第十三話『もうそれは飲み込めない』

大満足で腹をさすりながらステーキ店を出る。


「いやぁ美味かった。ステーキ自体久しぶりだったってのもあるが、こんなのが食えるなんて思ってなかったわ」

「流石舞宵ね」

「ああ、佐倉さんには感謝だ」


メインの目的が二人の尾行ってのがなんとも言えないが、こんなのが食えるのなら佐倉さんおすすめの店に行こうの回は全部ついていきたいと思える。

自分じゃあんなに美味いの作れないし、調べるのも無理だしな。

佐倉さんはどこから情報を得てるんだろうか。


「しっかし、佐倉さんペース落ちなかったな」

「いつもあんな感じよ」

「すげぇなぁ」


結局あの程度の物量では佐倉さんの勢いを押し返すことなぞ出来るわけもなく、あっという間にその形は崩れていき最終的には孝平と同じぐらいに食べ終わっていた。

ご飯のおかわりもしまくってたし、あの人このステーキ屋でどんだけ食べたんだろ。


他のお客さんも佐倉さんの食いっぷりには一目置いてたしな。

マジであの道で食っていけるって。


「大食いだけにな!」

「……」


冷たい視線がつき刺さるぜ……


「あれをペロッと食べるんだし、どこかの大食いチャレンジとか佐倉さん行けるんじゃないか?」

「挑戦したいとは言ってたわね。高校生になったんだし、どこか良い店があればすぐ行くんじゃないかしら」

「へぇ、その時はぜひ観客として同席したいな」


見てるだけで結構楽しかったし。

あの食べっぷりを見てるだけで食欲が促進されそうだ。


「ついてこないでよ」

「なんでアンタの許可をとらんといけんのだ……」

「舞宵がいるなら私もいるわけだし」

「それは知らんしどっちでもいいんだが」


目的は佐倉さんだぞ。

アンタと一緒に見るわけでもないだろうに。


そんな呆れや困惑やらが湧き出るやり取りだったが――


「親友の私を置いてそんな大舞台に立たせるわけにはいかないわ」

「……」


――その一言にそれらはスッと消え去った。


今まで何度も聞いたその単語。

それがどうにも引っかかった。


「……親友」


その違和感を飲み込めず、思わず口からこぼれる。


「――っ、親友よ!」


アイツはそれに過剰な反応を見せた。

ステーキで上がっていたテンションが冷めていく。


「……なぁ」

「ふんっ」


オレの話なんて聞くつもりはないとアイツは一人で孝平たちを追っていった。




なぁ、なんでそんなに親友親友言ってんのにいつまで経っても仲直りしねぇんだよ。

親友ならどんなに仲違いしようが乗り越えていけるものだろ。

だから親友なんだろ?

だから孝平はオレと親友でいてくれるんだろ?


……本当に親友なんだよな、アンタら。

今まで感じたアンタの親友への想い、オレの勘違いなんかじゃないよな?



拭えない不安を抱えたまま、アイツの跡を追った。




======




ステーキの余韻に浸っていたのか、孝平達は店を出て少ししたところでずっと立ち話をしていた。

しかしそれも区切りがついたようで、二人が歩き出す。


「……」

「……」


すっかり冷めてしまったテンションを戻す気にもなれない。

黙ったまま二人を追い続ける。


さて、今から佐倉さんの買いたいものを買いに行くということだが、何を買いに行くのか。

孝平も当日話すからと教えてもらえなかったらしいが、今頃聞いてるのだろうか。


「……あんた、これから何するのか聞いてる?」

「……いやそれはコッチのセリフだ。アンタが知らないのにオレが知るわけないだろ。ステーキは知ってたのに何でその後を知らないんだ」

「教えてくれなかったのよ。随分かたくなな様子だったわ。何をするつもりなのかしら」

「かたくな、ねぇ」


コイツには教えないのに孝平には明かしてよくて、なんなら買うのに同行してほしいもの。

孝平と一緒の時に買いに行くってことは孝平関連ではないってことか?


うーん、でも孝平への何かしらのプレゼントって考えれば、そもそも買うのに反対しそうなコイツには教えなさそうだし納得はいくんだよな。

何かをプレゼントするようなイベントなんてあったか?

孝平の誕生日はもっと先だが……



チラリと隣を見るが、本当に心当たりがないようで、一体何をと考え込んでいる。


あるとすれば何かへのお礼か。

コイツ関連の相談にのってたりしてたとか言ってた、し……



――!



