第三十話『ヒーローに運動神経は関係ない』

昼休みを迎え、昼食の時間となる。

適当な場所で食おうとテントを出ようとしたところで孝平に捕まり引っ張られたので仕方なくついていく。


引きずられた先では孝平の両親がブルーシートを敷いて陣取っていた。


「真人くん、孝平、こっちよ~」

「はい、真人連れてきたよ」

「あら、一緒に食べるんだからこっちに来ないと」


逃げないわよね、と迫力のある笑顔を向けられたのでおとなしく頷いておく。


いやだってさ、せっかくの体育祭の家族水入らずの空間邪魔したくないじゃん。

今から午前中がどうだったとかいった家族の時間になるんだから。

まあオレを邪魔だと思ってる人間はオレしかいないみたいだけどさ……


ニコニコとした笑顔を浮かべている藤本千代子さん孝平のお母さんとその隣で何も言わず大きくうなずいている藤本誠也さん孝平のお父さん

普段からお世話になりすぎている孝平の両親に今日も頭を低くする。


「ほら、立ち尽くしてないで座って座って。せっかくお昼ご飯豪勢にしてきたんだから」

「お、なんだなんだー」

「失礼します」


千代子ちよこさんはおせちを入れる容器みたいな重箱を取り出し、そのふたを開ける。

その中は豪勢という言葉通りで、青々とした野菜から唐揚げやエビフライといった揚げ物までそろっている。

別の段をあけるとサンドイッチが顔を覗かせ、ハムやら卵やらがしっかり挟まっていた。


「うっひょー!」

「すげぇ」

「流石に全部手作りってことはないけどね~。でもちょっといいのを詰めたのよ」

「腹減った~食べていい?」

「もちろんよ。ほら真人くんも食べて食べて」

「はい、いただきます」


手を合わせてサンドイッチに手を伸ばす。

美味しいと感想を伝えると千代子さんは再度顔をニコニコさせた。


「あなたもどーぞ」

「うむ……美味い」

「でしょ~」


誠也せいやさんの感想を聞いてさらに笑みを深める千代子さん。

いつも通り夫婦仲も良好だ。


孝平は次へ次へと箸を伸ばし続けている。

食欲旺盛だな。


「いやぁ美味い。いっつもこんな感じがいいんだけど」

「馬鹿言わないでよ。そんなこと言うならあなたが作りなさい」

「え~じゃあ真人作ってよ」

「むぐ? うーん……」


時間をかければ作れると思うが、食材をどう揃えるか……

スーパーの品ぞろえを頭に浮かべていると千代子さんが孝平の頭をペシーンと叩いた。


「イデッ!?」

「真人くんを困らせるんじゃないわよ!」

「だからって叩くなよー」


千代子さんと真人が騒がしくする横でオレと誠也さんが静かにご飯を食べる。

これもいつも通りの光景だ。



◇◇◇◇



「真人君、午前中はすごかったな」

「ちゃんと徒競走や玉入れしてるところ撮ったわよ~帰ったら見ましょう」


今回もっすか……自分を見返すって恥ずかしいんですけど。


「え、俺は?」

「一応撮ったけど、特にいいシーンはなかったからねぇ」

「悲しい……」


落ち込む孝平の背中をポンと叩く。

きっと午後なんかあるよ。


「真人くんのリレー楽しみだわ~。そっちもばっちり撮るからね!」

「あ……お願いします」


断れるわけもなく。

内心で小さくため息をついていると、誠也さんが立ち上がった。


「だがまずは私の番だな」


いつになく気合が入ってる様子。

そのまま誠也さんはグラウンドの方へ歩いて行った。


「父さんどうしたの?」

「保護者競技出るんだって」

「え、大丈夫かなぁ」

「大丈夫よ。あの人の雄姿もしっかり撮ってあげないとね」


千代子さんが嬉しそうにカメラを持ち上げる。

何をするのかわからないが、ぜひとも頑張ってほしいものだ。


弁当の残りをつまんで完食し、千代子さんにお礼を言ってテントに戻った。




************




午後最初の種目は保護者競技。

生徒の保護者や他校の生徒などから募集して集まった人たちで行われ、教職員種目と同様に組が割り当てられる。


