第十六話『真人の道理』

オレの言葉に思うことがあったのかアイツは少しの間考え込んでいたが、それがまとまったようで顔を上げた。


ようやく平静を取り戻せたみたいだな。

コッチを見る目にも力が戻ってきたし。


「さて、オレは言いたいことを言い切ったわけだが」

「……」

「気分はどうだ? 落ち着いたか?」

「……気分ですって? そんなの最悪に決まってるでしょ。私の行動は酷評されるし、舞宵との関係は否定されるし、あんたに泣き顔すら見られた。良い気分になる要素なんて一つもないわ」

「お、おう……」


いや、そういう心じゃなくて、泣き疲れたとか気持ち悪いとかの身体面のつもりで聞いたんだが、なんか煽るような言い回しになってしまった。

そりゃあメンタル的な気分は最悪だよな、申し訳ない。


とりあえずいつもの調子は取り戻せたみたいでよかった。


「……でも、あんなにはっきり言われたの初めてだったわ」


へぇ、そうなのか。


「舞宵はもちろんそんなストレートに言ってこないし、両親だって舞宵と早く仲直りするように言うだけだった。舞宵の家族だって、舞宵に仲良くするよう言っておくからと私に何かを言うことはなかった」


今までの信頼ってことか。

今回はそれもまた逆効果だったわけだが。


「周りの男だってそう。普段は私に媚びてくるか偉そうにしてくるだけでちょっとはっきりものを言ったらすぐに委縮する。しなかったとしても逆ギレしてくるだけで中身のある奴なんていなかった。……だから、あんたが初めてだった。あんなにはっきりとモノを言ってくる人」

「……オレもその偉そうなヤツに該当してると思うが?」

「ふっ、そうかもね」


あ、ちょっと笑った。

少しは余裕が出てきたのかね。


「気分は最悪……でも、なんかちょっと楽になったかも」

「……そりゃよかったよ」

「だ、だから、えっと、その……」


突然言いづらそうにし始めたので首をかしげる。


「あの、あ、あ…………なんでもないわ」

「は、はぁ」


なんだコイツ。

あーあーって、赤ちゃんかよ。

いくら美人でもそれは可愛く……いや、可愛いのか?

ずるいねぇ。


「まあいいや」


さてと、これでオレの勝手な説教は終わりだ。



――そう、これはものすごく勝手で、本来許されないこと。


オレは自分を律しきれなかった。

だからこそ、通さないといけないものがある。


「アンタの言う通り、オレは偉そうに色々物を言いまくったわけだ。別にアンタと親しいわけでもないのに」

「まあ、そうね」

「最初のアンタの様子からして、このシチュエーション自体が不快だったはず。そのうえ偉そうな物言いでアンタを追い詰め、アンタの気分を最悪にした」

「……確かにそうだけど、よくも自分のやったことをそこまで悪く言えるわね」

「事実だからな。少なくとも、あそこまで男を嫌っているアンタに対してやっていい行動ではなかった」


知らなかったとはいえ、予想は出来たはず。

内容はどうあれキレた時点でオレが悪い。

落ち着けて話せるのなら人がいるところで話せばよかったんだからな。



一つ間違えれば、オレはコイツにトラウマを植え付けることになっていた。



「携帯、返してくれるか」

「あ、そうだったわね」


手渡された携帯を起動し、アプリを確認する。


「うん、ちゃんと録音できているな」


携帯からオレとアイツの声が聞こえてくる。

録音アプリには確かにさっきの会話が記録されていた。


オレの行動にアイツが首を傾げる。


「え、録音?」

「ああ。携帯を渡したときに録音アプリをつけてたんだ。会話内容が記録されていれば、オレがアンタに何かした時に証拠になるだろ?」


使うのは中学以来だったが、こういうのは手慣れたもんだな。


「……なにそれ、そんなことやってもあんたにはデメリットしかないじゃない。なんでそんなこと」

「オレはアンタ達の領域にずかずかと入り込んで言いたいことを言いまくったんだ。たとえオレの言い分にアンタが納得するところがあったとしても、とても褒められた行為じゃない。その罪悪感を少しでも軽くするための、ただの自己満足だ」

「あんた……」


携帯を操作する。


「今メッセージで録音データを送った。別にアンタに暴力をふるったとかではないが、アンタにキレているのは事実だ。学校や警察に持っていけば厳重注意ぐらい入るかもしれないぞ」

「……そうすれば少しは私の溜飲が下がるって言いたいわけ?」

「そうだ」


そう頷くとアイツの顔が険しくなる。


「……馬鹿にしてるの? 私がそんな小さいことをするとでも思って「思ってねぇよ」――!」


言葉を遮って否定する。


少なくともコイツは良くも悪くも真っすぐ立ち向かっていくタイプ。

そんな人間がそんな狡いことはしないだろう。

ただ、選択肢はあった方がいい。


「でも本当に不快に思っているのなら、アンタにはそれをする権利があるってだけだ」


ただえさえ佐倉さんのことでストレスを溜めているのに、これ以上オレのことでいらないストレスをためても仕方ない。

そんなことで佐倉さんとうまく話せなくなるぐらいならそれでいい。


「……ふふっ」

「え?」


アイツははっきりと口元を緩めた。

そして自分の携帯を取り出し、操作する。



『音声データの削除申請が届きました』



「これは……」

「いらないわ、そんなの。さっきも言ったけど私はあんたのおかげで少し楽になったの。結果として、あんたは私に害を与えなかった。だからそんなデータがあっても意味ないわ」

