21.推測



ピッピッピッピッピッピッ、ピッー!



 外の警戒を終えて戻った剛が、探知機を用い発信機の類いを探している。

 簡易型だそうだ。トランシーバーのような形をしているそれの、アンテナ部分をザックや武器ケースに向けていると反応があった模様。


「餅は餅屋か。――剛、電源のラインだけ切り離せ。間違っても本体には触れるな」

「わーってる。指紋を採取すんだろ?」

「ああ」


 探知機が反応したのはザックの上部にある持ち手部分と、武器ケースの側面。

 持ち手部分は樹脂製。合成繊維の生地を挟み込んだ持ち手部分を、詩織をアシスタントにして私が工具でバラす。剛はその間に武器ケースを開き、緩衝材に使われている硬質ウレタンを引っ剥がしている。


 持ち手部分から出てきたのは単三電池サイズの何かと、単三アルカリ乾電池の入った安っぽいプラ製の電池ケース。

 白黒緑の電源コードの内、黒をニッパーで切断。電源コードを摘まみ上げ、詩織が開いたまま持っているジッパー付きのビニール袋へ入れた。ジッパー付きのビニール袋は、店のキッチンにあったヤツ。


 指紋を採取したところで前科がなければ人物を特定できないが、臼杵さんと交流の深い職員の指紋と照合するという手はある。やるのは公安任せ、堀内さんに相談してみよう。

 ただ、この方法は仕掛けられている発信機類が、正規の手続きを踏んだものだとほぼ意味はない。例えば……私の同期、今もあのメイズで悪戦苦闘している連中のザックや武器ケースにも取り付けられていた場合だ。

 探索者を追跡するという意味では、全探連から支給されたスマホと同じ扱いでしかないから。


 私は発信機を無力化できたと胸を撫でおろすも、剛は難しい顔をしたまま。


「なあ、英一。この全探連印のスマホ、起動したか?」

「いや、受け取ってそのままザックに入れた。私の都合上、こんなあからさまに追跡してますよ? という機器をそのまま扱うわけがない」


「でも起動してるぞ?」

「リモートで電源入れやがったか……」


 剛は全探連印のスマホの箱を無造作に開けた。私や詩織も一緒に露わになったスマホの画面を覗き込む。


「初期設定画面で止まってるな」

「不幸中の幸いだな。っと、そうだ! 詩織のは?」


「大丈夫だよ、お父さん。電池切れみたいでうんともすんとも言わない」


 逃走中にも電源の確認はさせた。受け取った時点で、新しいおもちゃを手にした子供のように弄繰り回していた詩織だ。自然放電で残量が無くなる程度にまで酷使させていたのだろう。


「それにしても何で探索者カードじゃなくてスマホにしたんだよ? これの維持費は自己負担だから思いっきり不人気なんだぞ? 俺の周りでもスマホにした奴は一人しか知らねえよ」


「チッ、どうやら嵌められたらしい。そもそもがカードの存在を明かされていない。知っていれば有無を言わさず、カードを選んでいたさ」


「おいおい、緩んでんじゃねえのか? ……とりあえずコイツは俺の弁当箱に放り込んでおくわ。アルミの弁当箱なら電波は遮断できる。どうせ持って行くんだろ?」


「すまん。頼む」


 剛の言うように緩んでいたのは間違いない。まさか第三セクターの全探連に敵が潜んでいるとは思わなかった。油断大敵とは正に今の状態を言うのだろう。



「で、何で追われてるんだ?」


「それが、さっぱりわからない」


 剛の質問へ正直に回答する。私も本当に訳がわからない状況にある。

 こっそり覗き見ていた先程の臼杵さんの印象では普段通りに会話できそうな感じではあるのだが、実際に追い掛け回されていた事実は消えない。

 ここでのこのこ私たちが姿を現せば、どうなるかも実のところわかっていない。何もかもが意味不明なまま。だが、臼杵さんが佐藤家が雇う警備員を、警察官を傷付けたこともまた事実。

