四十路のおっさんは自らの枷を外す
月見うどん
1.強制連行される
昨年春に行われた健康診断の採血検査にて、血液がドロドロだと指摘された。
実際に私自身も血液がドロドロの状態を確認しており、採血に時間を要したことは記憶に新しい。そして重大疾病に繋がるとして危機感を抱いた。
その対策として二カ月に一回のペースで献血バスに通い始める。それこそ始めは納豆を食べろだとかブロッコリーを食べろなどの指摘を受けたものだが、そんな生活も半年を過ぎた頃には学生時代並みのサラリとした血液に戻ることができていた。
つい一週間前もいつもの場所の献血バスに赴き、菓子もらって帰ってきた。
献血をした翌日は結構怠かったりするのだけど、一週間もすれば新しい血液も造り終えるらしく、体調や気分が良くなる。
気分が向上したところで向かう先は、限りなく黒に近いグレーな会社だ。勤め先である以上、行かないわけにもいかない。お給料をもらわないと生きていけない。
いつか辞めてやりたいとは思うものの、それを実行するには再就職先を探さねばならない。ただ、四十過ぎのオッサンを正規雇用してくれる会社というのは非常に稀だ。国家資格と民間資格を幾つか持ち合わせていても、やはり年齢がネックであるようだ。
大手には行ってもまず相手にされないので狙うのは中小企業。ただ中小だとワンマンな社長が面接官として応対してくる。
一昔前のような結婚してない奴は信用できん、などという暴論を展開する面接官は多少は減った。友人なり親戚なりが熟年離婚の憂き目に遭えば、明日は我が身と思う気持ちもあるのだろう。
私の場合は結婚できないのではなく、一度失敗している。一応恋愛結婚の末に、妻が浮気相手の子を身籠っての離婚。
離婚調停では妻と浮気相手には相応の罰を要求したが、誕生するであろう子供には何の罪もない。最終的に生活に窮しない範囲での賠償に落ち着いたことに、私は納得している。
それ以来、女性不振というわけでもないが恋愛は勘弁だという思いが強い。そういう女性に出逢っていないだけかもしれないがね。
マイカー出勤なのも出逢いが少ない原因かもしれない。会社が郊外にあるため、電車やバスを利用すると最終的に徒歩での移動が半端な距離ではなくなる。その上、残業した場合にはバスもなくなり、帰宅できなくなる。
そこまでして出逢いを求めたくもない。マッチングアプリ? サクラをしている知人がいるので端から信用していない。
出社準備を整え、玄関に置いてある家と車の鍵を掴んだところで、インターホンの呼び出し音が聴こえた。我が家のインターホンはキッチンとリビングの間の壁に設置されているため、来客ならこのまま玄関から出た方が手っ取り早い。
ただまあ、靴を履く時間くらい待ってほしい。
玄関ドアを開けば、猫の額ほどの前庭の先にある門前には、暗めな色合いのスーツ姿の人物が二人と、その後ろには黒塗りの高級車。実に怪しいがサングラスは掛けていなかった。
「小坂英一様でしょうか?」
「はい、そうですけど……」
私がドアを開けて直ぐ門前に辿り着く前に、いきなりの氏名を問われた。
質問してきたのはキリリとした風貌の女性。濃紺のビジネススーツ姿も含めて秘書っぽい。
「先日献血されましたか?」
「ええ、駅前で」
私が献血したことがあるのは、近くの駅前ターミナルだけ。初めて献血に及んだのも昨年春に一念発起してのことで、それ以前に献血をしたことは一度とてない。
「献血にて採取された血液検査の結果、小坂英一様の血液からメイズ&ダンジョン因子が検出されました」
「……はい?」
「お忙しいとは思いますが、ご同行願えま――」
「――申し遅れました。わたくし三山とこちら鈴木は全国探索者協会連合会の人事局員をしております。こちらが身分証明証です、ご確認ください。
メイズ&ダンジョン因子が発見されました小坂英一様におかれましては、全国探索者協会連合会にて精密検査をお受けいただくことが探索者保護法にて義務付けられております。ここからならば車で一時間足らずで本部に到着することが可能です。是非ご同行頂ければと具申いたします」
一歩引いた位置に佇んでいた男性が女性の語りを止めた。
実際に質問攻めにされた私からすれば、この女性は失礼極まりない態度ではあった。まず自分が何者かすら名乗りもしなかったからな。
「拒否は?」
「申し訳ございませんが、もし拒否なされるのであれば強制執行という扱いになります」
「なるほど、わかりました。ただ少し待ってもらえますか? 家の施錠と会社に連絡しないと」
「ではご自宅の施錠をご確認ください。お勤め先に関しましては、わたくし共の方で連絡させていただきますのでご心配なさらず」
「あ、はい」
◇
全国探索者協会連合会の本部とやらに連れてこられた私。
あれよあれよという内に精密検査も終わりを告げた。
そしてその日の内に、私はまた別の施設に連行された。目と耳を塞がれた挙句、ヘリコプターでの移動の末に。
「ここはどこだろうか?」
「すみません、現在地の所在は秘匿事項なんです。出所する時には教えられると思いますよ」
大きくHと描かれた地面に着地したヘリから降りた、私の第一声に答えたのは補助要員として随伴してきた男性だった。
軽く見回すと、そこは緑に覆われた小高い山々に囲まれた狭い盆地。
狭いと言っても十を超える建造物があってそれなりの規模だが、京都みたいに町が丸ごと収まるような広大さはない。
それにしても強制連行の上に、出所と来たか。
これではまるで…………いや、止そう。
「コホン。では恒例の。
全国探索者協会連合会探索者養成支部へようこそ、小坂英一さん」
世間一般に〝徴兵制度〟と揶揄されるだけのことはある。
だが、どちらかと言うと強制収容される捕虜にでもなった気分だな。
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