第十二話『フードファイター現る』
日付は変わって土曜日。
「来たわね」
「今日もちゃんと変装セットつけてきてるんだな」
「もちろんよ。あんたも帽子をかぶってきてるようだし、ようやく自覚が出てきたのね」
まあ前回あんだけ言われたら流石にな。
指摘されたリュックもちゃんと置いてきたし。
ん、今日は髪まとめてないのか。
前回同様帽子かぶってるのに、ちゃんと毎度考えてるんだな。
「お店予約してくれてるんだよな? サンキュー」
「こういう時は男が気を利かせて予約してくれるものじゃないかしら」
「今日呼ばれるかどうかもわからんのに予約しようがないだろ」
呼ばれなかったらオレここに来てないからな?
「あんた何度言えばわかるの?」
「契約だろ。それはわかってるが、アンタの予定や体調次第だろ」
「何よ。昨日今日の話なら別だけど、今回は事前にわかっていたのだから予定あっても調整するわよ。とってつけたように体調気にしてサボろうとしないで」
尖った考えだなぁ。
「ま、オレが誘ったら、まさか来ないわけないよなって煽っているように受け取られそうだからな。それで都合悪いのに無理されても困るって思っただけだ」
「……ふん。口だけは達者なんだから」
「だからオレの予定とかも気遣ってくれると嬉しいんだが」
「お断りよ」
つらい。
「あんたの予定の有無なんてどうでもいいわ。今日もあの男が変なことしないか監視するわよ」
「……ハァ。頼むから今回も静かに見守ってくれよな」
「それはあの男次第よ」
いや、アンタ次第だと思うがな……
「少しは優しい目で見てくれてもいいと思うが」
「は? それで見逃したらどうするつもりよ。変な動きをした時にすぐ動けるよう警戒して監視しておくこと。それが親友である私の務めよ」
「ソウデスカ」
と言いつつ見損ねてる部分も結構ある気がするんだが。
なんだかなぁ。
「……あ、そう。その、これ」
「あん? ああ、ハンカチか」
「前に返せなかったから」
前回の勉強の日の後、
『ごめんなさい、ハンカチ返しそびれたからまた今度返します』
とメッセージが来ていた。
オレも忘れてたから催促しなかったし、別にいつでもいいから全く気にしていなかったが。
「おお、ちゃんと袋に入ってる。これはどうも丁寧に」
「借りを作ったなんて思わないでね」
「はいはい、わかってるよ」
ハンカチ程度の借りって逆にどう返してもらえるのか気になるけどな。
「二人が合流したな。今回も両方とも遅刻していない。佐倉さんも孝平も流石だな」
「遅刻しないのは当然でしょ」
「確かにあの二人にそんなイメージはないが」
オレ達もなんだかんだ孝平達の前に集まれてるわけだし、みんな時間にしっかりしてるのは良いことだ。
「まあでも何かあった時はどうしようもないだろ。遅刻したとしてもリカバリーをどうするかじゃないか?」
「なにそれ、最悪遅刻してもいいって考えはやめてくれない?」
「理由次第だって言ってるだろうに。ま、むしろどっちかが遅刻するってなった時のお互いの行動で二人の本質が見え隠れするかもな」
謝り倒すのか言い訳を立てるのか何らかのお詫びを渡すのか、色々あるとは思うが。
個人的には一言謝ってもらえればそれでいいけどな。
合流すぐから気まずくなりたくないし。
「……なるほどね。どうにかしてあの男を遅刻させて本性を暴くのは良い考えかも。あんた、あの男を遅刻させなさいよ」
「は? やるわけねーだろそんなこと。それならアンタが佐倉さんを遅刻させてくれよ。孝平の懐の深さが見られるぜ」
「やるわけないでしょ。第一、誰が相手でも舞宵なら遅刻を相当申し訳なく思って……あれ、私の時そんな申し訳なさそうにしてたかしら」
「え、佐倉さん案外そういうの気にしないタイプ?」
むしろこっちの好感度が下がる可能性あんの?
