第三十四話『懸念は募る』

「あ、咲希ちゃん。前言ってたのだけど、二人とも来るってさ」


唐突に切り出された話題だったけど、内容は覚えがあった。

望んでいたけど望んでいない、そんな板挟みな感情に若干肩を落とす。


「あー……藤本孝平とその親友が体育祭見に来るってやつよね?」

「そうそう。当日はお願いね?」

「えー、ハイ……」


やっぱり来ることになっちゃったかー。

チャンスと意気込んでたものの、いざ直面すると気が重いわね。


……しかもあいつも来るし。

何で来るのよ、断りなさいよね。


「咲希ちゃん、今日帰ったらどうする?」

「きょ、今日は真っすぐ家に帰ってゆっくりしようかしら。最近結構走りこんでるし」

「あー確かに、お休みも必要だもんね」

「そうそう」


今日は遊べないか、と残念がる舞宵に内心で謝罪する。


でも舞宵の横であいつに連絡するわけにもいかないし、仕方がないのよ……

もし怒るのならそれは藤本孝平とあいつに向けてほしい。




+====→




昼休み。

本日は孝平と弁当を並べている。


「なあ孝平。向こうの体育祭には行くことになったんだったよな?」

「うん、そうだよ」


体育祭後に無事了承を得られたようで、向こうの体育祭に行くという話が本格的に進んだ。


孝平と佐倉さんが会う機会が出来たのってのはとても良いことだ。

最初は若干渋っていた佐倉さんを押し切ったって話だし。

そういうとこで負けずに積極的に押して予定を取り付けた孝平には拍手だな。


ただなぁ……


「んで、オレも一緒に行くと」

「当り前じゃん。佐倉さん達が体育祭参加してる間は普通に体育祭を観戦するんだから。一緒に応援しようね!」

「お、おう」


やっぱそこは変わらずだよな。

まあ予定入ったとか言えば無理やり回避することもできるかもだが……

そういう嘘は見破られそうだし、オレとしてもやりたくない行為だ。


すごい楽しみにしてる様子の孝平に水を差したくないしな。


「ちなみに行くってなってから佐倉さんなんか言ってたか?」

「うーんと、実は佐倉さんの親友さんがちょっと男が苦手だから変な態度とっちゃうかも、とは言ってたんだよね」

「へ、へぇ……」


ちょっと……?

絶対そんな可愛いものでは無いけど。


まあ、問答無用で男に噛みついてくるけど気にしないで、なんて言えないよな。

しかもなんなら孝平に対しては格別の警戒心を向けてるなんて、もっと言えるわけがない。


不安が増していく。


「男が苦手ってのは気になるな。それオレら二人で会いに行っていいものなのか? 向こうの親友さんに負担かけるのであれば、少なくともオレは行かない方がいい気がするんだが」

「ああ、それは俺も思ったから聞いてみたけど、話すぐらいなら問題ないみたい。近づかれるのも嫌っていうよりかは仲良くしたくはないぐらいなのかな? とりあえず向こうの親友さんもこっちが二人なことは知ってて、そのうえで大丈夫ってことみたいだよ」

「ふーん……まあ向こうがいいならいいんだけどさ」


おい、そこ強めに言ってくれればもしかしたらこの遭遇回避できたんじゃねぇのか。

アンタ佐倉さんと孝平なるべく会わせたくないんだろ?


……いやでも孝平と合法的に話せる機会を逃したくはないか。

一度話してしまえば今後色々楽になるだろうし。


「しかしなぁ……」


口の中で声を転がす。




本当にここで孝平とアイツを会わせていいものなのか?


向こうからすれば少し会うだけでメリットが多いんだろうが、オレからするといつ爆発するかわからない危険物と孝平を対話させてしまうことのデメリットの方が多いように見える。



――もし孝平と話して、アイツが我慢ならない状態になってしまった場合はどうなる?

佐倉さんはどちらの肩を持つ?



いくら孝平が佐倉さんにとって貴重な友達だったとしても、孝平ではなく親友を優先しそうだよな。

佐倉さんはアイツの事情を知ってるわけだし。


であれば、孝平がアイツの地雷を踏んでしまった場合、佐倉さんの孝平への心象が下がってしまいかねないってことだ。



「やってらんねぇなぁ……」


向こうの二人は最近仲直りできたってのに、今度は佐倉さんと孝平の間が微妙になるなんてバカみたいな話。


孝平の話術であれば爆発させないで乗り切るかもだが、何がきっかけになるか結局アイツ次第だからな……

バレる覚悟でアドバイスしようにもオレもどうするのが正解かわからない。


ってかむしろオレが何回も爆発させてきてるわけだし、信頼性がないにも程があるな、笑えねぇ。



携帯を確認するが、特にメッセージはきていない。


向こうは今回の件、何も問題ないと思っているのだろうか?

