第三十九話『尋問に必要なのは検察官と弁護人、あと裁判長』

「――尋問を開始するわよ!」


「「「???」」」




止まった思考をなんとか動かし、現状の把握に努める。



じ、尋問?

今尋問って言ったかこの女。


真剣に臨もうとしていた孝平もたまらずポカン顔だ。



探偵、警察に続き今度は検察か……いやいやそうじゃないな。


言い切ったアイツの顔、やけに様になってるというか生き生きしてるな……って白石の顔とかもどうでもいいんだよ!



今考えなきゃなのはなんでアイツがいきなりあんなことを言い出したのかって話だ。

あまりにも突飛すぎてお堅い雰囲気がどっか行っちまった。



……まさかこれがコイツなりの場を重くしすぎない工夫ってやつ?

いやいやそんなわけ……え、マジ?



「藤本孝平、貴方が舞宵とどういう経緯で出会ったかは聞いているわ」

「ふ、フルネーム……?」

「関係ないことはしゃべらない」

「は、はい」


困惑に困惑を重ねてくれるなよ……

少しは落ち着く時間をあげてくれ。


そんな思いは当然届かずに話は進む。


「そこで貴方は舞宵のハンカチの代わりを用意するためにそれの買い物に誘ったらしいわね。なぜ誘ったの?」

「えっと……せっかく手当してくれたのにハンカチ汚させたままなのは申し訳なかったから、かな。その場で代わりを用意することなんてできないし、あとで用意しようにも渡す場所も本人の好みもわからないから」

「そもそも代わりを用意するって発想になるものかしら。貴方はその時動けないほどの怪我をしてて余裕がなかったはずよ。そんな状況で手当てした相手のハンカチなんて気にかけられるもの?」


おい、人を指さすな。

てかなんだその大げさなしぐさ。


「あー……うーん?」


孝平は腕を組んで考え込む。


「流石に余裕があったかまでは覚えてないけど、佐倉さんのおかげで余裕が持てたんだ、と思う。誰かが気にかけてくれたってだけですごい安心できたし、勇気をもって話しかけてくれた佐倉さんの姿に力をもらえたから」


うんそうだと孝平は頷く。


「もし誰も助けてくれなかったらそれこそ余裕がなくてうずくまるしかできなかったんじゃないかな。それだと前提からおかしくなっちゃうけど」

「……なるほど。舞宵が声をかけて手当してくれたから自分以外に目を向ける余裕ができて、手当の際にハンカチが汚れたことに気づけたというわけね。でもそこで代わりという考えにいき「おい」……何か言ったかしら」

「真人?」


話が堂々巡りになりそうだったので口を出す。

孝平に向いていた冷たい顔がコチラを向いた。


完全に置いていかれてたが、そういえばオレ口を挟む許可をもらってたんだった。

マジで口を出す羽目になるとは思ってなかったが。


「えーと、それはもう聞く必要のないことなんじゃないか」

「なにかしら弁護人。尋問に口を挟むのであれば論理的な内容を求めるわ」


誰が弁護人だ誰が。

コイツさては内心はノリノリだな?



「あと、何か言いたい時は異議を申し立てるものよ。高らかにね」

「え」



た、高らかに? それをやれと?

そういうのって創作物だけで実際にはやらないって聞いたことあるんだけど……



冗談じゃ……なさそうですね、はい。


ええっと、息を吸って高らかに――


「あー……い、異議が! あ、り……くぅ……」

「!」

「「?」」


くそぅ、恥ずかしすぎる……

孝平と佐倉さんにすっげぇ不思議そうな目で見られてる。


てかおい白石、及第点ねと言わんばかりに頷いてんじゃねぇよ。


「いいでしょう、言ってみなさい」


なんで検察が発言許可してんだよ……もうなんでもいいよ……


「……なぜ代わりを用意したかについてはさっき孝平が答えたはずだ。それ以上掘り下げても孝平にとっては至極当然の判断だったということで具体的な答えを出すことができないし、話が進まなくなるだけ」


