23.堀内さん



 キキッというディスクブレーキの音に私と剛は警戒を露わにすれば、詩織が何事かと周囲を見渡す。


「うちの店に乗り付けるのは、きっと堀内さんだ」


 凡そ固定客で成り立っているようにしか見えない草臥れたパブ。当然、一見さんなど寄り付きもしない。罷り間違って臼杵さんみたいな来客がないとは言わないが……かなり確率は低い。


「北川君! テレビ、テレビをつけて!」


 無造作に開かれた扉から入ってきた人物は、そう言った。

 んなことを宣う客にも丁寧に対応しなければならない剛へ、一瞬でも同情したくなってしまう。が、彼こそが私が呼び出した人物であった。


「テレビが何だと……」


「どの局でも白昼の惨事として報道されてるよ! 小坂君も相変わらずだね。今回は何に巻き込まれたの?」


 私は原則、能動的な人間ではない。

 余程切羽詰まった状態でもなければ能動的な行動に打って出ることない。例えば、師範に助力を請うたり……とか。その一方では受動的ではあるのだが、私が自らを省みない行動に出ることは極めて稀である。


「何に巻き込まれたかも、いまいちわかっていません」


「ストーカーに追い掛けられてる、様な状況なんですよ」


 正直な私の言い分に対して、剛が補足事項を伝える。

 間違ってはいない。正論ですらあるが、何とも言えない徒労感に襲われてしまう。


「……うわぁ! 後ろ姿だけど、映ってるじゃん。時間切れが早まった」


 詩織を抱きかかえて逃げている様が、報道ヘリに捉えられていた。

 端も端で時折見切れてすらいるけれども。


「報道規制は掛けているけど、もう手遅れだよ」


「ヤバいな。臼杵さん、殺されるかも……」

「お父さん?」


 おっと、詩織の前で迂闊なことは言えない。だが、事実はそう変わらない。


「そちらのお嬢さんはどなたかな? 私は公安調査庁の堀内という者だけどね」

「そっちの嬢ちゃんは佐藤家が隠していた英一の娘だそうだ」


「あっと、そうだ。DNA鑑定キットを頼み忘れた。――って剛、電話を借りるぞ」

「爺さんたちにも早く知らせてやれ」



「うちの筆頭二人か、アンディを呼んでくれ。…………あぁ、ラルフか? スチュワートと共に私の家を家宅捜索しろ。必要なら鑑識を借りればいい。壁や天井は抜いても構わない。ガレージの車も含めて徹底的にやってくれ。……ああ、わかってる。引っ越し先は防御を最優先に考える。おばさんに相談するさ」


 全探連の人事局がやってきた際に、冷蔵庫の物資を近隣の飲食店に預けるという文言と引き渡しの権利書を受け取った。その際に家の鍵を渡したことを、私は忘れていない。

 臼杵さんから受け取った物が何かも信用できない以上、私の家に入ったと思しき者も当然信用は置けない。


 普段は知り合いに預けている二人の部下へ指示を出した後、受話器を置いた。


「全探連が用意した監督者が奇行に走った以上、全探連本部に問い質すほかない。発信機を取り付けられたり、追跡を目的とするために探索者カードの存在を伏せられたりと……その上ストーカー紛いの行為」


「小坂さんは問題事を定期的に引き寄せますね」

「概ね暇な部署なのだから、時折起こる問題には誠実に対処してくださいよ」

「でも、連鎖するんでしょう?」

「それも公僕としての勤めの内でしょう」


 堀内さんが言ったように、私に関する厄介事は連鎖する。それが何か……は起こってみなければわからない。

 大体、碌なことではないのだが。それも二十年来という長い付き合いだからこそ、理解できることではあるらしい。いや、あってほしい。


「全探連の今の会長は……ええ、問題ありません。アポイントメントを取っておきます。ちゃんとパトカーで来ていますよ?」

「パトカーを頼もうと思っていたんですが、私の思考が読まれてますね。運転手は所轄の警官ですか?」


「小坂さんに因子が覚醒した以上、年齢的な問題で余儀なくされた勧誘合戦が再び激化すると上も考えておりましてね。我が部署も珍しく増員された次第ですよ」

「私が日本人を辞めることはありえないのですが……」

「あなたがそう主張したところで、多くの国家があなたへの関心を失ったわけではないのです。特にあの件に関わった国々は未だに熱を失ってはいない」


「面倒な」

「あなたは当時高校生でありながらも、その力を示してしまった。今はそうとも言えないようですが」


 あの頃と比べると私はかなり弱くなった。あの頃の私こそが最も強かったと思う。

 代わりに政治力というものを手にはしたが、それも配下の二人とその教え子たちの力に由るものが大きい。ほぼ制御不能ではあるものの、極一部に限り緊急停止ボタンを入手できたのは最近のこと。それを除外するとしても、純粋に私だけの力などではない。