発表された内容は『綱引き』だった。

意外と若さというよりは年上の人の方が体格の関係で強いかもしれない。



誠也さんがいるチームが登場する。

誠也さんのやる気は十分で、そのやる気がチームに貢献したかは不明だがそのチームは他を寄せ付けることなく相手のチームを引きずりまくっていた。


そして波乱もなく最後まで勝ち切り、見事誠也さんのチームがトップを取った。



「強かったな、誠也さんのところ」

「うん、父さんもめっちゃ頑張ってた! あんな歯を食いしばってる姿初めて見たかも」


まさしく雄姿を見られたとお互いに表情を緩ませる。

流石は孝平の父親だ。


そこで終わればよかったのだが、孝平がでも、と表情を曇らせた。


「――父さんのチーム緑だったんだけど……」

「……気にしたら負けだ」

「そう、だね……」


確かに誠也さんは勝ったが、それはオレらにとってはプラスではなくて。

子供に良いところを見せる=子供の勝利に貢献するとはならない辛いシステムだった。




======




≪今から全校生徒参加の〇×クイズを開始します!≫


この体育祭で唯一運動が一切関係しない種目。

ルールはいたって単純で、〇×の正しいと思う方を選択し、後半まで残っていた人に対して順位に応じた得点が入るという仕組みである。

運動が苦手な人でも活躍できるかもしれないいい種目だな。



一問、二問と問題が進んでいく。


最初は『クジラは哺乳類である』とか『太陽は西から昇る』といった簡単なもの。

その難易度であれば脱落する人も少なく順調だったのだが、問題が進むと『う覚えとう覚えはうる覚えが正しい』という紛らわしい問題や『下記の計算式の答えは10である』といった計算を求められるものも出題される。


間違えやすい言葉とかはまだ知識で行けるが、計算や意地悪問題は記憶力や頭の柔らかさが求められるためその時々で正答率も変わってくる。

この辺りで一気に脱落者が増えた。



全く種目に関係ないが、この場合だと間違やすいって言葉は一応誤用なんだよな。

『クイズを間違う』だと違和感があるが、『クイズを間違える』とは言うって考えればわかりやすいのかね。

最早どっちでもいいレベルなんだろうが、日本語って難しい。



そしてその次に出た問題が『教頭先生はカツラである』。

知るわけがない問題だが、どっちに転んでも面白くはあるという腹立たしい問題だ。

オレはここで問題で脱落してしまった。


ちなみにカツラなんだそうで、その場でカツラを外して証明してくれた。

グラウンドは爆笑に包まれたね、オレもめっちゃ笑った。



孝平は何とかカツラを言い当てたものの次の問題で脱落してしまう。

しかしそこで終わらないのが孝平のすごいところ。


なんとその後の敗者復活問題を乗り越えて復活。

クラスが大盛り上がりする中、孝平は解答者の中に戻っていった。



◇◇◇◇



問題は進み、残った解答者は十人。

孝平はまだ残っている。


「孝平ー! 頑張れー!」


顔をこれでもかと強張らせている孝平に声援を送る。

流石の孝平もあそこまで残ると思ってなかっただろうな。


「藤本頑張れー!」

「藤本君次も正解してー!」

「藤本いけるぞ!」


クラスメイトの盛り上がりはさらに増しており、孝平の名は組の先輩方にも伝わって先輩からも名指しで応援されている。



さて、次の問題はなんだ?

問題という声で解答者たちに緊張が走る。


≪校長先生は朝はパン派である≫


残ってる人全員が知らねーと崩れ落ちる。


ていうか本人以外知ってる人いるのかよ。

もうここ数問はずっと勘だ。

その勘が冴えている人が今残っている。


孝平の勘はまだ冴えてるか?



孝平は長考の末×を選んだ。

×選択者は孝平含めて三人だ。



果たして――




≪正解は……×!≫


「「「おぉぉぉお!!!」」」

「「「やったぁぁぁあ!!!」」」


孝平のヤツやりやがった!