孝平はめっちゃ謝ってくれるぞ。
「い、いや、そもそも遅刻した舞宵を見たことが無さ過ぎて忘れただけよ。そうに決まってるわ。この話はこれでおしまい」
「逃げたな」
「うるさい。舞宵たちについていくわよ」
「へいへい」
======
「……マジでステーキ屋行くんだな。孝平から聞いたときは耳を疑ったわ」
昼からステーキって字面がまずすごいからな。
オレや孝平じゃ選択肢にすら挙がらん。
「舞宵らしいチョイスね」
「へぇ、やっぱ佐倉さんってグルメな人なんだな。昼からじゃそんなに食えないだろうに」
「ふん、甘いわね。舞宵はよく食べるわよ」
「……それは女子の感覚で?」
「いや、男から見てもよく食べるほうだと思うわ」
「はっ!?」
見開いた目を店の前に立つ佐倉さんに向ける。
「つまり佐倉さんって大食い系女子ってことか? あんなに身体小さいのに?」
「ふっ、ステーキぐらいなら余裕ね」
「マジかよ」
すげぇけど、なんでアンタがドヤ顔してるんだ?
「ステーキを、あの見た目で……はーすごいギャップだ」
「ほんとよね。食べた分の栄養はどこに行ってるのやら」
佐倉さんは同年代の女子の中でも小柄な部類に見える。
その親友とやらが逆に高い部類だから並ぶと差が分かりやすく表れるだろう。
まだ成長期ということで一気に大きくなる可能性もあるだろうが……なぜか想像出来ない。
ま、孝平はそういったギャップにやられまくってるわけだが。
「って悪い。佐倉さんを貶す意図はなかったんだが」
「流石にそこに突っ込むなとは言わないわよ。本人に言ってたら別だけど」
「なるほど、気を付ける」
こういうのはデリケートな部分だろうしな。
「アンタも佐倉さんとこういう店よく行くのか?」
「行くことはあるけど、私はそんなに食べられないから頻度は少ないわね」
「てことは今回のは孝平の方が都合がよかったのか。良かったな、仲違いが理由じゃなくて」
「……うっさい。どんな理由があろうが、私が誘われなくてあの男が誘われた時点でむかつくわ」
「仲良くなってきてるってこったな」
「……認めないわよ」
「おい、流石に現実を受け入れてほしいんだが? 目の前の光景を見たらそれはわかりきってるだろ」
「黙って、そんなの関係ないのよ。親友の私が絶対に認めない」
「コイツ……」
またかよ。
なんでこんなに頑固なんだこの女。
「ほら行くわよ。どさくさに紛れてあの男が何するかわからないわ」
「ステーキ屋でなにやるってんだよ」
「男の考えなんて知るわけないでしょう」
「じゃあ少しは知るために歩み寄ってほしいんだが」
「ふん」
おい、知らんぷりするなよ。
ハァ……
======
席に案内される途中、すでに食べている人を覗いてみる。
うわぁ、あれとか結構ボリュームあるな。
もちろん食える人だからここに来てるんだろうが、ほんと昼からすごい。
食おうと思えば食えるんだろうが、昼からわざわざあんなに食わなくてもいいだろうに。
席に座りメニューを開く。
「さて、アンタ小食なんだろ、どうするんだ」
「舞宵たちの監視が主なんだし、食に集中するつもりはないわ。適当にサラダだけでいいわよ」
いやもったいな。
「理由はどうあれせっかくステーキ屋来たんだし、ちょっとぐらい食ってもいいんじゃないか?」
予約までしたのにサラダだけってのは寂しい。
ちゃんとレディース向けのメニューもあるし、食えないことはないと思うが。
「ほら、これとかどうだ? セットが難しそうなら肉だけでいいと思うし、最悪オレが食うぞ」
「え、なに食いかけ狙ってるの? 気持ち悪いんだけど」
「そうじゃねぇよ……」
なんか頭いてぇ……オレが悪いのか?
「……ほら、ここは佐倉さんが気になってた店だったろ? なら自分も行ってきたとか話題に出せるだろ。アンタが美味しいと感じたのなら次は誘ってくれると思わないか?」
「――! メニュー見せなさい」
「はいはい」
やれやれ。
◇◇◇◇
向かいが頼んだサラダがテーブルに置かれる。
「オレも頼めばよかったかな」
サラダセット頼めばよかったか?