どうせ聞きたいこと多いんだろうし、さっさと次へ行くべきだ。

深堀したければそれはまた別の機会にすればいい。


「今の問答で重要なのは佐倉さんのおかげで孝平に余裕ができ、ハンカチを汚してしまったことに気づく。しかし直接渡す以外手当に報いることができなかったため買い物に誘い、直接弁償を行おうとした。それで十分のはずだ」


これが白石の言う論理的な内容になったのかはわからなかったが、アイツは納得したようで頷いた。


「……そうね。では次の問いに移るわ」

「う、うん……」




「では次は――」







その後も孝平が佐倉さんに対して行ったことの行動理由の説明を求め、孝平がそれに回答する流れが続いた。


話が進まなくなりそうな流れになった場合はオレが口を出し、進行を促す。

あまりにも細かく聞こうとして際は時間と相談するように注意を繰り返す。


普通の昼休みなら絶対足りてないな……体育祭ということで昼休憩が長くて良かった。



ちなみに佐倉さんは内容についていけていなかったのかほへーといった表情で二人を眺めていたが、孝平の回答には喜色を浮かべていた。



良かったな孝平、多分好感度アップだぞ。







「――なるほどね」



話はプレゼント買い物回まで進み、どのように相談にのっていたかを孝平から聞き出した。


最近のイベントまで辿り終わり、尋問とやらに一旦の区切りがつく。



白石は現在、孝平の回答を咀嚼するべく腕組をして思考に耽っている。



……なんかめっちゃ指トントンしてるな。

あんな考え方するんだ、変なの。



というかコイツ深く聞こうとしすぎなんだよ。

途中孝平の佐倉さんへの想いに触れそうになってたからな。


オレもつい焦って「検察官!」とか叫んでしまうし。

マジになりすぎないように気を使った結果余計に変な感じになっちまった。


また白石の変なノリに乗せられてしまった……

絶対二人からコイツなんかふざけてるとか思われたよ……恥ずいなぁ。



◇◇◇◇



「話はわかったわ」


そういって閉じていた目をひらく。


判決の時ということだろうか。

アイツ裁判長じゃないけど。


「藤本孝平、今までの話を聞いて貴方が人間としておかしくはない思考の下で舞宵と接していることが分かったわ。貴方が語ったことがすべて本当かはわからないけど、この唐突な展開の中で平然と嘘がつける人間ならその矛先が舞宵に行くとは思えないしね」

「え、そうかな?」

「ここで取り繕える人間なら私と対面したときにもう少し余裕のある振る舞いをするはずよ。それだけ話せる割に異性には慣れてないのね」

「えっ」


ぶっは!

コイツ、デリケートなところに簡単に踏み込みやがった!


案の定孝平は即答できず、顔を俯かせる。


「いや、その…………ゴニョゴニョ」

「なにかしら。答えられる範囲から外れているとは思えないけれど」

「ええと……」

「はっきり言ってほしいのだけど」

「ま、まひと~」


その情けない姿に思わず額を抑える。


さっきまでかっこよく向き合ってた孝平はどこ行ったんだか……


「ハァ……いいか?」

「代弁できるのかしら」


まだそのよくわからんノリ続くの?


