第四十三話『お誘いは叶ったものの』
校門前にて二人と合流し、駅へと向かう。
孝平が移動しながらこの後のことを共有しているのを聞き流しつつ、二人の制服姿を眺める。
佐倉さんの制服姿を見るのはこれが二度目だが、私服を知った後だと制服姿は至って普通と感じてしまうな。
それだけ私服姿がオシャレにキマってたってことなんだが、そのあたりは何か線引きしてたりするんだろうか。
佐倉さん自身が可愛らしいのは変わらないが、流石に周囲に埋没してしまってるように見える。
まあそれが普通で、決しておかしいことではない――はずなんだけどなぁ……
若干呆れ気味に視線を移動させる。
なんというか……なぜか輝いてるんだよな、こっちは。
制服を普通に着て、髪もただ結っているだけ。
佐倉さん同様周囲に埋没するような格好のはずなのに、埋まるどころか空でも飛んでんのかと思うぐらいには目立っている。
まあ服装に関係なく纏っている雰囲気からして違うからなぁこの人。
おかげでさっきからめちゃくちゃ周囲の生徒の目を引いてるし。
飛び抜けたルックス持ちに服装なんて些細な問題でしかないってことなのか?
そんなわけないと思うんだが。
一回常人には理解できないような海外の服とか着てどうなるのか見てみたいもんだな。
――っと、見すぎたかな。
見てることに気づかれたら絶対に怒られるからな。
余計なことはしないしない。
◇◇◇◇
共有を終えてすぐに雑談に移行した孝平と佐倉さんの会話になんとなくの相槌を打ちつつ、駅から電車へと移動する。
昼食の時と同様、特に話を振られたり何か言うべきシーンでなければオレは孝平たちの会話に口をはさむつもりはない。
白石の態度次第では間に入る必要性も出てくるのだが、その本人もオレと同様に会話に混ざることなく黙り続けている。
表情を見る限り体育祭で疲れたからとかではなさそうだが。
さっきの機嫌も考えると良い意味の沈黙には思えないな。
オレと白石がほとんど話さなかった結果、ファミレスに移動するまでの道中は孝平と佐倉さんが話すばかりだった。
ってか今更だが、佐倉さんのコミュニケーション難って口下手で喋れないとかではなく、スムーズに話せるまでが遠いってだけで本来はめっちゃ喋る人なんだな。
孝平が会話を引っ張ってるとはいえずっと喋りっぱなしなのはすごいわ。
そのせいかオレと話してる時よりずっと楽しそうに見えるし。
こうして目の前で見て改めてそう感じたわ。
オレももっと口数を増やさないとダメなんかね……
何故か自分のコミュニケーション能力を問われているように感じられる道中だった。
======
少しの移動時間を経てファミレスに到着した。
時刻は17時ぐらい。普通の放課後と言って差し支えないな。
休日ではあるが晩御飯には早いため席は問題なく空いている。
やはり佐倉さん達もこのファミレスに来たことがあるらしく、場所の共有は簡単だった。
店員さんに四人であることを伝え、テーブル的に案内してもらう。
流石に席は男女で分かれ、オレと白石がそれぞれの通路側に座っている。
ファミレスに来たものの、孝平も含め晩御飯の時間がそれなりに近いためここでがっつくつもりはない。
孝平も軽食って言ってたしな。
ポテトなどをつまみつつ駄弁ろうということでポテトとドリンクバーを注文することにした。
「よし、飲み物取りに行くか。二人で十分だろ」
「そうだね。佐倉さんと白石さんは何飲みたい?」
「……自分でとりに行くからいいわよ。そんなのでポイントを稼ごうとしなくていいわ」
「え? えーと……別にそういうのでは」
唐突に辛らつな発言だな。
そんなんだと雰囲気が悪くなるだけだろうに。
「ポイントとかじゃなく効率の話だろ」
今更口調は戻さない。
昼のやり取りで怪しまれはしてもバレはしなかったし、そこまで取り繕う必要もないだろ。
そのまま続ける。
「四人分の飲み物を取りに行くなら二人で四つの手を使えば十分足りる。荷物を見るために一人は残っておく必要があるし、だからと言って三人で行くと残った一人が可哀想だろ。んで、二人は体育祭で疲れてるんだからオレ達がまとめて取りに行くのが一番いいって話だ。わざわざそれぞれで取りにいく必要は感じられない。そうだよな孝平?」
「う、うん。そうだね」
「というわけだ」
その上でまだ何かあるかと、沈黙で問う。
「……ふん、わかったわよ」
白石はそれ以上は言わなかった。
「あ、ありがとうね。私はカルピスで」
「イチゴミル「そいつは期間限定だ」な、なんですって……!」
どうせそんなのを頼むだろうなと思っていたのですかさず切り返す。
それ5月ぐらいまでしかメニューにないんだよな。
ペットボトル飲料とかでいつでもあるんだから通年で入れておけばいいのに。
「……」
ガーンとショックを受ける白石。
他に飲みたいものが思いつかないのか、項垂れながら小さくウーロン茶でとつぶやくのだった。
いやマジでなんでないんだイチゴミルクよ。
折角アイツの機嫌ちょっとはよくできそうだったのに。
白石のこと任せたぞ、佐倉さん。
孝平とドリンクバーに向かう。
