第十七話『緊張は一人ではほぐせない』
今回は咲希視点です。
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月曜日、本来ならいつもと変わらないただの週初め。
でも今日は違う、今日は特別な日。
普段なら舞宵を家の前で待って二人で登校するけど、今日は一人。
流石に朝から舞宵と過ごして平静でいられる気がしなかったから。
一昨日にあんなことがあって、昨日一日しっかり考えて今日を迎えた。
私なりに覚悟はもう決めた。
――私は今日、舞宵と本当の親友になるのよ。
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ガタンゴトンと電車に揺られながら思考に耽る。
一人で登校するって虚しいものね。
用事があるとかなら別だけど、今日はただ私が一緒に登校する気分にならなかっただけ。
スマホ見たり本を読んだりできればいいけど、後ろめたさがあるからかそれらもやる気にならない。
つり革を掴みながら辺りを見回す。
ほとんどの席は埋まっているけど、一人ぐらいなら座れるところがある。
いつもならあそこに舞宵を座らせようとしてたはず。
そういうのも、今の舞宵には迷惑だったのかな。
『アンタも佐倉さんも成長して、佐倉さんはただアンタに頼り続ける年齢ではなくなった』
あいつの言葉が思い返された。
成長、か。
私、舞宵が成長してるなんて全然気づかなかったな。
いつまでも私の後ろをついてきて、調子のいいときだけ前に出て、また私の背の後ろに帰ってくる。
これからもずっとそんな舞宵だと思ってたのに。
私自身それでいいと思ってたから、それ以外の舞宵の姿なんて全然見てなかった。
ほんと、なんで何も知らないはずのあいつの方がよく見えてるんだか。
――そう、何も知らないはず。
本来ならそんな人間が口にする言葉なんて内容があるわけないし、信ぴょう性もあるわけない。
なんで私はそんな人の言葉を鵜呑みにしているんだろう。
ましてやあいつは男だ。
今までの男の言うことなんて適当なことばかりだった。
やれ私が心配だのやれ舞宵とばかり一緒にいたらもったいないだの。
ほんと今思い出しても怒りがこみあげてくる。
でも、あいつは違った。
あいつの言葉はまごうことなきあいつ自身の本心だったように思えた。
私に気に入られようとするものでも自分の欲望を果たそうとするものでもない。
あいつは、何を思ってあんなことを私に言ってきたのかな。
しばらくぼーっと窓の景色を眺める。
舞宵のことや一昨日のことが浮かんでは消える。
思考が定まらないまま外を見続けていると電車が停車し、ドアが開いた。
≪――駅――駅≫
ハッ、ここ降りる駅!
慌ててドアに向かい、電車を降りた。
======
「はぁ、はぁ」
学校に近づくほど心臓の音がうるさくなってくる。
ただ登校してるだけなのに、不安や緊張感だけが高まっていく。
別に、学校で舞宵とあの話をするつもりなんてないのに。
なんでこんなに早くから参ってるかな私。
……やっぱり舞宵と登校しなくてよかった。
もし会ってもいつものように話せる気がしないし、登校中にすべてを話すわけにもいかないもん。
本人がいないでこれなんだから、絶対に登校中の間に耐えきれなくなってた。
でも私、こんなんで今日の学校を乗り越えられるのかな……
どんどん足取りが重くなっていき、ついには歩く気力すらなくなり道端で止まってしまう。
周りから見られてる気もするが、気にしてられない。
こんな調子じゃ、舞宵と話すなんて……
……
『私、今日舞宵に本音を打ち明ける』
「えっ、私ったらなにを」
気づいたらあいつにメッセージを送っていた。
何やってんだろう、こんなことやっても何にもならないのに。
自分の行動に後悔していると、ぶるるとスマホが震える。
『音声データが届きました』
なにこれ、音声?
ていうか今回はやけに返信早い。
音を聞くために耳をスピーカーにあてて――
『うぅ……ヒグッ、ヒ「~~~!!!!」』
――すぐさま画面を連打して再生を止めた。
「ななな、なんでこれが!? あの時確かに消したはず! ま、まさかバックアップがあった!?」
ハッ!
