第十四話『親友って関係に甘えてんじゃねぇよ』
屋内から移動し、屋外にあるテーブルと椅子が並ぶ区画に向かう。
人がいても全然おかしくなかったが、都合の良いことにそこには誰もいなかった。
移動の時間で少しだけ気持ちが落ち着いた。
掴んでいるその腕から震えが伝わってきたから。
腕を離して椅子に座らせ、その向かい側に腰を下ろす。
ここなら帽子いらんだろ、話の邪魔だ。
「さてと。ここなら周りを気にせずに話すことが出来るな」
「な、何をする気よ」
「そんな警戒すんなよ……って、無理な話か」
今度は心置きなく頭をかく。
ま、そりゃあ怖いよな。
急にこんなところに連れてこられたんだから。
携帯と財布を取り出し、携帯を弄ってから相手の前に置く。
「まあ人質みたいなもののつもりだ。何の保証にもならんと思うが、預けておく」
「……」
「オレは今から真面目な話をするつもりだ。警戒すんなとは言わんが話には応じてほしい」
「……わかった」
応じるという意思表示なのか、アイツも変装道具を外した。
一旦息を吐く。
「さっきアンタに聞いたことは覚えてるか」
「……舞宵の気持ちを考えてるのかって」
「ああ、それだ。あの反応じゃ、アンタ考えてなかったんだろ」
「そ、そんなことはないわ。私は舞宵のことを想って」
「想ってとかじゃねぇんだよ」
コイツはさっきから何か勘違いをしている。
「アンタが佐倉さんを心配してたってのは何度も聞いた。だがそうじゃねぇよ。アンタの言動に対して佐倉さんがどう思っていたのか、アンタは少しでも考えたかって聞いてんだよ」
「ふ、ふん。どうせ嫌に思ってたんでしょうよ! あの男と仲良くするのを止めようとした私はさぞ邪魔だったでしょうね! で、でも私は――」
「っ!」
思わずテーブルに拳をたたきつけた。
目の前のバカ女が肩を振るわせる。
「だから、そうじゃねぇだろ……! なんで、なんで話したこともないオレがわかるのに、アンタはそんなに見当違いな思いをしてるんだよ……」
柄にもなく心が
そんなのでコイツは親友とか口にしていたのか。
「見当違いですって?」
「……オレはアンタの親友さんのことを全く知らない。でも、オレにだって孝平っていう親友がいる。親友に対してどんな気持ちになるか、少しは理解できる。だから見当違いだって言ったんだ」
「……じゃあ何よ。舞宵は何を思っていたっていうのよ。私のことを煩わしく思う以外何があるっていうのよ!」
「ほんとにわかんねぇのか!?」
再度、テーブルを叩く音が響いた。
「そんなの――」
テーブルについた手を握りこむ。
「――悲しかったに、決まってるだろ?」
「え……」
沈黙が流れる。
座りなおして顔をあげると、アイツはポカンとしていた。
「か、悲しい、ですって……?」
「そうだ」
「な、なによ。私はさっきからそう言って」
「違う!」
さっきのはただの被害妄想だ。
そこに相手への理解なんてものはない、あったと認めない。
続けざまに言葉を重ねる。
「うざかったとか、邪魔だった、そりゃあちょっとはそう思ったかもしれないな。でも一番大きかったのは、自分のことを理解してくれない、話を聞いてくれない親友への悲しみだったはずだ」
「オレは今までの佐倉さんを知らないけども、アンタは佐倉さんの願望に対して共感も同調もすることなく、ましてや論理的に反対するとかでもなく、ただアンタ自身の感情でそれを一方的に否定した」
「聞いてる限り佐倉さんの友達はアンタだけだ。そんな佐倉さんにとって友達というのは人並み以上に大切な存在だったはずだ。そんな大切な存在が増えるかもしれない、増やしたいっていう大事な願望に対して、自分の唯一であり一番の友達が全く話を聞いてくれずひたすらに否定してきたんだ。そんなのただただ悲しいに決まっている」
「……」
茫然としてやがるな。
でも気遣ってやるつもりはない。
更に言葉を並べる。
「いくら佐倉さんが気持ちを訴えてもアンタは聞き入れなかったんだろうな。男は危険というアンタの考えで佐倉さんの気持ちはずっとないがしろにされてきた」
「なのにアンタはどうだ? オレの問いにはてんで的外れなことしか返さねぇし、詰められたら逆切れだ。傍から見たら気に入らないと癇癪を起こしてるガキにしか見えねぇ」
「オレはこの短期間の中でもアンタの親友への強い想いを感じていたつもりだ。だがアンタは親友の気持ちを考えていなかった」
この喧嘩はすれ違いによるものなんかじゃない。
ただただ、コイツが一方的に押し付けた結果だ。
そんなことが親友の間柄で発生するものなのか?