次の問題こそ外して全体三位で終わったが、それでもあまりに堂々たる成績だった。


「やったなこうへ「藤本君すごかった!」うわちょ」

「もう大ヒーローだよ!」

「三位アツすぎだろ!」


年次関係なく黄組の人から囲まれる孝平。

あっけなくオレは押し出されてしまった。


ふぅ、流石は孝平だ。

こういう時人気者には近づくことすらままならんな。



次の種目が始まるまでに何とか戻ってきたが、散々もみくちゃにされたようで孝平の姿は誰かに襲われたのかってぐらいぐちゃぐちゃになっていた。




======




一年生が参加する最後の種目である大ムカデ競争。

今回は一チーム二十人となっており、一列に並んでゴールを目指すことになる。

二十人ともなれば列も長く準備も大変だ。


転ばないように気を付けつつ少しでも早く三年生へとバトンをつないでいくが、団体戦ということでここでも各組の色が出ることとなった。




赤組は数人転ぼうが先頭の人が力で引っ張っていこうとするスタイル。

しかしチームは二十人、当然どうにかできるものではない。


結局は先頭も転んで大きなタイムロスをしてしまい、最下位を取ってしまっていた。

そんなんでも怪我をしていないのは流石というべきか。




黄組はテンポを大事にしていたようで比較的スムーズに進められていた。

組長はものすごい運動能力の持ち主だが今回それが発揮されることはない。

おとなしく周りに合わせて確実に進んでいた。


無難に進んだ結果トップはとれなかったものの、二位という良い成績で終えた。




テンポと言えば緑組。

組長をはじめとして独特なテンポ感を持っている緑組だったが、それらの個性を合わせるのは難しかったらしい。

動いては「あーれー」と止まり、動いては「そーれー」と止まるを繰り返していた。


赤組には何とか勝っての三位だったが、激しい赤組と緩やかな緑組でデッドヒートが繰り広げられており、その温度差で何とも反応が難しかった。




一位だったのは青組。

応援合戦もそうだったが青組は動きが洗練されていた。


ムカデ競争のような集団行動は非常に得意だったようで圧倒的な速度でゴール。

得意分野は確実にものにするという青組らしさを感じさせられた。



◇◇◇◇



リレー前最後の種目である騎馬戦を迎える。

三人を土台として一人が上に乗り、鉢巻きを取られたら負けになる二年生の男女競技。

まずは女子の部から行われる。


正直女子の部はそこまで迫力なさそうと思っており、それは孝平も同じだった。

お見合い状態になって全然決まらないかもねーなんて話していた。


しかし、オレ達の想像はとても甘いもので――




「「「おおぉぉぉぉお!!!」」」

「「「やあぁぁぁああ!!!」」」


「ひぇえ……」

「うわぁ……」


戦場の熱に二人そろって唖然とする。


女子だから痛いのは嫌だ、みたいな遠慮は一切感じられず、騎馬と騎馬が取っ組み合う。

当然崩れる騎馬もあるが周囲は全然気にしない。

最後の大将通しの一騎打ちまでしっかり盛り上がった。

でも髪の引っ張り合いとかは見ててこわかったよ。



男子の部は予想通り勢いがあって力強さがあり、大声とともに騎馬がぶつかりあっていく様は見ていてとてもアツい気持ちになれた。

ほとんど逆さになりながらも耐え抜いて勝ち切った先輩には流石に声が出たわ。



見ごたえのある戦いを見せてくれた騎馬たちには会場から大きな拍手が送られる。


しかし、こういう勢いや力が求められる種目では赤組が強かったな。

まさか男女両方とも勝ち切るとは。

組長も興奮のあまりまた半裸になって太鼓ぶっ叩きまくってたよ。




「みんなのおかげでここまですっごい盛り上がることができた! 今の騎馬戦もすごい盛り上がったけど、まだ最後の目玉が残ってるからね。最後までもっともーっっっと盛り上がっていこう!」

「「「おー!!!」」」

「いい感じ! じゃあリレーに出る人、最後は任せたからね! 悔いのないよう力いっぱい走ってきてね!」


組長の言葉を受け、リレー参加者が立ち上がる。


「真人、しっかりね」

「おう」


孝平の、組長の、みんなの期待に頑張って応えないとな。

よしっと力を込め、他に遅れないようにオレも立ち上がった。




――――――――――――

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