「……いいんだな?」

「ええ」



『削除申請を承諾しました。データが削除されました』



なんとなくすっきりしないままそのメッセージを眺める。


本当にこれでよかったんだろうか。


「これでデータはなくなったわね」

「……そうだな」

「それにしても、あんたって筋を通すタイプなのね。見直したわ」

「そうか? というか、見直されるほど欠点を見せたつもりはないんだが」

「私にとって男は欠点の塊よ」

「へーそうですかい」


出会った時点で評価マイナスはひどくないですかね……

そんなんじゃとてもまともなやり取りが発生するとは思えんな。

実際そうだし。


あ、そういえば。


「ちなみにデータの話だが、メッセージからは消えてもオレの携帯には残ってるぞ」

「え」

「……おお、アンタの泣き声もばっちり入ってる。これは記念に残しておくか」

「ちょ、ちょっと! 何聞いてんのよ! 消しなさい!」


オレの携帯をとろうと机越しに伸ばされる手をかわす。


「えーもったいないじゃん。多分これ貴重だろ?」

「もう、見直したとかいったらすぐこれなんだから!」


ついに机を回って体を掴んできた。


「けーしーなーさーいー!!!」

「お、おい、ゆーらーすーなー」


あ~あ~あ~


結局その揺らし攻撃に耐えられず、無理やり音声データを削除されてしまった。


ちぇ、残念。







その後、孝平達の様子を見に行く気にはならないとのことで、気晴らしにカフェに苺ジュースを飲みに行った。

それである程度気分が良くなるのは単純というかなんというか。


うん、いい笑顔です……




************




気晴らしを終え、最初の合流場所に移動する。

隣からハァと大きなため息が聞こえてきた。


「今日は全然あの男のことを監視することができなかったわ……」

「孝平が変なことしてないといいな?」

「……それも含めて、舞宵と話をするわ」

「そうだな。お、孝平達だ」


特に探していたわけではないが、運よく二人を見つけられた。


向こうも帰宅の流れっぽい。

今からまた佐倉さんの家近くまで送っていくんだろう。


「舞宵、袋を抱えているわね。あれが舞宵の買いたかったもの……結構大きい」

「確かに、何買ったんだろうな」

「ああいう時、男は持ってあげるべきなんじゃないかしら」

「まあ普通はそうだろうし、孝平もそう言ったとは思うが――」


二人を見る。

佐倉さんは溢れんばかりの笑顔を浮かべつつしっかりと袋を胸に抱えており、孝平も同じように笑顔で佐倉さんの話に応えている。


「――自分で持っておきたい、大事なものだったんだろ」

「……あんたやっぱり何か知ってるんじゃないの?」

「勘だって」


隣からのジトーとした視線は無視する。

オレだって確証があるわけじゃないし。


「いつ仲直り大作戦を決行するのかは知らないが、まあせいぜい頑張れよ」

「ええ、言われるまでもないわ」

「不安だったら、シミュレーションぐらいは手伝ってやるぞ。何言うかとかはアンタ次第だが」

「……そうね、その時はお願いするわ」

「!」


その反応は意外だった。

いらないって言われる気満々だったんだけどな。

さっきので何か心情に変化が生じたのだろうか。


……まあオレはコイツに対してキレただけなんだけど。


「ああ、その時は精一杯アンタに悪態ついてやるよ」

「舞宵はそんなこと言わないからシミュレーションにならないわね」

「フッ、そうかもな」

「かもじゃないわよ」

「へいへい、じゃあな」


そんな抗議の言葉を聞き流してアイツに背を向け、そのまま歩き出す。


今回はオレが見送られる形となる。

一瞬後ろに視線を向けると、アイツは何を考えてるのかコチラをじっと見つめていた。



仲直り達成報告、待ってるぜ。




――――――――――――

おまけ


ステーキ屋孝平サイド


「メニュー決まった?」

「う、うん……その、笑わないでね?」

「?」


「僕はこのステーキセットをお願いします。はい、佐倉さん」

「あ、えと、この、デラックスステーキセット、ご飯大盛りで」

「「!?」」


「で、デラックスステーキセットお持ちいたしましたー」

「きゃーすごい!」

「う、うわぁ、すごいね。食べられるん、だよね?」

「もちろんだよ! いただきまーす!」

「いただきまーす」

「はぐ、はむ、ん~おいしい~!」

「うん、おいしい、ね……」


がつがつもりもりばくばくむしゃむしゃ(※比喩です)


「ん~とまらない~」

「お、俺も負けないぞ!」


もぐもぐ

がつがつもりもりばくばくむしゃむしゃ


「ご飯おかわりお願いします!」

「(ポカーン)」


がつがつがつ


「……大食いな佐倉さんもいいな」

「んぐ? なにかひった?(お口パンパン)」

「なんでもないよ、いっぱい食べてね」

「うん!」



作者より


今回もご拝読ありがとうございます。

先日参加中の自主企画によるものでしたが、初めてのコメントを頂くことができました。

辛口の評価をしていただくようお願いしていたためあのような内容となりましたが、残念と思いつつも大きな刺激を感じさせてもらえました。


ここまで読んでくださっている方、本当にありがとうございます。

今後も読み続けていただけるような話を出していければと思います。

皆様のお声をコメントや評価でお聞かせいただければ今後の励みになりますので、よろしくお願いいたします。

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