第十五話『家族と親友』

アイツが泣く姿を視界に入れながら、自分が同じ立場だったらどうなってたかを考える。



はたして、オレは孝平から嫌われるかもしれないってなった時にコイツみたいに泣いて嫌がることはできるのだろうか。


……無理だろうなぁ。

どうせオレのことだ、あっそみたいな淡白な反応してはい終わりなんだろうな。

酷い人間だ。


ま、いくら親友相手でも向こうが嫌っていうのに無理やり関係維持しようとしてもいいことないからな。

多分そこで終わらせるのも世間一般としておかしくはないと思う。



そういう意味ではコイツは本当すごい。

何かをしないと変わるものも変わらない。


それによって引き出された結果がなんであれ、それはきっと、心の底から相手のことを大切に思ってないとできない行動なんだろう。



――別にオレも、大切に思っていないわけではないはずなんだけどな。





そんな思考に耽っていると、アイツから聞こえる泣き声が小さくなってきた。


「……少しは落ち着いたか?」

「ぐすっ、ぐす……ええ、すん」

「そのハンカチ、使ってくれ」


アイツは無言でハンカチをとり目元をぬぐい始める。


……へぇ、いくら美人でも泣き顔はぐしゃぐしゃなんだな。


「ぐすっ、な、なによ、こっち見ないで」

「おっと、こりゃ失礼」


瞳を閉じて落ち着くのを待つことにする。










――そうしたのだが髪のせいで目を閉じてることが相手に伝わらず、何度も見てないか確認され、結局後ろを向く羽目になった。


おい、それを気にする余裕あるのなら落ち着いてんじゃねぇのか。





************





「もう大丈夫」

「ん、そうか」


ようやく前を向く許可を得られたためアイツの方を向く。

当然目は赤く、依然として鼻はすすっているものの、とりあえず涙は止まったらしい。


「これ、今日返したハンカチ。……また洗って返す」

「おう、頼むわ」


元々持ってきてたものはステーキの時使ったからな。

今日返してくれててちょうどよかったわ。


「……」


アイツが視線をさまよわせる。

オレに泣き顔見られたからかどこか恥ずかしそうだ。


まあスルーさせてもらうが。


「さて、そんだけ嫌がってるんだ。佐倉さんとは仲直りしたいってことでいいんだよな?」

「……したい」

「で、どうするんだよ」

「ど、どうするって言われても……」


そう言って何故かもじもじし始める。

それを見て嫌な予感がよぎった。


「……まさかとは思うが、こういう仲違いみたいなやつ、初めてか?」

「……うん、ちょっとした口論になることはあっても一日経てば元に戻ってたし、ここまで本格的な口喧嘩は初めてで」

「しかも結構な時間が経っていて、どう仲直りすればいいかわからない、と」


無言で頷いてくる。


そうかぁ……オレと孝平ですら喧嘩ぐらいしたことあるのに。

女子の場合はそうでもないんだろうか。


「幼少期からの仲なんだろ? 小さいころなんて簡単なことで口喧嘩とかしそうなものだが」

「なんていうのかな、舞宵は根っこが……暗い、から?」

「暗い? 確かに人とのコミュニケーションは苦手にしてそうだが、根暗な印象はなかったな」


暗い人が自分から孝平を誘うなんてあんまりしなさそうだし。

コイツ相手に暗いとしても孝平にそれを見せてないのはあんまりピンとこないな。


「暗いじゃなくて……細い? うまく言えないんだけど、とりあえずあんまり自分の意見を通そうとしない子なの。言うことはあっても、私が同意しなかったらすぐに取り下げるというか」

「とりあえずあんまり我を通さないタイプってことか。だからアンタの意見に反対することなんてなかったってことだな」

「そういうこと」


なんとなく理解する。

そんな今までに反して今回初めて強く反対され、それに対して余計にムキになってしまったからこんなにこじれてしまったと。

内容も内容だし、色々とタイミングが悪いことで。


「まあそれはいいや」


佐倉さんがどんな人か気にならないこともないが、今はそれは重要ではない。


「それで仲直りする方法だっけ? んなもん簡単だ。さっきも言っただろ、気持ちは話して初めて伝わるんだよ」

「本音を伝えろってこと? ……でも、今まで舞宵の前では頼れる親友の姿でいたし、そんな情けない姿見せたくない」

「自分で言うのかよそれ」

「私だし」

「ソウデスカ」


ちょっと自信に満ち溢れすぎじゃないですかねぇ。


……てかなんかコイツ口調が変わってんな。

それが素なんだろうか。


「うーん……仮に今まで頼りになる存在だったとして、もうそんなの崩れちまってるだろ。今回の一件でアンタは佐倉さんに期待に沿わない姿をたくさん見せてきただろうからな」