保存されてるデータは消したけど、アプリの録音履歴は全く見てなかった。
あいつ……!
すぐさま抗議のメッセージを送る。
『ちょっと! なんでまだデータ持ってんのよ!』
『(ゲラゲラと笑っている動物のスタンプ)』
『オレもアプリの機能忘れててな。まさか残ってるとは』
『なによ、脅しに使おうってんの!?』
『そんなことはしない。こうやって一発かませたからもう十分だ。どうせなら直にアンタの表情見たかったけどな』
「~~~!!! あの男……!!!」
自分でも顔が真っ赤であろうことがわかる。
あの男、少しはまともだと思ったら結局……!
『ほら、今度こそちゃんと消したぞ。安心してくれ』
『(アプリの履歴のスクショ)』
確かに、完全に消えてるように見える。
『今度こそ、ほんとでしょうね?』
『ああ、誓って本当だ。次会うことがあれば携帯を見せてもいい』
そこまで言うのなら大丈夫だろうと矛を収める。
『ならいい』
『今日か。ま、包み隠さず話せば大丈夫さ』
『いわれるまでもないわよ!』
『(怒っている女の子のスタンプ)』
スマホをカバンにしまい、ほっと息を吐く。
酷い目にあった。
「全く男ってのはすぐ調子乗るんだから」
こんないっぱいいっぱいの時ににあんなのを相手にする羽目になるなんて、ほんと最悪。
なんでメッセージ送ったのよ、ちょっと前の私。
「ハァ……あれ?」
ため息をこぼしながら歩いていると、いつの間にか足取りが軽くなっていることに気づいた。
荒れていた呼吸も鼓動も落ち着いている。
さっきまであんなに緊張や不安に押しつぶされそうだったのに。
なんでこんなにリラックスできてるんだろう。
もしかして……
「――ふん、そんなわけないわ。ただの結果オーライよ。……よし!」
改めて気合を入れなおして、学校への歩みを進める。
――そうしようとして周囲の注目を集めていることに気づき、恥ずかしさのあまりダッシュのスタートを切った。
======
SHRまで時間を潰していると、舞宵が登校してきた。
務めて平静を装いながら話しかける。
「……おはよう、舞宵」
「……おはよう、咲希ちゃん」
あれからずっと変わらない。
しばらく、昔のように食い気味にあいさつを返してくれる舞宵を見ていない。
「舞宵、今日は昼ご飯は別でいいし、帰りも別でいいわ」
「……え?」
「その代わり、家に帰ってから私の家に来てほしいの。大事な話があるわ」
「大事な話?」
「ええ、学校だと話しづらいから家で話したいの。……嫌?」
つい視線をそらしてしまう。
ここで断られたら……
しかし、舞宵の口から拒否の言葉が出ることはなかった。
「……ううん、嫌じゃないよ。私も、咲希ちゃんに話があったんだ」
「え、舞宵も?」
「うん、だから咲希ちゃんの家じゃなくて私の家で話さない? そっちの方がいいんだ」
「え、ええ! もちろんよ。じゃあ、放課後舞宵の家に行くから」
「うん、じゃあ、放課後にね」
やった、嫌がられなかった。
これで舞宵に話をすることができる。
……でも、舞宵の話って何なんだろう。
さ、流石に絶交宣言はない、よね……?
よ、弱気になるんじゃないわ私!
何があっても私の本音をぶつけることに変わりはないんだから。
************
お昼休みになり、お弁当を開ける。
「いただきます」
クラスの女の子がお昼誘ってくれたのに断ったの、ちょっと申し訳なかったわね。
珍しく一人でいる私を気遣ってくれたのかもしれないのに。
――その流れで誘ってきた男どもからはそんな気遣いは一切感じられなかったけど。
ワンチャンあるとか思ったのかしら、全く反吐が出る。
いい加減可能性がゼロだとわかって欲しいものね。
……あと、朝のこと聞くのはやめてくれないかな。
きっとそれは私のそっくりさんだから、私なんにもわからないから。
そういうことにしてほしい。
そんなくだらないことも考えつつお父さんお手製の弁当を食べ進める。
そういえば、舞宵に本音を話すと決めたのはいいけど結局お母さんにもお父さんにも相談しなかったわね。
きっと話したら聞いてくれたんだろうけど、あの二人いつも私を甘やかしてくるからこういう相談したことないのよね。
いつも真顔で変なこと言ってくるし。
……なにより、そんな二人に自分の情けない部分を話すのが恥ずかしくて言えなかった。
これも私のダメな部分、か。
相談できていればもう少し気持ちも軽くできたのかしら……
で、でもこの期間、違和感はあっただろうに何も言ってくれなかったのもあんまりよくなかったと思うんだけど。
今日も可愛いとかじゃなくて!