でもちょっとでも抑えたいしなぁ。
「食前にサラダは基本よ」
「血糖値の上昇を抑えられるんだっけか。その辺り気にしてるんだな」
「一応ね」
与えられたままの見た目っていうわけではなく、ちゃんと気を使って今があるってことよな。
見えないところでいろんな努力してるんだろうなきっと。
ついにステーキが運ばれてくる。
来たな、うまそうだ。
「ん、オレ達のメニューが先に来たな。まだ佐倉さんのは来てないみたいだが」
間違いなくあの二人の方が早く注文をしていた。
孝平のはもう届いてる。
「言ったでしょ、あの子は食べるのよ」
「え、まさか」
そう思ったところで佐倉さんの前に
遠目だというのに圧倒される。
孝平もオレと似たような反応をしている。
「な、なんだよあのサイズ。オレが頼んだステーキの倍ないか?」
「あると思うわよ。それを食べてなおあの体形なのだから、ある意味女の敵ではあると思うわ」
確かにあれだけ食べて小柄で細い体形維持できるのは嫉妬の的だよな……
まあ縦にも伸びてないみたいだが、横に伸びないだけで御の字だろ。
「佐倉さんいい笑顔だな。お気に召したのかね」
「舞宵が推す店はだいたい当たりよ」
「ほう、それは楽しみだ。オレ達も食うか」
「ええ、いただきます」
「いただきます」
並べられていたナイフとフォークを手に取り、ステーキに差し込む。
ナイフの通りがいい。
そんなに高いメニューでもないのにこの柔らかさはすごい。
一口サイズに切り分け、口に運ぶ。
当然その柔らかさを失うはずがなく、筋を感じさせないその肉はあっという間に形をなくし、肉汁とともに喉を流れていく。
「――うまい!」
「美味しい。油もくどくなくて食べやすいわ」
「行列ができるだけあるってことか。ランチなら手を出しやすいし、こりゃあ良い店だな」
普通にリピートするレベルだ。
「ハフッハフッ」
肉汁の量もすごい。
こうも肉汁が多いとご飯をかきこむのをやめられない。
「ズズズズ……ふぅ」
そして味噌汁で流し込むことで爽快感と満足感が口の中に広がった。
やっぱり白ご飯に味噌汁は外せない。
これにプラスサラダはちょっと金銭的にきつかったな。
同じ流れを何回も繰り返す。
「ふぅ……」
息を吐く。
一気に食べすぎて疲れた。
「……やっと落ち着いた」
「何が?」
「いえ、何も」
「……? お、なんだかんだ食べれてるみたいだな」
向こうのステーキも適度に量が減っている。
「そうね、意外と重くないからさらっと食べられそうだわ」
美味いステーキのおかげで機嫌がよさそうだ。
「そりゃあよかった。ってあれ、眼鏡外したのか」
「曇って邪魔だったのよ。眼鏡って不便ね」
ならもうそれつけなくていいんじゃないか?
「何よ」
「イエ、何でも。そういえば佐倉さんの食いっぷりはどうだ――は?」
佐倉さんには大皿でステーキが提供されていたはずだ。
確かに見た、それが今はどうだ。
大皿に乗っていたどでかいステーキの堂々たる姿は見る影もなく、今もなおその物量をどんどん減らしていっている。
……時が飛んだ?
「オレ普通に食ってるつもりだったんだが、そんなに夢中になってたか?」
「まあ夢中ではあったけど……とはいえ数分よ。量も食べるし食べるのも早い。全く、あの俊敏さを他の時でも見せてほしいっていつも言ってるのに」
「ガチのフードファイターかよ……」
なんか孝平も諦めた表情をしている気がする。
多分最初は食いっぷりについていこうとしてたんだろうなぁ。
「うーん、見てて気持ちよくなる食いっぷりだ。契約とか関係なく見てたいレベル」
「私はもう見飽きたわ」
「おおーご飯もあんなに……っと、自分のを食わないと」
佐倉さんを見てる場合じゃない。
折角うまいんだから美味しいうちに。
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