第四十四話『放課後の高校生らしくなってきた』
しばらくの間、ピンと張り詰めた空気が流れ続ける。
先に視線をそらしたのは白石の方だった。
強張っていた空間が元に戻る。
「……とてもあんたは気を遣っているように見えないけど」
「まあ気を遣わないといけないシーンで喋ってないからな。ずっと神経尖らせてたのは孝平の方だ、な?」
そもそも佐倉さん相手には意識せざるを得ないだろうし、わかってはいたが孝平にはキツイ環境だったな。
「い、いや別にそんなことは」
「ほら今も」
「ふぅん……」
「違うってば……」
白石に余裕が生まれたのを感じた。
コイツなんだかんだこういう場面で矛を収めてくれるんだよな。
普通に逆ギレしたって誰も不思議がらなかったと思うんだが。
「こう考えると本当に全然知らないままで来たよな。もうちょっと事前情報入れててもよかったのに」
「まあ佐倉さんがああ言ってたのをその時聞いただけだったし」
「ってことはなんだ、佐倉さんがもうちょっと詳しく言ってくれてたらよかったのか」
「は?」
「ひゅい!?」
まあ無理な話だろうが。
なんなら佐倉さんだってどの程度なのか知りたいぐらいだろう。
「ちょっと真人! それを言うなら俺がもっと聞いとけばよかったわけで!」
「うぇ、えーと、ご、ごめんなさい……」
「佐倉さんも謝らなくていいから!」
「そうよ舞宵、こんな奴に謝ることなんかないわ。あんたがその発想に至らないのがダメなんでしょ」
「そ、そうかな……?」
「えっ、オレのせい? ……そうか、オレがダメだったか」
「いやなんで納得しかけてるんだよ! 誰も悪くないから! そうだよね? ね、白石さん?」
その同意を求めた言葉を最初はスルーしていた白石だったが、さっきまでの距離感ガン無視で孝平が詰め寄った結果不満そうにだがうなずいた。
その反応に対して孝平も「はい、これでこの話は解決」と言わんばかりに満足そうにうなずく。
そこまでいってようやく佐倉さんも表情をほころばせた。
◇◇◇◇
「ええと、結局のところ白石さんにとってはこのぐらいの距離での会話なら問題ないってことでいいのかな」
「うーん、そもそも普段から咲希ちゃんが男の人と話してるところ全然見ないからなぁ。どこからが無理なのかは私はわからないかも」
「全然って……くだらないことで話しかけてくる男と関わらないだけで授業とかでは普通に話してるんだけど」
「そうだっけ?」
「……まあ舞宵にグループ活動中に周り見る余裕なんてないもんね」
「う、うるさいやい!」
確かにあのキョドり様を見てると隣の人と読みあって、みたいな授業の活動とかまともにできてなさそうだよな。
毎回白石が間に入るわけにもいかんだろうし、隣の人とか同じ班の人とかめっちゃ困ってそう。
「あれ、授業とかなら大丈夫って聞いてたんだけど」
「舞宵……嘘はいけないわ」
「う、嘘じゃないもん! 教科書指さしたりとかして交流してるもんね!」
なんで声という一番意思疎通を図りやすいツールを縛ってんだこの人は。
「そ、それは交流とは言えないような……」
「そうよね、舞宵にしてはとても頑張ってると思うわ。大丈夫って言ってたのも相対的には間違っていないのかもね」
「な、なるほど……」
「二人してその目やめてくれないかな!?」
おお、なんだかんだ会話できてる。
機嫌もあって一対一はキツそうだが、その辺りを察して積極的に佐倉さん巻き込んで話してるって感じだ。
二人とも佐倉さんにほっこりしていていい感じだな。
佐倉さんは若干可哀想な立場に置かれてしまっているが、二人の仲が少しでも良くなるためだ。
今日はずっとそんな感じでいてもらおう。
完全な傍観を決め込んでるところで店員さんがやってくる。
注文したポテトが運ばれてきた。
すぐさまポテトに箸を伸ばす。
――うん、美味い。
6月とは言えずっと外にいたし、会場の盛り上がりにあてられたのもあって結構汗かいたんだよな。
塩分補給だ。
「やーお腹ペコペコだよ~。スパゲティとか食べてもよかったんだけどねぇ」
「舞宵ならそのまま晩御飯だって食べきれるでしょうしね」
「流石佐倉さん……我慢しないとってのは辛いね」
「まあ今日はたくさん運動したからね~。いつもはもうちょっと大丈夫!」
「折角カロリー消費したのに」
「食べても変わんないからいーの!」
ほんと、普段から運動してるわけでもないのにそれってすごいよなぁ。
フードファイターの才能に溢れすぎているわ。
ポテトを味わっていると、佐倉さんが口を開く。
「藤本君と……えっと、その、親友なんだよね? いつからなの?」
途中でオレの方をチラリと見た佐倉さんだったが、すぐに孝平の方に視線を戻した。
「あー話したことなかったっけか。中2でクラス一緒になって話すようになって、そこから仲良くなってそうなったって感じかな。だよね?」
「ああ、そんな感じ」
「私と舞宵には遠く及ばないわね」
「ははは、幼馴染兼親友だもんね。二人の間に入れる人なんて誰もいなさそう」
「よくわかってるじゃない。友達になったからって調子に乗らないことよ、藤本孝平」
「あ、ハイ、頑張ります……」
「頑張らなくてい「咲希ちゃーん?」……」
いい笑顔でカットインしてきた佐倉さんから目をそらす白石。
これは弱い。
「私はもっと藤本君と仲良くしたいと思ってるから、頑張ってもらわないと困るの!」
「え」
「……佐倉さんは頑張らないのかよ」
「えひゃい! す、すみません!」
やべ、思わず出たつぶやきを拾われた。
てかオレが一声かけるだけでその固まり様はなんというか……とても対話ができるとは思えんな。
最初の孝平、よくこんなの相手に会話を続けようと思ったな、すげぇわ。
おい白石、ため息ついてないでフォローしてくれ。
「あんた、舞宵を怖がらせないでくれない?」
「そ、そうだよ真人」
これもオレのせいか?