「……なぁ。オレが感じた、アンタが佐倉さんのことが大好きって気持ちは勘違いだったのか? アンタは佐倉さんのことをただの都合のいい者としか思って――」
「っ!」
そこでオレの口が止まる。
オレをひっぱたいたアイツの眼には涙が溜まっていた。
「都合のいいですって? そんなわけないじゃない! 黙って聞いてたら言いたい放題。アンタに何がわかるの! 私がどれだけ男を危険に思っているか!」
……確かに、コイツは男への偏見がすごいとは思っていた。
そして、それが過去の何かに関係しているであろうことも。
「男なんて野蛮で低俗で、人の話を聞かない自己中心的な存在よ! 何もしてないのに寄ってきてつきまとうし、突き放してもしつこく絡んでくる。ちょっと優しい対応をしたらつけあがって、自分のことが好きなんだろとか彼女になれとか迫ってくる! 断ったら最悪暴力をふるってこようとするのよ!?」
「おい暴力って」
「ふん、私がそんなのに屈するわけないでしょ。思いっきり蹴ってやったわ。でも舞宵にそんなことができるわけがない。野蛮な男に迫られたとき舞宵じゃ抵抗できない。だから私がそばにいて、そんな男は振り払わなきゃいけなかったの!」
「振り払う……」
「わかる!? 舞宵には私が味わったような思いはしてほしくないの! 別に舞宵に恋愛をさせたくないわけじゃない、舞宵に嫌な思いをさせない男じゃないと近づいてほしくないってだけなのよ!」
オレを睨む目から涙がこぼれ、頬を伝う。
「……辛い目にあってきたんだな」
「なに、ここにきて慰め? いらないわそんなの。弱みにつけ込んだら絆されるなんて思ってたら大間違いよ!」
その涙を拭いながらもこちらを睨むのはやめなかった。
……なるほどな。
コイツの周りにはコイツの外見だけ見て寄ってくる男しかおらず、しかも質の悪い男しかいなかった。
そんな状況から救ってくれる人も現れず、自分でそれを切り抜けた結果、男への恨みだけが解消されずに残ってしまったってわけか。
「……アンタがやけに男に当たりが強い理由は分かった。何も知らないのに悪かった、話してくれてありがとう」
「ぐす……ふん」
「じゃあ、オレと一緒に行動するだけで苦痛だったってことか」
「……ええ、いつ本性を現すかわからないと警戒してたわ。あんた、暗そうな見た目の割に口調は乱暴だったし。でも舞宵のためなら私はどうなろうとかまわない。あんたとぐらい一緒に行動してやるわよ」
だから印象が最悪であろうオレといたわけか。
考えられる限り最低の人間だっただろうに、よくもまあそれを感じさせなかったな。
「ふぅん。やっぱり、アンタは佐倉さんのことが大好きなんだな」
「当り前よ。私は舞宵のことを誰よりも好きで、誰よりも大事に思っているわ」
「そうか」
その言葉に少し安堵する。
よかった、コイツの想いが偽物じゃなくて。
いくら佐倉さんと通じ合えてないとしても、その気持ちは本物だ。
――だが本物だからいいよね、とはならねぇよ。
「アンタの事情はわかった。だが、アンタのその気持ち、佐倉さんには伝えたのか?」
「え?」
「アンタの親友への想いは理解できた。だが、アンタはその考えをちゃんと佐倉さんに話したのか? 話してから否定したのか? そうじゃないだろ?」
「……でも、舞宵なら私の気持ちぐらいわかって――」
「アンタは佐倉さんの気持ちをわかっていなかったじゃねぇか」
「うっ……」
その意思疎通ができてないのに相手の感性を語るなんてちゃんちゃらおかしい。
「アンタが佐倉さんの気持ちをわかっていなかったように、佐倉さんだってアンタの気持ちを完璧に理解してはいなかったはずだ。佐倉さんにとってはただ自分の願望を否定された、その結果だけが色濃く残っただろうな」
「……確かに私は舞宵の気持ちを思いやれてなかったわよ、それは認めるわ。でも舞宵は違う。あの子は人の気持ちに寄り添える優しい子よ。あの子の方は私の気持ちをわかっていたはずよ」
そんな憶測、とても信じられんな。
「なら、佐倉さんはもう一度話をしようとしたはずだ。時間をおいてアンタが落ち着いてから改めて。でも、佐倉さんはそれをしなかった。アンタを頼らず自分で行動し、孝平と仲良くなった」
「それは……」
後に言葉は続かない。
「親友だろうが恋人だろうが家族だろうが関係ねぇよ。いくら関係が深かろうが血が通ってようがそいつらは別の人間同士なんだ。人と人が気持ちを通じ合わせるには、お互いの気持ちを打ち明けあうしかないんだよ……」
「……」
話さなきゃ、どんなに近くても相手の気持ちなんかわかんねぇんだよ……
「親友だから気持ちを分かってくれる。親友だから何をしても許される……んなわけねぇだろ。親友って関係に甘えてんじゃねぇよ」
「っ!」
その顔から血の気が引いていく。
「アンタこのまま時間が何とかしてくれると思ってんのか? いつか佐倉さんがアンタの考えを受け入れてまた元に戻れると? んなもん無理だ。このまま少しずつ離れていって、そしていつかは本当に佐倉さんに拒絶されるだけだ」
「ぅ……」
「それとも佐倉さんに嫌われる覚悟でずっと孝平の存在を否定し続けるか?」
「……ぃや」
「アンタ、親友を失う覚悟ができてるのかよ」
「……いや」
「あん?」
顔を伝って涙が机に落ちる。
「いやよ! いやに決まっているでしょう!? 舞宵を失うなんて……そんなの……ぐすっ」
「……」
「ううぅぅ……ぐすっ、ひぐっ」
頭をボリボリとかく。
多分コイツも気づかないふりをしていただけで薄々はわかってたんだと思う。
でもオレがそれを突き付け、無理やり認めさせた。
そして今、耐えていた心が決壊した。
男は野蛮、ね。
ハッ、やっぱオレも例に漏れてねぇもんだなぁ。
もっと別のやり方があっただろうによ、少しも相手のことを気遣えてねぇ。
オレにはハンカチを広げて頭に被せることしかできなかった。
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