舞宵が何かやったのか聞かれたぐらいだったし、私が何かしてる側とは思わなかったのかしら。
誰か一人ぐらい私に謝るように言ってくれればもっと早く行動できたかもしれないのに。
いやまあ八つ当たりなのはわかってるんだけど……
「ハァ……ごちそうさまでした」
結局陰鬱な気分は晴れることなく、弁当の蓋を閉じた。
************
放課後になり、周りのクラスメイトに挨拶しながら一人で帰路につく。
今度は家に近づくほどに緊張感が高まってくる。
せっかく学校にいる間は何もなかったのに……!
私がこんなにメンタルよわよわだったなんて。
どうしよう、どうやったらリラックスできるかしら。
朝とは違って今度はじっとしていられなくなっており、常にそわそわしてしまっている。
焦りを募らせていると、またもあいつの言葉が脳裏をよぎった。
『不安だったら、シミュレーションぐらいは手伝ってやるぞ』
そういえば、結局昨日そういう話はしなかったわね。
手伝うとか言ってたけど。
いや、そんなこと言って、こっちがちょっと頼ろうとしたところでどうせ本性を――
『学校や警察に持っていけば厳重注意ぐらい入るかもしれないぞ』
『本当に不快に思っているのなら、アンタにはそれをする権利があるってだけだ』
――いや、違う。
あいつは、あんな状況でも筋を通してくれた。
あれだけ行動で示してくれてるのに、いつまでも他の男と同じくくりで見るのは失礼、よね。
……まああの時のあいつすっごい怖かったけど、別に暴力振るってきたとかじゃないし。
そもそも、事情を知っているのはあいつだけ。
だからこれは消去法、仕方がない行為。
そう言い聞かせながらスマホを取り出し、メッセージを送った。
『ねぇ、どうやって話を切り出せばいいかしら。本音を伝えるにしてもいきなりはなんか違う気がするわ』
画面を見つめているとまたもすぐに返信が来る。
『いや、どういう状況になるのかすらわからないんだが』
『舞宵の家で話すことになったわ。舞宵も話があるとか』
『そうか。まあ周りを気にしなくていいんだし何でもいいと思うが?』
『その何でもでどうするか困ってんじゃない!』
『(ヤレヤレポーズをした男の子のスタンプ)』
こいつほんとムカつく。
『アンタは佐倉さんへの言動について思うことがあったんだよな?』
『なら、最初にやることなんてわかりきってるじゃん』
スタンプに眉を吊り上げた私だったが、その次の言葉にハッとさせられた。
そうだ、どんな切り出しなら話しやすいとかじゃない。
私がどう思ってたとかは関係ない。
その前に人としてやらないといけないことがあるんだ。
『あとはアンタの心を真っすぐに伝えればいいよ、なりふりなんて構わず。気持ちさえこもっていればどんな姿でも親友なら幻滅なんてしないからな』
『というか、そういう関係になるんだろ?』
『ええ』
『終わったら、結果を報告するわ』
『(グッドマーク)』
画面を切り、気合を入れるために頬をパンと叩く。
「うっ」
スマホの角が顔に当たった……いたい。
スマホしまってからやればよかった。
頭を振って気を取り直す。
とにかくやることは決まった。
今度こそ、今度こそ覚悟を決めた。
まずはやらなきゃいけないことを済ませよう。
それから、私の本音を舞宵にぶつけるんだ。
そこからの私の歩みに、恐れや緊張はなかった。
――――――――――――
後書き
今後も真人以外の視点で別角度の物語が展開されることがあります。
真人視点ではわからないお話を楽しんでいただけたらと思います。
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