第四十六話『関係値が上昇しました』

「「……」」

「「……」」


帰ってきた孝平達との間に沈黙が流れる。


これは絶対聞かれてましたねぇ、今の。

オレがもっと早くに止められれば……いやでも白石があんなヒートアップするとは思わなかったからなぁ。

マジでさっきのなんだったんだ。


とりあえずそれぞれ立ち上がって二人を奥に通す。


「ええと、聞き間違えじゃなければ真人のことを橘と呼ぶって言ってたと思うけど」

「うん、私もそう聞こえた」

「ええっと……」

「まあ……そう言われたな」


白石がちょっとという目で見てくるが流石にこれは誤魔化しようがない。


「普通は人を名字で呼ぶって聞いてもなんとも思わないけど、白石さんだと話が変わってくるというか……」

「藤本君の場合フルネームだもんね」

「そうそう。とりあえず藤本って呼ばれた記憶はないかな。他の人とはどんな感じなの?」

「うーん、女の子に対しては普通に呼ぶけど、男の子は大体は貴方とか。苗字呼びすら極稀に君付けって感じで呼び捨ては聞いたことないかも」

「え、じゃあフルネーム呼び捨てって」

「そ、それも今回が初めて、かな」

「ものすごい距離を感じる……」


ガックリと肩を落とす孝平。


苗字呼び捨てすら珍しいのか、どういう心境だ?

オレが白石って呼んだらなんか怒ってたし、それの対抗だろうか。


「私たちがいない間何かあったの?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「じゃあなんで急に名字で呼ぶって話に?」

「みょ、名字で呼ばないと藤本孝平と区別がつきにくいでしょ? だからちゃんとわかるようにって」

「でも呼び捨てにはならなくない?」

「そ、それは……」


な、なんかめっちゃ佐倉さん詰め寄ってんだけど……どうした?

結構デリケートな部分に関わってきそうなんだが。


「ちょい、佐倉さん」

「ひっ「あ、今それ要らない」へ、へぅ……」


すまんね、話が進まなくなるから。


「さっきのやり取りが佐倉さん的にどれぐらい衝撃だったのかはオレにはわからないけど、白石の男に対するそれに関してはこんな公で突っつく話でもないんじゃないか?」

「え、あ、ご、ごめん咲希ちゃん! わ、私気になっちゃって……」

「だ、大丈夫よ舞宵。全然気にしてないから落ち着いて?」

「よ、よかったぁ」


一旦佐倉さんの勢いが落ち着く。

さて、問題はどう着地させるかだが。


「えっと……なんでそんなことになったの?」

「その……そいつと話した結果よ」

「え、咲希ちゃんそんないっぱい話してたの?」

「あー……」


うん、何言っても墓穴だこれ。

白石が普段男相手に何もしてなさ過ぎてちょっと話しただけで意外に思われる。


「オレが話を振ったんだよ。沈黙に耐えかねてな」

「え、真人が?」


そんな意外そうな声出さないでくれ孝平よ。


「あーまあさっきまで孝平がずっと話してたし、オレもなんか話さないとって」

「へぇ……」

「でも、咲希ちゃんも話振られたからってそんな長話はしないよね。なんなら無視するだろうし」

「い、いつもなら話さないわよ? その場から離れるだけだし。でも本来はこんな環境で男と二人っきりでになること自体あり得ないわけで。今回は話に応じるしかなかったってだけよ」

「ふぅん……」


……あんまり腑に落ちてないって感じだ。

これ以上はある程度は本当のこと言うしかないんだが……ほとんどが話すわけにはいかないことなのが辛いな。


「えーと、さっきの間でオレがリレーについての話題振ったんだよ。いい走りだったって」

「そ、そうなのよ。そこで……こいつがどんなトレーニングをしてるのかって聞いてきて、私が陸上部の頃のこととかを話したの。そうしたら意外とそっちの知識も持っていたみたいで」


そうなのという目で佐倉さんがこっちを見てくる。


え、えぇ……いやまあ仕方ないのはわかってるが、ちとキラーパスすぎないか?

