16.必要があれば筆談で
帰宅準備は整った。
持ち込んだ物より持ち出す物の方が圧倒的に多いことに驚きはない。
着の身着のまま連行されてきた次第で、私物といえば当日に着用していた衣服に財布、携帯電話に仕事用の書類が入った鞄くらいなものだ。逆に持ち出す物は、こちらで支給された物しかない。
まず、外縁の壁面出口となる門で臼杵さんが言った景品は、全く賞品らしさがない。訓練時に選択した武器と防具がそのまま贈呈されただけであり、全く以て嬉しくもなんともない。
本格的な探索者向けの武器や防具は目玉が飛び出るほど高価だとは聞く。
そういった面で言えば、田所さんと佐藤さんが選択した武器防具は探索者向けに製作された物だろう。銃刀法や軽犯罪法といった法に、確実に抵触するであろう刃がついている。
翻って私の場合はどうか? どこにでもあるとまでは言わないが、土建屋に行けば大概は二・三本あっても不思議じゃない杭打ちハンマーと、子供が自転車やローラースケートで遊ぶ時に親が無理矢理身に付けさせるようなプロテクター各種。
これでは不要になっても全く売れそうになく、最初の選択を完全に誤ったとしか言いようがない。
賞金? アレを素直に賞金と呼んで良いものか。
全探連印の商品券が五万円分支給された。商品券を利用できるのは地方自治体が運営する探索者協会と全探連の本部支部、若しくは提携する企業各社。
商品券は当然の如くナンバリングされていて、誰がどこで何のために利用したのかが一目瞭然。利用目的やら何やら追跡する意図が透けて見えてしまう。金券ショップに持ち込んで換金するのは止めた方が無難だろう。
それ以外に支給されたのは、ゴツいプロテクターが装着されたスマホ。耐衝撃・耐粉塵・耐水・耐熱仕様であるらしい。
よく似た形態の現場用ラップトップを一度だけ目視したことはあるが、それは商社が持ち込んだサンプルだけ。実際にはそんな大仰な物は利用しない。精密機器である上に弁償の責が付き纏う会社の備品を手荒く扱う者などいるはずもない。要は普通のノートPCで事足りるのだ。
だというのに、この有様よ。全探連は官民一体の第三セクターだけあり、そういう無駄を愛する体質が残っているのだろうか。
ただ、このスマホは普通ではない。探索者の個人識別に用いられる。
まず、SIMは差し替えられない。強引に分解して差し替えても、このスマホに紐づけされるという徹底ぶり。内部のチップや各種部品のロットナンバーまで細かく登録されているとも聞いた。
バッテリーがヘタった際には、探索者協会か全探連に持ち込めば無料で交換してくれるとは言われている。通信料に関して一般のキャリアとそう変わりはないが、回線は独自のものであるらしい。
商品券もそうだが、このスマホも探索者個人の特定と追跡用であることは疑いようもない。疑わない方が不自然なくらい、徹底している。
これに関してはもうどうしようもない。おかしなことをせず、素直に管理されていれば問題にはなるまい。正直気分は良くないが。
収容所ならぬ養成所が存在していた場所は、秩父多摩甲斐国立公園。その北側。
国立公園など縁のない私でも、幾つかの地名が重なるのだからどこであるのかはある程度推測できる。東京都・埼玉県・山梨県が絡むのは間違いないだろう。
脱走を図らずに良かったと思う。そんなつもりは元より無かったが、メイズを通り抜けても山中にあっては遭難していた可能性は大きい。というか、それしかない。
現在はその山々を臨みつつ、移動中だ。
騒音の源が頭上にあるため、全員がイヤーマフをしている状況にある。
このイヤーマフ、特にノイズキャンセリング機能があるわけでもなく、たたの耳当てである。騒音は若干弱められているが、それでもうるさ過ぎて何も聴こえない。誰かが喋っていても、怒鳴りでもしない限りは気付かない。開かれている口元を見て、あぁと思う程度だ。
会話のための措置として、A3サイズのホワイトボードが二枚用意されている。一枚を確保した臼杵さんが何かを書いてはこちらへと見せているが、誰もがちらと見るだけでしかない。何か言ったところでどうせ聞こえないのだ。
騒音がある以上、居眠りにも向かないため、私はスキル判定の際に受け取った本を読んでいる。表紙から順に読んでいるというよりは辞書に近く、索引から該当する項目を読み込んでいる。