 ただ、裏社会一般では私は大物と捉えられている。そこが大いなる問題点。


 総てはあの狸親父の所為ではあるものの、ある程度は自業自得に近い。


 複雑な事情を知る同級生が制止してくれはしたのだが、それも軽く小突いたら倒れてしまう程度の小物だったことが惜しい。

 あいつがもっと強ければ、私はこんな立場になどなっていなかったものを! それが逆恨みで、八つ当たりではあると知ってはいても嘆きたくはなる。




「アポは取りました。全探連本部に向かいましょう」


 剛の店を出て、表に止めてあるパトカーへ乗り込むことにする。臼杵さんがこの店のジャミングに気付き、戻って来る前に出発しなければ危険だ。


「詩織。パトカーに乗るのは初めてかもしれないが何も緊張する必要はない。お父さんも剛もよく利用しているからね」


「俺は二回くらいしか……」

「……っ」


 剛に「黙れ!」と言いたかったのだが、唐突に上方向からの視線を感じた。私はそれを探す。


「どうした、英一?」

「一瞬だが視られた」


 私を目視した人間がいた、と思う。

 ぐるりと周囲を見回す。付近の建物の屋上に注視する。


「スナイパー? スポッターもいるかな?」

「小坂君、どこから!?」


 堀内さんが詩織をやや強引にパトカーの後部座席に押し込み、頭を低くするよう言い付た後、私へと問うた。


「大丈夫です。二人とも見守ってくれているような優しい感じがします。大方、ラルフの弟子の誰かでしょう。人物の特定はできませんが時間切れということですね」


「お前の目が良いのは俺だって知ってる。でも、今まで感情なんて読めなかっただろうが!?」

「養成所に入って、メイズで訓練するようになってからかな。相手の視線に感情が乗るよう感じ始めたのは……」


「精神系、精神感知スキルでも生えたか?」

「いや、私のは魔法系だが」

「…………もしかすると複合スキルかもな」

「複合スキル? まあいい、あとで聞く」


 剛の話を一旦措いて、私は自身の左足を軽く上げると腿と脹脛をそれぞれ二度叩く。向こうからも見えているはず。もし発砲するとしても狙いは足にしてくれるよう頼む。

 臼杵さんが射殺されたら証言が取れず、背後関係が分からなくなってしまう。それは何としても避けねばならない。相手が私の望みに従ってくれる保障など何も無いが、何もしないよりは幾分マシであると思いたい。

 少なくとも、あちらはスポッター付きのスナイパー。二人の意見が割れて狙撃を中止することだって十分にあり得る。


「室長! ターゲットが戻ってきます!」

「探索者対応チームは何やってんの! 小坂君……はもう乗ってる。北川君も早く!」

「俺も!?」

「ここで彼女を相手したら、お店が無事で済むかな?」

「勘弁してくれよ」


「出せ!」

「了解」


 堀内さんは剛と問答していてそれどころではない。ならばと、私が運転手へ指示を出す。

 詩織は比較的小さいがそれでも大柄な男が三人も後部座席には乗れない。従って、剛はタイヤを鳴らすパトカー助手席に慌てて飛び乗った。


「僕の部下なんだけど……」

「私の為に用意された部署でしょう?」

「そうだけど、腑に落ちないなあ」


「追って来てます! ヤバイヤバイヤバイヤバイ」


 ルームミラーを確認した運転手が悲鳴を漏らす。

 運転手以外の全員が振り返って状況を確認すると、ガラス越しにダッシュしてくる臼杵さんの姿が見えた。


 が……突然、彼女が転倒する。


「マジかよ! ビル風をものともしない狙撃。さすがルドルフさんのお弟子さんだ」

「かなり遠かったと思ったんだが、一撃かよ」


「探索者対応チームが追い付いたね。これで拘束できる。酒井、私たちは今の内に全探連本部に向かおう」

「了解」


 六十歳近い堀内さんと違い、酒井さんは若い。二十代半ばから後半といった具合だろうか。公安の職員であることを踏まえると、エリートであるのは疑いようもない。

 それにしては少々チャラいというか、軽いというか。堅物であるよりかは、付き合い易くはあるから良いことだろうけれども。

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