「な、なんかすごいショック受けてたね、白石さん」
「ん? ああ。イチゴミルク好きみたいだな」
「白石さんってあんな表情もするんだね」
アイツ孝平に対してはずっとしかめっ面だもんな。
いやまあオレにも向けられてはいるんだが、ずっとそれってのは辛い。
イチゴと佐倉さん関連では簡単に表情崩すんだけどな。
オレはもう見慣れてしまったよ。
「男が絡まなければ普通の女子高生ってことなんだろうよ」
「そうみたいだね。ちょっとイメージ変わったかな」
ドリンクコーナーでコップを取り、コップに氷を入れる。
「孝平は二人のを頼むわ。孝平はいつも通りメロンソーダだろ?」
「もちろん。じゃあ俺のはお願いね」
「はいよー」
オレはオレンジジュースっと。
孝平に続いてジュースを運び、席に戻る。
「さて、じゃあ二人の組の優勝祝いとお疲れ様ということで、かんぱーい!」
「かんぱい」
「かんぱーい!」
「はい、舞宵かんぱーい」
チンッと佐倉さんと孝平のコップに自分のコップをぶつける。
白石は佐倉さんの方にしか向けてなかったから端から無視だ。
乾杯といえば、そう言ったときはその飲み物を飲み干すのが単語の意味としては正しいんだよな。
孝平相手ではたまにやってたりする。
この場ではやらないけどな。
「盛り上がってたね体育祭」
「ほんとね。藤本君たちの方も盛り上がったんでしょ?」
「もちろん。でも今日のも負けてなかったよ。こんな盛り上がってる場を二回も体感することができて嬉しいよ。これも佐倉さんが来てもいいって言ってくれたおかげだね」
「そ、そんな。聞いてくれたのは藤本君だし」
「でも断られたら来れなかったからね。白石さんも来るのを許可してくれてありがとう」
話を振られた白石が孝平の方を向くが、昼以上に表情が冷たい。
完全に敵対モードである。
佐倉さんも何も言わない辺りお手上げ状態のようだ。
ったく、誰だよ余計なことやらかしたヤツ。
「なに? 体育祭程度で断ってくると思っていたわけ?」
「ん、まあ「そんな心の狭い人間だと思われていたってわけ?」そ、そうじゃなくて」
「人のこと勝手に判断しないでくれる?」
「え、あ、ごめん……」
「ふん、知り合いですらない男にそんなこと思われてるなんて不愉快極まりないわ」
「う……」
「さ、咲希ちゃん」
「舞宵は何も言わないで。少しは人のことを気遣える男に見えていたけど、結局は――」
何かまだ続きを抜かそうとしていた白石だったが、オレが手に取って眺めていたメニューを閉じたことでその口が止まる。
一瞬、周囲が静かになった。
「おー結構音が出た」
少ししてファミレス内に喧騒が戻る。
メニューの素材中々しっかりしているもんだなと表紙を見ていると、白石の敵意がこちらに向いたのを感じた。
「なにかしら」
「ん?」
「何か言いたいことがあるのでしょう。はっきり言ったら?」
ふーむ、さっきのやりとりがここまで激昂するようなトリガーになるもんかね?
マジで閉会式後何があったんだか。
まあさぞ今のアイツの内心は荒れまくってるのだろうが、それを孝平にぶつけられるのは困るんだよな。
オレで鬱憤を晴らすのは構わんから何とか落ち着いてくれないものかね。
メニューに視線を落としたまま口を開く。
「今日見てて意外に思ったんだよな。アンタ案外孝平と話すんだなって」
「は?」
「オレ達結構異性が苦手ってどんなもんなんだろうなって話してたんだよ。な、孝平」
「え? ま、まあそうね」
「ちょっと苦手としているとかでも話すのは問題ないとかは聞いていたが、やっぱ会ったこともない人だから問題ないと言われても本当かって思いもあったし」
「……で?」
「ようは事前に伝えられていた情報の向きが正反対だったってことだ。孝平と仲良くしている佐倉さんがアンタにマイナスな印象を与えるようなこと言うわけないだろ? 異性を苦手としているアンタに会うことになった時点で孝平のポジティブな話は伝わっていたはずだ」
白石に顔を向ける。
「……!」
「対してこっちはどうだろう。男を苦手としているらしいというネガティブなものだけ。事前の印象がお互い違いすぎるとは思わないか?」
そんな状態で会うってことなら、とりあえず荒波立たせないようにしようとするのは当然だ。
なのに相手がむしろ波を荒立ててくるという。
孝平からすれば理不尽極まりないだろう。
白石が眉をひそめた。
「結局コチラは必要以上にアンタを怖がってしまうことになったわけだ。何が苦手意識を増大させるかわからず、結果として過剰な気づかいをしてしまっていた。それがアンタにどう映ったのかは知らないけどな」
「……」
そこで口を閉じ、白石の目を見据える。
相手もコチラに目を向けるだけ。
互いに何も言わないまま時間が流れる。
昼間とはまた異なる状況。
孝平と佐倉さんは固唾を飲んで見守っている。
ファミレス内は程よく人の話し声が響いており、このテーブルだけ空間が切り離されているようだった。
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