「あー別に孝平は異性慣れしていないわけではないんだ。おっしゃる通りこれだけ話せる孝平はみんなの人気者でいろんな人と喋っているからな。当然異性ともたくさん」

「じゃあなぜ」



一瞬思考を巡らし、誤解を与えなさそうな表現を選ぶ。



「……ようは二人とも、これまで喋ってきた異性とはレベルが違うんだ、綺麗さとかが頭抜けてて。今までに経験のない人と話すのは緊張する。不思議なことじゃないだろ?」


孝平が頭を抱えたが無視だ。



まあ頭抜けて綺麗ってのが当てはまるのは目の前の女だけであって、言い方は悪いが佐倉さんは容姿だけならそのレベルではないんだが。


ただ佐倉さんはまた別で……なんて言えないよな。



「――えっ」


佐倉さんが恥ずかしがっているようなそぶりをしているがそれも気にしないでおく。


「ふぅん……反応的に正しそうね。ただそうでない人もいるみたいだけど?」

「そういう目で見てないんだろ」

「むっ……まあいいわ。その答えで納得してあげましょう」


白石は現在進行形で恥ずかしがっている孝平に向き直る。


「貴方は真摯に舞宵に関わっている、私にはそう感じられた。故に貴方が舞宵と友達の関係であることを頭ごなしに否定するべきではないと判断したわ」

「ほ、本当!?」

「咲希ちゃん!」

「あくまでも現状はそうだと判断しただけよ。でも――」



白石がドンと地面を叩く。



「――もし、今後舞宵から不満の声を聞くことがあればすぐに問い詰めに行くわ。わかった?」

「は、はい! わかりました!」

「よろしい」


聞くべきことは終えたとばかりに白石は体勢を崩す。


ふぅ、これでようやく終わりか。

内心で息を吐いていると、白石ははい、と佐倉さんに手をやった。


「舞宵、締めて」

「んぇ? 何?」

「ほら」

「え、えぇ?」


そう催促するが佐倉さんには一切伝わらず、しきりに疑問符を浮かべている。


……コイツ、実はずっとふざけてたとかないよな?


「あー佐倉さん。悪いが『これにて閉廷』って言ってくれないか」

「??? こ、これにてへーてー」


佐倉さんの宣言に満足そうに頷く一名。

そんな女に冷ややかな視線を送る。



……まあお遊びの余裕があったのなら何よりだ。

冷静だったかは甚だ疑問だが、事前に決めた範疇内としておこう。



◇◇◇◇



「なんだったんだろう……?」

「あ、佐倉さんや。さっき言ったやつはあくまで代弁だからね」

「え、えっと?」


困惑してるところ申し訳ないがこれは明言しておかないとな。


「二人のレベルが違うってやつ。アレ孝平が思ってることだから」

「!?!?」

「ま、真人!?」


さっきの言葉を思い出した佐倉さんが盛大に取り乱す。

孝平はなんとか釈明しようとするが、さっきのは本当なんだけどそうじゃなくて、と全然否定できていない。



二人の意識が完全にこちらから離れたので、先ほどまで裁判まがいをやっていた女に話しかける。


「どうだ? 実際に話してみて。孝平はすごいヤツだろ?」

「……まあ、一般的に好まれるタイプではあるわね」

「だよな。で、孝平のことは認められたかよ」

「…………少しだけなら」

「へぇ、大きな前進だな」


流石孝平。

あれだけ最初は敵意を向けていたと言うのに一回話しただけでこれだ。


コイツをからめとるのもそう遠くないかもな。


「ちなみに契約は?」

「続行。理由は前と変わらず」

「……さいで」


こりゃあ孝平と佐倉さんがくっつくまで続きそうだな……まあいいけど。

オレもオレで二人の行く末を見届けたいからな。




そこからは何も話さず、あわあわし続けている孝平たちを二人で見守った。




――――――――――――

おまけ


今回の裏側


「なんか面白そうなドラマあるかな……なにこれ?」


あらすじに目を通す。


「ふーん。毎度有罪一歩手前の人を弁護することになる弁護士が、ギリギリのところでひっくり返して無罪を勝ち取る、か。ライバル検察官との掛け合いにも注目……へぇ、面白そう」



一話から視聴する。



「現実ではありえないんだろうけど、こんな感じのどこかコミカルな裁判って面白いわね。この検察官もクールと見せかけて要所要所に天然が出てるから雰囲気がそこまで重くなってない――そうだ!」



――――尋問を開始するわ!

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