24.会談
しばらくして、タイトなスーツを着こなす妙齢な女性の案内によって会議室と思われる部屋へと案内された。
半間テーブルとパイプ椅子が並ぶ、殺風景な部屋の中には男性が待ち構えていた。
男性の頭髪は真っ白でありながらも全く禿散らかしていない。M字ハゲ予備軍の私としては、羨ましい限りではある。
案内してくれた女性は部屋に備え付けられた茶器を用い、お茶を淹れてくれている。その間に、堀内さんが挨拶を交わす。
「藤堂さん、お久しぶりです」
「法務省を退職して以来だろうか。堀内君といえば、小坂君の代理人と考えるべきかな?」
「ええ、正しくその通りです」
「私も君も年を取ったというのに、小坂君はあの頃のままであるように映る」
「何を仰いますか、彼だって我々と同じだけ歳を重ねていますよ。ですが、この度、彼のメイズ&ダンジョン因子が萌芽したことで年齢という頸木から解放されてしまったことは事実です。僕はあの頃と同様、過酷な労働を強いられる立場に戻ってしまいました」
協定が結ばれたのは、私が大学に入学した頃合いだった。
当時の外務大臣と法務大臣が同席。その後ろに藤堂氏と似たような立場の事務方が控えていたのは覚えている。だた、当時の大臣二人も然ることながら、事務方の顔や名前など一切記憶していない。
あの頃はまだ政治に興味を持ってすらいなかった。後に半強制的にだが、意識を向けねばならない境遇へ追いやられた。
私自身の立場を左右する事態ともなれば、頑なに拒絶する理由などない。今では、確度の高い情報を自主的に摂取するよう心掛けている。
「それで……とりあえずはお茶を配膳し終えるまで待とう」
「彼女は?」
「私の秘書兼護衛といったところだよ。一口に護衛と言っても形式的なものに過ぎない。そう身構えなくとも良い」
「まあ、こちらには小坂君が居ますからね。もし何かあっても問題はありません」
朗らかな挨拶の後には政治的な牽制、若しくは綱引き。
話の主導権を握りたい立場からすれば、仕方のないことではあるのだろう。だが、事ここに至っては、余所でやれと言いたい。
「お会いするのは初めてではありませんが、実際に言葉を交わすのは初めてですよね。何分、二十年も前のことでよく覚えていないのです」
「君は各国の思惑に翻弄された立場であったのだ。それも致し方なかろう」
私が発言することで、堀内さんには一呼吸おいてもらう。
その間に、お茶を各自に配膳し終えた女性は藤堂氏の背後に立ち、護衛としての立場を明らかにした。
ここでまた牽制合戦となると面倒なので、堀内さんを先を促す。
「本日は目的は小坂君に関わる事柄です。全探連の養成所にて彼とそちらの女の子の監督役を担当した女性探索者が、彼らを執拗に追い回しておりましてね。……テレビ中継もされていた以上、そちらでも一応のところは把握されているものと考えています」
「……臼杵美玖か。彼女が小坂君を付け廻していたと?」
「状況証拠からは間違いなく」
「私たちは臼杵さんの手の平で踊らされていた。それはこの北川が証明してくれました。あと、物的証拠も幾つかあるのですが、それらに関しての質問をしても?」
「わかる範囲で答えよう」
電源コードを切断した発信機類は私のザックに入れてある。全探連から支給されるよう謀られたごついカバー付きのスマホは、それぞれのザック内で保管していた。
それらをテーブルの上に並べていく。
「ザックの取手部分に、この細長い発信機がひとつずつ。こちらの四角いものは武器ケースのウレタンの裏に巧妙に隠されていました。これらの発信機は標準として備えられているものですか?」
「そのような事実はない。そちらのスマホのGPS情報だけは、本部で厳格に取り扱うことになっている」
「会長、それは機密事項では!?」
「そんなものは最早些事だ。これらの発信機が仕込まれていた時点で、小坂君を取り巻く協定に抵触してしまっている」
「北川君が言うにはプロの手口であるようです。その臼杵という女性の裏には、第三者が存在が垣間見える。発信機は小坂君たちが自ら取り外したもので、解析が必要ですので引き渡しには応じられません」
藤堂氏が私の存在を認知してくれている人物で助かった。
