが不味いわけがないと思えた。ただ、パイの中心を大量の苺ジャムが占拠してさえいなければ……。
「もう妥協しましょう。エリカの長女直子と、アマンダの息子ハミルトンを採用しましょう。あの二人ならば所属の是非もありません。それぞれの母親と交渉するだけです。世間話を聞く限りでは、二人とも大学を卒業後定職にも就かず、暇を持て余している様子です」
「ナオとハルか。数年前の記憶しかないが、遊んでんなら拾い物か。
一応は広い屋敷を借りるつもりでいる。俺と詩織、スチュワートとドロシーは確定で、御子柴も箔付けに住まわせてもいい。多少人員が増えたところで問題ないな」
「自分が抜けてる」
「ラルフは奥さんと娘さん夫婦と孫がいるだろ? 奥さんは俺たちの事情を把握していても、一般人の娘さん夫婦と孫は関わらせるべきじゃない。ラルフが帰るべき家は、そちら側だ」
自分が除け者にされていると拗ねるラルフに言い聞かせる。
日本滞在が長くなったことでラルフは奥さんを呼び寄せている。その頃には既に日本人の一般男性と結婚していた娘さんと同居することになった。
ラルフには二男一女の子供がいるが、母国に二男を置いてきている。とはいえ、既に独立した男性である。ちなみにだが二人とも揃って軍人であり、大学生時代にあった灰色の海外訓練で大変お世話になった知人である。
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