第三十八話『誠実に向き合うよ、絶対に』

空気が弛緩したところで各々が弁当に箸をつける。

食べながらで会話が始まる。


「改めて、相談のってくれてありがとうね!」

「うん。喜んだのが本人からも聞けて良かったよ」

「そこまで言ったつもりはないわ」

「またまた~。咲希ちゃんってば渡したとき泣いて喜んでくれたんだよ」

「え、そんなに?」

「……」


そうなんです、と胸を張る佐倉さんであるが、それが災いを呼んでいることには一切気付いていない。

心の中で合掌しつつ、それをジェスチャーする。


「佐倉さん、となりとなり」

「え? ――ひぇっ。えと、その、あはは……」


泣いて喜んだらしい人がゴゴゴゴと怒気を纏っている。

佐倉さんが身を引くが、当然逃げられるわけもない。


そのまま佐倉さんの頬に手を伸ばし、あっちこっちに引っ張りだした。


「ちょ、いひゃい、やめへ」

「初対面の人に人の恥をさらすとはどういう了見かしらー?」


おお、よくのびるなー。


「ご、ごめんなひゃいー!」

「誠意が感じられないわねー?」

「あっはっは!」


二人の様子を見て孝平が笑い声をあげる。

ようやく孝平らしい表情になった。



うん、もう孝平は大丈夫そうだな。

あとは任せてよさそうだ。


三人から視線を切り、弁当を頬張る。







しかし……ふぅん。

あの二人、普段はあんな感じのやり取りしてるんだ。


ほっぺをめちゃくちゃにされている佐倉さんだが、本気で嫌がっている感じはない。

仲違いしてた時の様子は知らないが、その時はとてもあんなスキンシップはとれなかっただろう。

今までのやり取りも含め、二人の仲が戻ったのは確かなようだな。



そっか、あれがアイツが自分の意思で動いた結果か。

苦難を超えて自分の思う道をちゃんと切り開ける人間……やっぱりとても真似できそうにない。

すげぇよ、アンタ。



二人のじゃれあいを視界に入れる。


仲良きことは美しきかなとはまさしくだな。

そう、しみじみと感じた。



◇◇◇◇



「うぅ、私のぷにぷにほっぺがびよんびよんに……」


少しの間それを続けて満足したようで、頬引っ張り女――白石は頬から手を離す。


「っ」


そしてコチラを見て、オレらがいたのを忘れていたのか恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「……失礼なところをお見せしたわ」