正直オレとしては色々事前に確認しておきたいところなのだが。


……仕方ない、放課後にでも連絡するか。


早速怒らせることになりそうだなぁ。




「真人?」

「……ん?」


思考はまとまったものの、少し時間が経っていたようだ。

孝平が不思議そうな顔を浮かべている。


「考えこんじゃってどうしたの?」

「ああすまん。その親友さんの事情聞いて何が最善かと思ってな」

「あー。俺も心配だけど、本人がいいと言っている以上は信じるしかないんじゃないかな。実はそんなに重いものではないのかもだし」

「……ま、そうだな」


孝平は特に何も心配していない様子。

対人の経験による余裕ってことなのか、頼りになるねぇ。


「しかし、ついにオレも佐倉さんとご対面か、なんか変な感じだ」

「俺が色々話してるし、一方的に見てるもんね」

「そうなんだよな。結構知ってるのに知り合いですらないという」


実際、孝平の話だけで十分すぎるほど佐倉さん情報を知れている。

尾行なんてしてなくても佐倉さんにちょっと詳しくなることは出来てただろうな。


「会って話すとき変なこと言わないでね? もちろん仲良くなっては欲しいんだけど」

「もちろんだ。あらあらあなたが孝平の言ってた子? 可愛いわね~、みたいな感じで行けばいいか」

「なにその母さんみたいなノリ!? なんかこじれそうだからやめてね!?」


当然やるつもりなんてない。

初対面の人にそんなことされても面白いわけがないからな。

もしそれでノってこれるならさぞ人気者だろうよ。


そんな感じでふざけていると、突然孝平が何かもじもじし始めた。


「ね、ねぇ、これで真人がライバルになるみたいな少女漫画展開はないよね?」

「……は?」


ライバル? 少女漫画展開?

いきなり何の話だ。


「佐倉さんと話したことがきっかけで、真人も佐倉さんのことを好きになっちゃったりとか……」

「え、いや、ないわ」


冗談の可能性を考えることもせず、真顔で切り捨てる。


……目の前の親友は何を言ってるんだ?

もう春は過ぎたはずなんだが。


自分の好きな人に絡む異性がすべてその人を好きになるとでも思ってるのだろうか。


「え、そこで断言されるのはなんか複雑というか」

「めんどくさ」

「ひどくない?」

「コッチのセリフだわ。こんだけ話を聞いてきてんのにいきなり間に割って入るとかどんな最低野郎だよ。流石にそれは心外なんだが?」

「あ、いやそういうつもりじゃなくて!」


本気で慌てている孝平を見て一旦クールダウンする。

普通にイラっとしてしまった。


「いやまあ何を言いたいかはわかるが……ねぇよ。佐倉さんをそんだけ魅力的に思えるのは今まで交流してきた孝平だからであって、オレはもうそのきっかけは失ってる」

「そ、そうだよね。ごめん、変なこと聞いて」


しょんぼりしている孝平の肩をポンポンと叩いておく。


うーむ、恋煩いしている人にとってはたとえ親友であろうが想い人に近づく人間は警戒対象になってしまうのか。

こりゃあ仮にある程度話せるぐらいの関係性になったとしても、孝平にはある程度オープンにしておかないといらん誤解を受けそうだな。

基本的には必要最低限としておこう。



とりあえず怒ってないから落ち込まないでくれ、孝平。



◇◇◇◇



「オレと佐倉さんのことはいいとして、問題は親友さんとやらと孝平だろ」


会話が成り立つかどうかわからないってのも当然怖いが、まず恐れていることが一つ。


「佐倉さんを差し置いて親友さんに気を引かれたりするなよ?」

「そんなことするわけないじゃん! 俺は佐倉さん一筋だからね」


何言ってんだかといわんばかりに余裕そうにしている。


「まあ……頑張れよ」


孝平には届かない声量でそう呟いた。



あり得るわけがないと自信満々にしてるところ悪いが、オレとしては正直怪しいと思ってるぞ。

アイツはガワだけなら並び立つ者を探すのが難しいほどの美人なわけで。

視界に入ってしまえば目が引き寄せられるのは周りの反応から証明されている。


アイツと対面したとき、孝平の精神力が勝つかアイツの見た目が勝つか……見ものではあるな。


まあもし見とれてしまったらアイツから罵詈雑言が飛んでくるんだろうな、こわいこわい。

オレは何もできないだろうし、その時は佐倉さんが何かフォローしてくれるのを期待するしかない。



放課後、どうアイツと話し合うかだな……




************




迎えた放課後。

孝平と分かれたところでメッセージアプリを起動する。


「うーん……」


結局ここまでに良い切り出し方は思いついておらず、メッセージルームを開いた状態で指が止まる。


でも、何か言わないと始まるものも始まらない。

ストレートに言うしかないか、と入力し始め――


「――えっ」


なぜか最後のメッセージが上にずれた。

まだオレは送信していない。



『体育祭のこと聞いたかしら。相談したいことがあるんだけど』



最新を見ると、アイツからそう送られてきていた。

なんだよ、やっぱ向こうも思うところはあったんだな。



『やけに既読が早いわね。もしかして目的は同じ?』



矢継ぎ早にメッセージが届く。

都合がよくて助かるなと思いつつ返信内容を入力した。



『ああ、こっちも体育祭のことで連絡しようとしていた』

『なら話は早いわ。今夜いい?』

『別にいいけど、今じゃダメなのか?』

『まだ下校中よ。そのやり取りを舞宵に見られるわけにはいかないわ』

『別に送れそうなタイミングに返してくれればいいんだがな』

『雑談ならともかくこういう話し合いを途切れ途切れでやるのは好きじゃないわ』



あんたと雑談なんてしないけど、と続いたメッセージは無視。


確かに重要な話し合いをリアルタイムで進めたいってのはわかる。

下手に間が空いてお互いの考えが変わるもの良くないしな。



『じゃあ今夜で。こっちはフリーだからアンタのタイミングがいいときにまた連絡してくれ』

『(棒人間が親指を立てているスタンプ)』



携帯の画面を閉じる。


よし、と気合を入れて歩き出した。







「……アイツ、影響されてたな」


やっぱあのスタンプ、いいよなぁ。

使ってる人増えたし、お金必要みたいだからいらないけどさ。




――――――――――――

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