 そして、平静を装っている今の彼女が正気だという保証はどこにもない。


「お父さん。美玖ちゃんに言われた最初の取り決めた報酬。お父さんも対価がどうとか言ってたでしょ?」


「そうだ、それを聞いておかないとな」


 臼杵さんの動機が全くわからない以上、事ここに至っては最大の情報源は詩織だ。それがどういった内容であっても判断材料は増える。

 詩織は剛の存在を気にしているようなので、最初に告げておく。


「こいつは北川剛。お父さんにとって血の繋がらない兄弟のようなものだ。だから遠慮することはない」


 単なる友人よりも親友よりも、兄弟であれば酷使しても心が痛まないという理由からそう言ったまで。


「おおぅ、期待以上の認識に俺の方が驚くわ!」

「茶化すな!」


「えーとね、美玖ちゃんはね。お父さんのことが好きみたいなの」


「「はぁ?」」


 剛と私が発した嘆息。その剛と視線を合わせ、同時に首を捻る。


「私が彼女に会ったのは養成所に入ってからだ。その話が当初からあったものだと言うなら、おかしな話にしか聞こえない」


「わたしも美玖ちゃんとは法要とかで一度か二度顔を合わせたくらいなの。お父さんを探していたことは誰にも話してもないのに、あの日電話がきたの。

 取引の内容は、わたしがお父さんと再会して、お父さんがお父さんだって知ってもらうまで。報酬に関しては、お父さんが決めることだと思ったから適当に話を合わせただけ」


 剛が無言で私を見る。もの凄く何か言いたそうにしていた。

 ただし、親子の会話に割って入って良いものか、迷いがあるらしい。


「兄弟だと紹介した以上、遠慮するな」

「ああ、いやぁ。意見というか何と言うか、英一の子供の割に本質が違うなと思ってな。英一は報酬を値切ったりはしないだろ?」


「詩織の場合は値切ったというよりも据え置きだろう。

 私が報酬を値切らない理由は、相手の仕事に対する正当な評価だからだ。あと、支払うのは私が労働の対価として得た給与からではなく、高校時代の賠償金だからという理由もある」


 高校二年の事件の賠償金に額面はない。今でもほぼ無限に絞り出せる。

 一生働かずとも楽して暮らすことは可能だろう。しかし私は労働が好きな人間である。社畜根性が備わっているわけではないが、額に汗して働くことの素晴らしさを知っている。

 それに、人間は働かないと、人の住まなくなった家のように朽ちる速度が早まりそうで嫌なのだ。


「そういや、爺さんたちの給料も俺への報酬も賠償金からだったな。話の腰を追って済まない。続けてくれ」


「……レモネードを三つ。いや、レモネードを一つにパナシェ二つを注文する」

「昼間から呑むなよ! しかも二杯も!」

「パブは昼間から呑む場所だろうが、一杯はお前の分なんだが要らないなら減らせ」

「あぁ、わかった。馳走になるわ」


 剛も含めて情報は共有しておきたい。だが、喉が渇いた。

 店はほどよく冷えてはいても水分はほしい。それは詩織にも該当する。


「私を探すなら興信所にでも頼めば一発だったろう」

「成人したら自由にしていいと言われていたけど……それまではお父さんを探してはいけないと言われてたの。それにお小遣いが少なくて、とても足りなかったし」


 当時、智恵が嫁入りした年齢は十九歳。

 しかし現在の成人年齢は改定されて十八歳。そして女性が結婚可能な年齢も十八歳と引き上げられた。

 結婚可能な年齢まで確保しておきたいという思いが透けて見える。更にその後も何かと理由を付けて引き延ばしを図ったことだろう。流石は佐藤家というイカレた一族らしい行いだ。成人までと限定しても、手元に置いておきたかった理由として十分に考えられる。

 まあそれも、今となっては水泡に帰したわけだがな。



「おまたせ。なんだ、嬢ちゃんは凹んでんのか?」


「気にするな。さあ飲もう」

「いただきます」

「おかわりも自由だぞ。代金は二千円な」

「ほらよ」


 財布に入れていても使い所が難しかった二千円札を剛に手渡した。

 立地を考えれば価格設定が安すぎるのだが、こいつの店に客など来ることは滅多にない。しかも、酒を呑むためだけに来る客など皆無だろう。来るのは脛に瑕のある裏社会の人間か、公安・警察という組織の人間と相場が決まっている。

 

「喉も潤ったところで、続きだ。臼杵さんが私を好きという話の……」


 剛が離席していた間の話は無し。今回の騒動にはあまり関係ないからな。


「お父さんとお母さんの結婚式でお父さんを好きになったって言ってた」


「佐藤家の一族だから出席していてもおかしくないのか? ……いや、おかしいだろ。他人様の結婚式に出席して、どうして新郎に惚れる?」


「待て、英一。それはアレだ。感情の取り違えというやつだ。うちのガキも最近似たようなことがあったからわかる」


「感情の取り違え? 性欲を恋愛感情と取り違えて不幸になる男の話はよく耳にするが……アレのことか?」

「おま……よくもまあ娘の前でそんな話をするな。だが、その例えで合ってる。要するに結婚式に纏わるアレコレという感情を取り違えたんだろ。結婚式の演出への感動や新婦のドレス姿への憧れなんかを」


 しまった! つい日常の感覚で剛と会話してしまった。

 今は詩織と一緒であることがすっぽ抜けていた。父親歴=約二時間では何の役にも立たない。ちょっと詩織を真っ直ぐ見られなくなりそう。


「臼杵さんて、何歳なんだ?」

「当時は小学生だったみたい。今は三十歳くらい?」


 私が以前、肌年齢から推察した年齢で当たっていたようだ。

 肌年齢で推察できる年齢と実年齢にズレが生じる生物がいる。それこそが探索者。

 なので、凡その実年齢を知っている詩織の存在はとてもありがたい。


「それだけ長い期間熟成されているとなると、真実を告げても認めないだろ。とても認められないよなぁ」


「この際、臼杵さんの感情どうこうは無視しよう。しかし、ただのストーカー行為にしては随分と手が込んでいるように思えるが、どうだ?」


「協力者は間違いなく、存在する。この発信機は素人が入手できる出力が弱いタイプのモノじゃない。俺みたいのが一枚か二枚は噛んでると見た方がいい」


 剛の場合、タイプが被る。工学系の知識人というカテゴリと、情報屋という裏稼業のカテゴリが。

 私が頼りにしている剛は頭の回る工学系の情報屋ではあるが、臼杵さんの側の何某がそうとは限らない。

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