「うっ……」

「そうでなくても、付き合いが長いんだからアンタの理想とは異なる姿を色々見せてると思うが」

「……でも舞宵は何も言ってこなかったもん」


そう言って不満そうに頬を膨らませる。

いや、もんて。


「今まで佐倉さんにどう映ってたかはわからんが……そもそも、人間ずっと完璧でい続けるのは無理だろうよ。どこかでボロが出るだろうし、出さなくてもそれを維持するってだけで相当な負担のはずだ」

「それはまあ……」

「だよな。ならよかったじゃねーか、今その完璧が崩れて」

「よくない」

「いいや、よかったんだ。だって今がチャンスだぞ? 本当のアンタを佐倉さんに見せる」

「――!」


そう言うとアイツは不満げにしていた表情を一変させた。


そうだ、チャンスなのだ。

今までが本当に頼れる完璧な姿だったのであれば、これはそれを捨てるまたとない機会。


「はっきり言ってしまうが、オレが思うにアンタと佐倉さんは親友じゃなかったんだ」

「そ、そんな……うぅ」


アイツがガックリと肩を落とす。

慌てて言葉を続けた。


「――ま、まて、そんなショックを受けるな。話は最後まで聞いてくれ。アンタと佐倉さんは親友よりももっと近い、それこそ姉と妹という家族みたいな関係だったんだ。幼少期から一緒だったんだし、家族みたいな関係になるのはおかしくはないと思う」

「姉と妹……確かに、舞宵のお姉ちゃんを自負したときもあった」

「だろ? 手のかかる妹に対して頼れる完璧なお姉ちゃんでいたい。多分そういうことだろ?」


再び無言の頷きを見せる。


「でもアンタも佐倉さんも成長して、佐倉さんはただアンタに頼り続ける年齢ではなくなった。姉離れの時期が来たってことかね。だから今回みたいなことが起きてしまったんだろ」

「離れる……」


じわりとアイツの目が潤んでいった。

や、やばい、メンタルが完全に逝ってしまっている。


「だ、だから最後まで聞けって! まあそんなわけで、姉と妹の関係でいられる時間はもう終わりを迎えてきてるんだ。いくら幼少期からの仲って言われても姉と妹は近すぎる。そういうのは本当の家族じゃないときついだろ」

「……」

「どれだけ仲が良くてもアンタと佐倉さんは家族ではない。だからこそ、今、アンタと佐倉さんは親友になるんだ」

「!」


オレの言葉に表情をハッとさせた。


「アンタの本音を打ち明け、アンタから佐倉さんに歩み寄る。お互いの気持ちを再確認するんだ」

「今、ここで親友に…………でも、本音を打ち明けて、舞宵は受け入れてくれるかな。こんな頼りない私と親友になってくれるのかな」


目をこすりながらそう言い、コチラに不安そうな目を向けてくる。


フッ、愚問だな。


「さっきも言ったが、親友は別に何をしても許される関係でもないし、すべてをわかってくれるわけでもない」

「……」

「でもな」

「え」

「どんな姿を見せたって受け入れてくれるのが親友なんだよ。もちろん、そこから意見されることはあるだろうが、その姿自体を拒絶することはない」


そう断言する。

そこに一切の迷いも不安もない。


「……それがあんたの思う親友の形?」

「ああ、オレはそれが親友っていう関係性だと思っているし、実際オレと孝平はそういう関係だ。こういう時は親友って関係に甘えていいんだよ」


コイツと佐倉さんに比べればオレと孝平の付き合いは遥かに短いが、今までお互いに情けない姿見せあってきた。

それでも孝平はオレを否定することはなかったし、オレに歩み寄ってくれた。


……コッチは散々酷いこと言っただろうにな。


「――はっ」

「?」


自嘲気味に息を漏らしたオレにアイツは首を傾げた。



とにかく、人によって形は違えど遊ぶときは一番親しい友達として遊ぶし、つらいことがあれば寄り添う。

お互いの意見が合わなくて多少ギスギスすることがあってもどちらかがすぐに謝ってまた仲良くなる。

親友ってのはそういうもんだと思う。


「なれる、かな。そんな関係に」

「ああ、なれるね。佐倉さんだってそうなりたいと思ってるだろうさ」

「なにそれ。舞宵のこと知らないのに」

「……まあ、勘だ」


こちらに向けてくる疑いの目に屈することなく胸を張る。



――そうだよな、佐倉さん。


今館内を巡ってるであろう彼女に思いをはせた。




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