これだけ分厚い本だというのに、召喚術にまつわる項目は巻末に近い部分の三ページのみ。召喚術行使の何か参考になりそうなものがあればと読みはしたが、概要しか記されていない。それも何を召喚することが出来たかという、結果しか記されていない。
仕方がないので索引を除外し巻頭から読んでいくと、研究者による魔術論なるものを発見した。
これによると――
魔法=魔術の行使には個人差がある。
されど、一定の法則性はある。
魔術の行使方法には幾つか分類がある。
魔法陣形式・詠唱形式・魔法陣+詠唱混合形式・特殊形式の四つ。
前者三つは属性術を行使する際に用いられる。
降霊術・召喚術の多くは特殊形式に依るものが多い。
特殊形式とは個人差が大きく、法則性という面でも一様ではない。現状では特殊形式という枠に含めるしかないが、今後研究が進めば細分化される可能性は十分ある。
私の隣で同じように本を熟読している佐藤さんは、何度か頷く仕草を繰り返している。その様は、私とは正反対である。
私の場合はどう考えても〝手探りでどうにかしろ〟と言われているようにしか思えない。
そういった部分に着目すると、佐藤さんが得たスキルが何であるかの予測は付く。佐藤さんが得たのは、恐らく属性術と呼ばれるものなのだろう。
索引では、属性術:〇〇と言う形式で記されている。佐藤さんが読んでいるページ数を盗み見、こちらでも確認してみた。
属性術:淡水
一時的に淡水を創り出せる。
維持費が支払われる限りにおいて術の固定化。つまり創作された水は維持される。
飲用には全く向かないが、手洗い・うがいは可能である。
術の開発は比較的容易である。
――と記されていた。
維持費とは何ぞや? ページを戻って調べる。
維持費とは魔力と呼ばれる生体エネルギーであるらしい。
魔力とは? メイズ&ダンジョン因子を有する個体が、体内で生成するエネルギーをそう呼称するらしい。
魔力とか……ゲーム的、ファンタジー的な要素が出てきた。
メイズやダンジョンだって既にファンタジー的な要素だ。今更、一つや二つ増えたくらいで驚くべきことではない。
とはいえ、だ。自分の中にそのようなモノが存在するとなれば、首を傾げたくもなる。極狭い一部界隈では既知のモノではあろうが、私個人からすれば未知のエネルギーである。
スキル関係の講習を排除した連中は馬鹿なのか?
スキルが千差万別多岐にわたるとはいえ、一応の知識として教えておけば良いものを、なぜ全項目排除したのか疑問に思わざるを得ない。スキル判定のみを後回しにすれば良いものを……。
こんな本を一冊だけ渡し、〝あとは手探りでどうにかしろ〟とはふざけるのも大概にしろと言いたい。仮免許取得後に何の役に立つかも疑問な歴史の講習よりも、優先すべき課題であろうに!
何を言っても養成所の講習・訓練期間を卒業してしまった以上は後の祭りである。
血が上った頭を冷やすべく本から目を離して顔を上げてみれば、景色がガラリと変わっていた。
高空から眺める都庁など新鮮だな……。って、そうじゃない!
誰も手を伸ばさず、余っていたホワイトボードを手に取り、カキカキ。インクの少ないマーカーがキュキュと鳴っていようが、この場では聞こえない。
私の書いた内容はこう。
『こんな所、飛んで平気なのか?』
返事はこう。
『全探連がフライトプランを提出している』
そこで追加の質問。
『この辺に空港はないと思うが、どこへ向かっている?』
返事。
『着けば、わかる』
映画やドラマではない現実では、ヘリコプターの離着陸には制限がある。屋上ヘリポートに降りられるのは、ドクターヘリくらいなものだ。
臼杵さんのあの返答から読み取れる事柄は……全探連が第三セクターであることをいいことにねじ込んだ、とでも言うのだろう。違法行為もやらかすとは。
私がこんなことを知っているのは、血の繋がらない身内の影響。今も消息不明な師範の代行みたいな感じになっている二人の薫陶の賜物とも言えるかな。
出会いは出遭いで、最悪だったが。
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