ええっと、確か走り込みだと……


「そ、そうそう。短距離だと大腰筋やハムストリングってのが大事なんだけど、それとかを鍛えていたのかって話になって」

「そ、そう! そういう用語を出してきたから意外と話が分かる男だと思って応えていたら思いのほか話が続いたってことよ」

「へぇ~そのだいようきんってのがなんなのかはわからないけど、橘さんそういうの詳しいんだね」

「真人は普段から走り込みとかしてるもんね。そんな知識も持ってたんだ、流石真人」


よ、よしいい感じだ。

リレーの時に調べた甲斐があったってもんだ。


心なしか白石もよくやったって目をしてる気がする。


「そんな話をして、二人が戻ってくる前にオレが白石って呼んで問題ないかって聞いたんだよ。それ自体は好きにすればって感じだったんだけど、オレの呼び方に関してはわざわざ橘って呼ぶ必要はないって言ったらああなったって感じかな」

「え、そうなの?」

「だ、だってそんなの私は呼べないだろうって言ってるものじゃない。だから売り言葉に買い言葉で、だったら橘って呼んでやるわよってなってああなったわけ」

「そ、そっかぁ」

「ってわけなんだけど、これで説明になった? これ以上は何もないんだけど……」


そ、そろそろキツイからもう突っつかないでほしい。

マジで早くにこの話終わらせたい。


「ふーん……」

「ど、どうしたのよ舞宵」

「いや、こんなことあるんだなぁって」

「どういう意味よ」

「いやぁ~」


佐倉さんがこちらをチラチラ見てくる。

ものすごく意味ありげだが、今度こそオレらの前で話すことではないってことかね。


佐倉さんはいいとして、孝平はさっきからなんでずっと何も言わずにうんうんとうなずいてるんだ。

自分は完全に理解してますよってか?

表情も相まってウザいからやめてほしいんだが。



とりあえずそれ以上何も言ってこないので乗り越えたって事でいいだろう。

なんとかお互いアドリブやり遂げることができたな。


……いやまああっちがあんなでかい声で宣言しなければこんなことにはならなかったんだが。

あれもオレが悪いのか?

流石に違うよな?





「あ、ってことは白石さんは真人のこと今後橘って呼ぶってことだよね?」

「そ、そうだけど」

「じゃあ俺のことも藤本って「なにかしら藤本孝平」……ハイ」

「あははっ」

「ドンマイ孝平」



◇◇◇◇



「さっき友達から電話があったんだけど――」


オレと白石の話が終わり、孝平が話し始める。

今までは興味なさげに聞いていた白石だったが、一刻も早くさっきの話を薄れさせたいのかちゃんと孝平に向き合って話を聞いている。


なるほど、これが禍を転じて福と為すってやつか。

すごい逆境だったもんな……支払った労力とリターンが見合ってない気もするが。


そんなことを考えながら長々としゃべって乾いた喉を潤すべく、コップに手を伸ばす。


……ん?

なんかやけにコップの下に水が溜まっている……?

いや、オレンジ色だから水じゃないな。

冷たい水を放置していれば結露で水滴が溜まるのはわかるが、オレンジなのはよくわからん。


一度おしぼりで周りを拭き、コップを持ち上げる。

するとオレンジ色の液体がにじみ出てき、そしてぽたぽたと滴り始めた。


あー……これコップ割れてますね。

中身のオレンジジュース出てきてるわ……何故に?

さっき飲んでた時はこんな感じではなかったんだが。


「あれ、真人それめっちゃこぼれてない?」

「こぼれてるな」

「え、お、落としちゃったりした?」


首を横に振る。

強くたたきつけた覚えもない。


とりあえず残りを飲み切ってこれ以上こぼれないようにする。


「多分それ割れてるよね? いつの間にそんな状態に」

「――あ!」

「咲希ちゃん?」

「さっき変な音したって思ってたけど、まさかその音?」

「さっき?」

「私と橘で話してた時よ。その途中に橘が持ってたコップからビキッて音がしたの」

「それって真人が強く握ってヒビ入れたってこと?」


孝平が軽く引いている。


えーマジ?

全然覚えてねぇわ。


「なんでそんな強く握ることに……」

「まあでも流石にそれは「いや絶対にそうよ。ちょっと橘、手を見せなさい!」え、ああ……」


白石に手を見せる。

手のひらには特に何もない。


「よかった、怪我はしていないみたいね。ほら、破片とかついてるかもだから手を拭いておきなさい。ゆっくり拭くのよ」

「お、おう……」


なんか急に面倒見がいいな?