自己保身に走る小物であれば、証拠隠滅を図るために証拠品の引き渡しを要求したかもしれない。そんなことを宣ったところで、堀内さんに蹴散らされるのがオチだが。
「探索者カードというものの存在を伏せられ、このスマホが支給されるよう手配されていました。逃走中に、スマホの電源をリモートで入れられたという事実もあります。彼女がなぜそんな権限を有していたのか、理由を説明できますか?」
「養成所で講師をしていた以上、全探連の職員選抜中であることは事実だろう。しかし正規職員でない者に、個人情報を取り扱う権限は一切与えられるものではない」
「個人情報を扱う権限がないことはどこかに明記されていますか?」
「全探連職員の職務規定に記載されている」
当初は全探連印のスマホに関しての質問ではあったのだが、最も訊きたかった言葉を引き出せた。
「この子はつい数時間前に私の娘であると発覚したのですが……、臼杵さんはこの子に対し、私が養成所に入所する時期をリークしています。それらの情報を漏洩した人物がいるものと私は考えますが、どちらの部署が関与していると思われますか?」
「人事局、以外に考えられない。……それにしても小坂君の娘ということは、よもや?」
「ええ、佐藤の血筋ですよ。ちなみに、臼杵さんも佐藤家の一族という話でした」
「君の献身は報われないな」
「一部に限っては報われたと思いたいですね」
詩織が目前にいるため、藤堂氏は声にこそ出さなかったが『また佐藤家か』と呟くような口の動きを見せた。そも、詩織は現在剛の介護をしており、気付いてすらいないのは幸いだったろう。
私は、そんな詩織の頭を一撫でする。
佐藤家に纏わる一連の騒動で、唯一報われたと思うのは詩織の存在くらいしかない。そんな佐藤家の騒動が、いまだ継続している事実には嘆息したくもなる。
「これでは私の首ひとつで済まないな」
「速やかに綱紀粛正を図ってください。藤堂さんとそちらの女性は続投されるよう取り計らっておきますから」
「ふふ。では堀内君の同じ境遇ということかな」
「心中お察しします。小坂君に捕まったら逃げられませんよ」
「……人聞きが悪い。堀内さんを指名したのは政府であって私ではないのに」
「協定に盛り込んだのは、小坂君じゃないか!」
担当者がコロコロ変わると、その度にある程度の信頼関係を構築し直すのは面倒極まりない。ならば、担当者が変わらないよう工作した方が手っ取り早い。
今回の藤堂氏に関しては協定に盛り込む手間はなく、圧力の掛け方を少し工夫してもらう程度で事足りる。一部、私の制御を受け入れつつある兄姉たちに相談する必要はあるが、最近はメールで済むので大した手間でもない。
「君がこのような面倒事に振り回されているというのに、あのお二人はどうしたのかね?」
「全探連本部には外国籍の人間は入れるのか不安だったもので、現在進行形で家捜しをさせています。結果次第ではありますが物証が増えるかもしれません。……指紋の照合結果に期待ですね」
「採取した指紋の持ち主に犯罪履歴があればいいけどね」
「外国人が目立つ環境では私の手勢は動かせませんよ。堀内さんの所か、所轄の警察に正攻法で頑張っていただかないと。……ああ、それと臼杵さんがああなってしまった以上、私と娘が所属するチームの監督役に、この北川をねじ込むことは可能ですか?」
「えっ、北川君を連れて行っちゃうの? 困るなぁ」
「便宜は図ろう。妨害がなければ、恐らくは問題なかろう」
「会長!?」
これから綱紀の引き締めを図ろうという組織の長が、コネを最大限に活用する私に与すると発言したのだから、護衛の女性からすれば驚きは隠せまい。
ただ、今回の私たちはあくまでも質問のために来訪しただけ。会長を弾劾するでもなく、そのまま続投するための工作を施す。その見返りを求めた形と言えば分かり易いかな。
これが公的に立場のある人間だと問題行動でしかない。その点、私は表と裏を臨機応変に切り替えて生きることを学んでいる。相当に厄介な事象にでも遭遇しない限りは都合が悪くなることも少ない。
無理矢理こんな立場にされた時は嘆いたのも事実ではあるけれども。〝住めば都〟……じゃないな。〝喉元過ぎれば熱さを忘れる〟といった感じだろうか。
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