「……ハァ~」


思いっきりため息をつくと隣が肩をビクつかせる。


「な、何よ、急に大きなため息ついちゃって」

「んーなんでもない。めんどいなぁと思っただけ」

「なに面倒くさがってんのよ。契約を反故にする気?」

「あーいや、そんなつもりはねぇよ」


思わず頭をガシガシと……しまった帽子かぶってたんだった、帽子落ちちまった。


帽子を拾いながら再度ため息を出す。


ほんとめんどくせぇ……

でもこの可能性に気づいちまったんだから、それが正しいかに関わらずオレがやるべきことは一つだ。


「……なぁ。アンタ未だに佐倉さんと微妙らしいが、ちょっとぐらいは改善したのかよ」


そのために少し切り込む。

話に応じてくれるかは怪しいところだったが、幸運にもアイツは反応してくれた。


「なによ改善って。普段も話しているし一緒に登下校もしてる。ただ休日に遊ばなくなっただけよ」

「明らかに変わっているとこがあるわけだが……じゃあなんで仲直りしたって言い切らないんだよ」

「それは……」

「まあ遊ばなくなったぐらいなら佐倉さんが多忙になったからとか色々あるだろうよ。でも普段話してるのに仲が良くないってことはまだ違和感があるってことだろ」

「……」

「なんでその違和感を持ったままアンタも佐倉さんも話したりできてるんだか」


オレとしてはずっとそこが疑問である。

普通は話したくない相手とは話さないはずだ。

でも話してる。でも仲は微妙。


正直意味が分からん。


「私たちは親友よ。多少微妙になったところで話さないとまではいかないわ」

「親友だったのが友達レベルになろうが話すだろってことか? 気まずいことに変わりはないと思うがな」

「うるさいわね、話しかけたら返してくれるから問題ないのよ!」

「あん? ……つまり佐倉さんからは全然話してくれてないってことか?」

「――っ」


アイツから奥歯を食いしばる音が聞こえた。


なるほど。

佐倉さんは若干距離を置きたいがコイツがそれをさせてないってことかよ。

佐倉さん自身に断る力や遠ざける力がないから曖昧な関係のまま進んでるのな。


「フン、つまりアンタがひたすら話しかけて関係を維持してたってか」

「……」

「佐倉さんも佐倉さんだが……アンタ、いったん距離を置いて佐倉さんが落ち着くのを待とうって思わなかったのか?」

「……思ったわよ」

「なら「ええ、思ったしやったわよ!」……!」

「だからあの男がまとわりつくのを止められなくて、もう待ってる余裕がないからずっと話しかけてるんじゃない!!!」


その激しい剣幕に驚いてしまう。


おそらくオレは踏み込みすぎた。そして地雷を踏んだ。

これだけなら単なるやらかしだが――


「――よし」


小声で呟く。


孝平達が行った先を見るが二人が戻ってくる様子はない。

一応ミッションは達成だな、形は酷いもんだが。


「そうだったか」


多少怒らせてでも孝平達から気を逸らそうとしたわけだが……ここまでやるつもりはなかった。

ミスった、身の程は知っていたつもりだったのに。


とにかくこの話はここらで切らないと。


「それは悪かったな、余計なことを――」

「ええ、何よわかったような口をきいて! 私がどんな気持ちで舞宵に話しかけているのかあんたにはわかるわけないでしょうね!」

「――は?」


アイツの言葉に謝罪の弁が止まる。


……気持ち?

コイツ今気持ちっつったか?


「……どんな気持ちだったんだよ」

「舞宵を心配してに決まってんでしょ!? あの男が何をしてくるかわからない。でも私がそばにいることを許してくれない。そんな中私がどれだけ心配して「おい」――!」


挟んだその声は今回も低かった。

眉間にしわが寄る。


前髪が長くて良かった。

きっと、オレの今の顔は酷いもんだろうから。


「さっきから気持ちだの心配だの言ってるが、アンタさ。佐倉さんの気持ちは考えたことあんの?」

「――」


コイツ……!


驚きで目を丸くしたその表情を見て拳に力が入る。

しかし、一歩足を踏み出したところで周りの注目を集めてしまっていることに気づいた。


沸騰しかけた勢いが鎮火する。


「……チッ。おい、ついてこい。ここじゃ人の目につく」

「え、で、でも」

「いいからこい」


――気が変わった。


無理やり腕を掴み、人のいなさそうな所へ引っ張る。

その際に抵抗はなく、簡単にその場から移動することができた。



孝平達がどうとか、コイツとの関係とか、そんなんはもうどうだっていい。

今はただ、コイツがひたすらムカつく。


オレの頭から遠慮の文字が消え去った。




――――――――――――

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