渡されたおしぼりで言われた通りゆっくり手を拭う。


「コップにヒビ入れるって結構な握力が必要だと思うんだけど、あんたそんな握力強いわけ?」


えーと……いくつだったっけ。


「確か60は超えてたと思うが」

「へ、へぇ……強いじゃない」

「ありがとう?」

「おーなんかすごそう。藤本君は?」

「えーっと……30ぐらい、です。真人のはかなりすごいよ」

「ほえ~」

「ふ、ふーん……そんな握力があるようにはとても見えないけどね」


うーむ。

中学時代は部活とかで色々鍛えてたり握ったりしてたけど、今はもう意識的に鍛えてるわけではないからなぁ。

バイトで重い物運んだりとかしてるからそれで自然とって感じなのかね。



もう一度見せるように言われたので手を出す。



「確かに何かやってそうな手はしてるわね。リンゴとか潰そうとしたことある?」

「ないけど多分無理だろ」

「やってみないとわからないじゃない」

「やだよ、もし潰せたとしてももったいないだけだろ」

「面白いかもしれないからちょっと練習してみなさいよ」

「そういうのはもっと頭がゴリラのヤツに言ってくれ。オレは人間だから包丁で切って食べる」

「リアリストは煙たがれるわよ」

「無茶振り人間はさぞウザがられるだろうな」

「「……」」



そんな会話をしながらも白石はしげしげとオレの手のひらを見つめ続けている。

別に見ても面白くないと思うんだが、何に興味を持ったのやら。



「そうだ、ちょっと手握ってみなさいよ」

「は?」

「「え!?」」


……どうしたんだコイツ?


差し出された手を見つめる。

オレの手とは違い、特にマメや傷といったものが何もない綺麗な手だ。


「……アンタ、大丈夫なのか?」

「なにがよ」


いやなにがって。


「男に手握られるなんて嫌だろ」

「いきなり握られるわけではないんだから大丈夫よ」

「はぁ……しかしだな?」

「いいから握りなさいって。ほら!」


ずいっと手を伸ばしてくる。


……仕方がねぇなぁ。


「これでいいかよ」

「ん」


軽く握ったままにしていると、向こうの手がオレの手の中でもぞもぞと動く。


握力が気になってるのなら力いっぱい握るべきなのか?

いやでもいきなりそれだと下手すりゃ痛がらせるよな、うーむ。


「っ!」

「お?」


少し力を込めて握ったところでぱっと手を離された。

しまった、強かったか?


「……なんかゾワゾワするから握らないでよ」

「いやそうだよな? そうなるよな?」


うん、ですよね。

知ってたよそうなるの。


ついさっき男に触られて機嫌悪くしてたって言ってたじゃねぇか。

そりゃ太ももと手じゃ天と地ほどの差があるとは思うが、それでも男嫌いであれば手でも不快になるだろ。

何唐突に自己矛盾起こしてるのやら……


「気になったんだから仕方がないじゃない」

「さいで……今のでよかったか?」

「ふんっ」


そっぽむいてしまった、やっぱ嫌だったんかね。

とにかくオレは要望に応えただけだし、どうしようもないのでそっとしておくことにする。


「難しいもんだ。なぁ孝平……孝平?」


呼びかけても返答がないので孝平の方を見る。

孝平はポカーンと口を大きく開け、ひどく間抜けな表情を浮かべていた。


「お、おいどうした孝平、おーい」

「え、えぇ……?」

「……?」


孝平はもごもごするだけで、その口からは要領のある言葉は出てこない。


佐倉さんの方も見てみるが、彼女も彼女で変な顔をしている。

びっくりしているのとはちょっと違うような……よくわからん表情だ。


「……二人ともマジで大丈夫か?」

「「い、いや、なんでも」」


あれ、いつの間にか仲深まった?




二人の様子が何やらおかしく、白石もコッチに顔を向けなくなったのでもういいやとファミレス内を再度眺めることにする。


そうしてぼーっとしていると元に戻ったのか孝平と佐倉さんが話し始め、そこに白石も混ざっていった。

全く持って意味が分からんが仲が良くなったのならヨシ!



……あ、コップどうしよう。

これまさか弁償しろとか言われない、よな?




――――――――――――

おまけ


後日、藤本家にて。


「はい、真人」

「なんだこれ……リンゴ?」

「割ってみてよ!」

「だから無理――わかったわかった、そんなキラキラとした目向けないでくれ」



風呂場に移動して試みる。



「ぐぎぎぎ……ヒビすら入らん」

「なんかコツがあるみたいだよ、ほら」

「ふむ……」


動画などを真似て握り方などを変えてみると――



「――わっ!」

「おお!」



バギッという音とともにリンゴが砕けて飛び散った。

――主に真人の服に。


「うへぇ……」

「出来たすごい! やっぱ真人だ!」

「とりあえず風呂借りるな……」


ハイテンションな孝平をよそにもったいねぇなぁと呟きながら真人は服を脱ぐのだった。



その日からしばらく経った後、会話の中でそういえばと割れた報告をすると、私が言ったときはやらなかったくせにと咲希は不機嫌に。

結局そうなるのかよと理不尽に思う真人だった。

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めっちゃいいヤツな親友に可愛い彼女ができるのは当然だ! さとりーど @satoread

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