……オレのせいか。
「あー……ジュースなくなったから取ってくるわ」
こういう時は逃げるに限る。
他の空いたコップをひっつかんで席を立った。
◇◇◇◇
ジュースを注いで席に戻る頃には孝平が空気を戻してくれたようで再び会話に花を咲かせていた。
白石も一応会話に参加しているようだ。
席に座りコップを渡すとまた佐倉さんが委縮しそうになったので手だけ振って視線を外す。
とりあえず佐倉さんには話しかけないようにしよう。
「あ、今真人が中学の時からすごかったって話してたんだよ」
「は?」
なんでオレの話してんだコイツ。
中学時代のオマエの話しとけよ。
「オレの話なんてしても意味ねぇだろ」
「いや、白石さんが聞いてきたから」
「……なぜ?」
白石が聞いてくんのはもっと意味がわからん。
「たち……あ、あんたが陸上部でもないくせにリレーに選ばれるほどの足って聞いたからどんなことしてたのか秘密を暴いてやろうと思ったのよ」
「秘密って……なんもねぇよ。バスケで足の筋肉や体力が鍛えられる環境にはいたが特にそれ用の練習とかはしてない。足は昔から速い方だった」
「ふぅん、努力はしてないけどってアピールかしら?」
「んなわけねぇだろ……」
何でまたコイツの機嫌悪くなってんだよ……オレ何も話さない方がいいのかこれ。
「オレの話はもういいだろ。孝平は中学時代からクラスの人気者だったぞ。運動部でもないのにな」
「おおー流石藤本君」
「に、人気者なんかじゃないよ。というか運動部って関係ある?」
「ないことはないだろ。クラスをまとめられる文化部なんて孝平以外見たことないわ」
「そ、そうかなぁ? 佐倉さんのところはどうだった?」
「え、あーどうだったかな……? 確かに運動部の人が委員長とかやってた気がする」
「今のクラスもそういうのやってるのは運動部の子よ」
「へぇ~……あっ! し、知ってたもんね!」
佐倉さんがそっぽを向く姿を見て孝平と白石が二人して笑みを浮かべる。
よし、向こうに会話の流れがいったな。
そうやって昔の話とかして是非とも孝平について詳しくなってくれ。
************
また新しい話題に切り替わる。
「藤本君は、ええと……」
そこで佐倉さんがまた視線を送ってくる。
さっきもこんな感じのあったな。
「舞宵、見るだけじゃ何も伝わらないわよ」
「そ、それはわかってるけど」
「あ、もしかして舞宵、この男の名前忘れた? さっきから全然名前呼ばないけど」
「……やっぱそうか」
その可能性は浮かんでいた。
まあ一回自己紹介しただけで覚えられないのも仕方ないよな。
孝平はオレを下の名前で呼ぶから苗字出てこないし。
「うぇ!? あ、そ、その……!」
「……孝平、どうやらオレは両方に名前を覚えてもらっていないみたいだ」
「え、流石にそんなことは」
「は? 舞宵はともかく「咲希ちゃん!?」私を鳥頭扱いするなんていい度胸ね。た、橘真人。ほらちゃんと覚えているでしょう?」
「おー」
「んー!」
佐倉さんや、その手をブンブン振り回す身振りで何の感情を表現してるんだ。
言葉にしてくれないとわからん。
「そうそう! よかったね、真人」
「当然じゃない。この前にだってかくにっ……!」
――オイ。
「ん? この前に?」
「ええと……そう! この前テレビで角煮作ってた人が同じ苗字だったからそれもあってすぐ覚えられたのよ!」
「……」
何とか呆れの声が漏れるのを抑える。
いや、なんだそのめっちゃ乱暴な理由。
そんなんじゃ違和感持たれて――
「それはすごい偶然だ! 橘って結構いる苗字なのかな?」
「角煮かぁ。そういう和食を売りにしてるお店も結構あるんだよね」
「へぇ! 角煮美味しいよね! とろとろとした角煮食べたくなってきたなー」
――ないんかい。
なんで誤魔化せる?
明らかにおかしい流れだっただろ今の。
二人は何も不思議がることなく、そのまま角煮談議に移っている。
佐倉さんが薦める角煮とやらにはものすごく興味があるが、今はそれどころじゃない。
思いっきり白石に抗議の視線を送る。
……アイツ全然コッチ見ねぇじゃん。
絶対わかってて見ないようにしてるだろ。
その後も白石はコチラに向くことはなく、オレの視線から逃げるように角煮談議を続けている二人の会話に交じっていった。
――――――――――――
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