「え、いやいや! 気にしなくて大丈夫だよ」

「同じく」

「コホン。全く、舞宵のせいよ」

「そ、そんなぁ。ほっぺつねったの咲希ちゃんだしぃ」


佐倉さんは涙目で頬をさすっている。


「言っていいことと悪いことがあるって言ってるの。いい?」

「ふぁーい」


佐倉さんには響いてなさげ。

へぇ、白石の前ではあんな感じなんだ。


小声で孝平に話しかける。


「孝平の前でも佐倉さんあんな感じなのか?」

「うーん、振り返ってみると似たようなのが見え隠れしてたような気はするけど」

「そういえばそんなこと聞いた気がする。ちなみにどうよ」

「グッと来るね!」


うん知ってた。

そんなキラキラした顔向けないでくれ、まぶしいよ。



「うー折角のお弁当なのに口の中が痛いよう」

「あら、昼食は抜きかしら」

「食べるけどさーちょっとは申し訳なさそうにしてほしいんだけど」

「うん、今日もお弁当が美味しいわね」

「聞いてよー!」


いい顔してますね、白石さんよ。


「あははっ。佐倉さん食べるのすごい好きだけど、それって昔からなの?」

「幼稚園の頃からずっとよ。この子自分の分を食べきっては食べ途中の私にねだってきてたわ」


それはすごい食い意地だな。


「へぇ! 食べる量も昔から多かったんだね」

「ちょっと! 食べない日だってあったでしょ」

「そうだったかしら? 人一倍食べている記憶が多すぎて思い出せないわね」

「この弁当だって普通の量でしょ!」


そう言って弁当箱を見せてくれるが、なんとも反応しづらい。


「ふーん。どう思う?」

「え、うーん……」


孝平も眉を八の字にしてしまっている。


……まあ高校生男子のそれと比べれば普通の範疇に収まるかも、な。


「ふ、普通、かも?」

「ほら!」


孝平は明言を避けることを選んだ。

そのため出てきた言葉には一切の信ぴょう性を感じられなかったが、佐倉さんにとってはそれでも自信につながったらしい。


純粋というかなんというか……先が不安になるな。


「賛成してくれる友達ができてよかったわね」

「そ、そうでしょうそうでしょう!」

「これが舞宵の家族なら私に全賛成だったでしょうに」

「うっ……否定できないのがつらい」


そんなやりとりと佐倉さんの表情に再び孝平が笑い声を上げた。



幼馴染なだけあって家族とも交流があるみたいだが、今のだけで佐倉さんが普段どう扱われているか、なんとなく見えてくるな。

可哀そうに。





その後も孝平は二人の会話を邪魔しない程度に話に入って会話を広げたりと交流を続けた。


孝平を交えて会話している割には白石の表情はそこまで厳しいものではない。

孝平が話し始めると少しぶすっとした表情こそするものの、コミュニケーションに支障が出るレベルではないように見える。



というかアイツ器用だな。

佐倉さんと話す時と孝平の話を聞く時とで表情がコロコロ変わるから見ててすげぇ忙しそうだ。




オレはそれらに相槌を打つだけでほとんど会話に入ることはない。

途中に孝平が気遣いの表情を向けてきたが、大丈夫と首を振るとそれからはオレを気にすることはなくなった。


うんうん。

オレのことはブルーシートを抑える石とでも思って会話に集中してくれ。




************




全員弁当を食べ終わり、三人の会話にも区切りがつく。

一応まだ昼休みが終わるまでには時間はあるが……どうするんだろう。


「時間は大丈夫?」

「うん、まだ大丈夫だけど」


佐倉さんはそう言いながら隣に視線を送る。

白石が嫌がればこの場を離れるということだろうか。


「……そうね、まだ時間は残っているわね」

「じゃあ用事がなければもう少し「いいかしら」……え?」


校庭の時計を見ていた白石がコチラに顔を戻す。




――その顔は先ほどまで見せていた表情とは程遠く、とても冷たさを感じるものだった。




、だな。


白石は抑揚のない声で話し始めた。


「今までの時間で貴方がどんな風に話をするのか見ることができたわ」

「え、うん」

「これまで話したところだと貴方は一般的に人を不快にさせないとされる話し方ができるようね。そっちの男はそうでもなさそうだけど」

「「えっ」」


突然矛先を変えた白石に二人が驚きの声を漏らす。

オレには首を傾げてとぼけることしか出来ない。



おい、今の流れで振ってくるのおかしいだろ。

完全に私怨漏れてんぞ。


オレは今回関係ないんだからさっさと話を進めてくれ。



「……ふん。貴方は積極的に話を広げたり、話が途切れそうになったらそれとなく話題を提供していた。聞いてた通り、話すことに関しては慣れを感じたわね。舞宵が話してて楽しいと言っていた理由が十分に察せられたわ」

「あ、ありがとう」


なんとなく褒めているような口調ではあるが、表情はさっきから変わっていない。

今日も圧がすごいですわ。


「――でも」


白石の目つきが鋭くなる。


「ものすごく人見知りする舞宵が突然貴方と友達になりたいと思ったこと、私はそれについてずっと疑問に感じている」

「……!」


白石の変わりように困惑の表情を浮かべていた孝平だが、その言葉を聞いて真剣な表情に変わった。


「ちょっと咲希ちゃん」

「ええ、舞宵の話はちゃんと覚えているわ。でも舞宵の話だけですべてが納得できるかと言えばそんなことはない。一方の話だけで決めつけるのは愚の骨頂よ」

「えぇー……それで?」

「舞宵に友達になりたいと思わせた人物がどんなのか知りたいということよ」


話の意図を汲み取った孝平が頷く。


「なるほど。それで白石さんは俺に色々聞きたいってこと?」

「その通りよ。貴方は私の問いに答えてくれればいい。余計なこと抜きで」

「……わかったよ」







「――でもこれだけは先に言わせて欲しい」




今度は孝平の纏う雰囲気が変わった。

白石と真正面から向き合う。


「俺は佐倉さんと本気で仲良くなりたいと思ってるし、だからこそ今も交流を続けている。それは偽りない、誰にだって否定はさせない俺の本心だ」

「!」


目を見開く白石。


「でもそれを信じて、とは言わないよ」


孝平は視線を落とし、首を横に振る。


「白石さんとしては見知らぬ男が佐倉さんに近づくだけで心配と思うから。だから俺は白石さんの心配を少しでも解消できるよう、答えられる範囲にはなってしまうけど――」



一拍置き、孝平の視線が再度白石と交わる。


そのまま、力強く言い切った。



「――君の質問に誠実に向き合うよ、絶対に」

「っ……」


白石はその孝平の真剣な眼差しに少したじろいだ様子だった。


どうよ白石、これが孝平だ。


「……貴方に私の気持ちがわかるとは思えないけどね」

「確かに白石さんがどう思ってるかはわからないよ。でも、親友を心配し親友のために何かしたいって気持ちはわかる。きっとそれと同じだと思うから」

「……」


……カッケェな、ほんと孝平は。

この状況で臆面なくそんなことを言えるなんて。


佐倉さんもそんな孝平に感激しているようで、キラキラとした目を向けている。




――――しかし、空気は変わらない。




確かに白石は完全に孝平に圧倒されていた。

それでも、白石から発せられるものはずっと冷たいまま。



白石の心には、響かない。



「……貴方の覚悟や信念なんてどうだっていい。無駄なことをしゃべらないで、貴方は私の質問に答えればそれでいいのよ」

「わかってるよ」

「遠慮なんてするつもりないから、覚悟することね」

「……」


孝平が喉を鳴らした。


さっきあんな啖呵を切っていたが緊張自体がなくなったわけではないようで。

それが高まったのが隣のオレにも伝わってくる。


頑張れ、孝平。




オレ達は皆一様に固い表情を浮かべて白石の言葉を待っている。


空気はさっき以上に息苦しい。

この雰囲気のまま質問とやらが行われ、孝平の精神がどんどんすり減らされていく。


――――そう思っていた。



ついに白石が口を開く。



「では――」





……





「――尋問を開始するわよ!」








「「「???」」」





一瞬で重苦しい雰囲気は霧散し、困惑に包まれた。




――――――――――――

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