第三十一話『バトンを掴んで走れ!』

≪ただいまより最終種目、学年対抗リレーを行います!≫


ついに迎えた学年対抗リレー。

これが終われば体育祭は終わりとなる。


午後の早いタイミングで各組の点数状況は隠されたため現在の得点差はわかっていないが、午後の競技でどこかが突出して得点を取っていたようには感じない。

リレー次第ではどの組も可能性があるといった印象だ。



ゲートが開き、グラウンドへと足を踏み入れる。

近くで大きく手を振ってきた孝平に親指を上に立てて返した。





入場し、中央から辺りを見渡す。


会場の熱気は依然アツいままではあるが、観客や生徒側は緊張しているのか意外と静かだ。

嵐の前の静けさってことだろうか。


「ふぅ」


一息吐いてから体をゆっくり動かし始める。


しっかりと準備運動をしよう。

万が一にもつったりしないようにな。



◇◇◇◇



ストレッチを続けていると誰かが近づいてきた。


「橘、調子はどうよ」

「山口か。悪くない感じかな。午前の100mでは思いっきり走れてたし」


山口の顔は血行が良く、少しだけ息も上がっている。

中々いい感じにあったまってそうだ。


「ソッチは?」

「俺はもうアップ済よ。準備万端だ!」

「……はい?」


思わず気の抜けた言葉を返してしまう。

準備万端? 今の時点で?


「山口はアンカーだから出番まだまだ先だと思うんだけど」

「あ……」


多分準備込みでまだ十分ぐらい後になると思うが。

折角よかった山口の顔色がサーっと青くなっていく。


「やべ、テンション上がっちまって……」

「何してんだか……とりあえず体冷やさないように」

「だな……疲れない程度にずっと体動かしとくわ。じゃ、リレーではいいバトン渡してくれよな」

「はいはい」


やっちまったなぁと呟きながら山口は走り去っていった。


……うん、オレは自分の走りにちょうどよくなるようにアップしよう。

そう考えながら肩回りをほぐした。



◇◇◇◇



リレーの準備が整い、第一走者がスタート位置に並び始める。


オレの役目はアンカーにいい順位でいいバトンパスをすること。

そのためにオレにできることをすべて出そう。



≪第一走者、第二走者は位置についてください≫



第二走者と並んでスタートを見守る。


「うおー並んでる並んでる」

「ついに始まっちゃうのか」

「めっちゃドキドキしてきた」

「頼むよ第二走者。とりあえずバトンさえ落とさなければ大丈夫なはず」

「もちろんだ。橘もバトン落とすなよ」

「当然。お互い頑張ろう」


お互いのアップに戻る。

軽く走りながらスタート地点に目を向けていると、ついにその瞬間が訪れた。



スターターがピストルを構え、声を張り上げる。




「位置について! よーい――」




第一走者が一斉に構える。




「――スタート!!!」




パァンという空砲とともに第一走者が一斉に飛び出した。

場内放送に耳を傾けつつ走者を見守る。


流石第一走者と言うべきか、瞬き数回程度の間で各々がコーナーに飛び込んでいった。

コーナーを抜けるとレーンの概念が消え、走者が入り混じることになる。



一番に抜け出したのはウチの第一走者。

わずかな差であったが体をねじ込み、インを取って他三人の前を陣取った。

陸上部仕込みの流石の技術だったな。


最初のコーナーを終えて走者が列状になり、すぐさま次のコーナーへと入っていく。







第一走者は快走を続け、後続に少しの差をつけた状態で回ってきた。

バトンを持った手が前へと伸ばされる。


「よしっ!」


ほとんど減速することなく綺麗にバトンが渡り、目の前から第二走者が飛び出した。


「いけいけー」


さっきは緊張している様子だったがいい走りをしている。

そのまま後続に差を詰められることなくコースを回っていく。


しかし他と差をつけられるのはここまで。


第一第二は短距離専門が走ってたから有利をとれたが、他のクラスにだって速い人はいるんだ。

この差をどれだけ維持できるかだな。




第三走者にバトンが渡った時点で第一で生まれた差はそのままだったが、ここで若干ペースが失速する。

その隙を逃してくれるわけもなく、第三に配置されている速い人が詰めてくるだろう。


「「「きゃぁぁぁああ!!!」」」


そう考えていると突然場内に女子の歓声が響き渡る。


何事かと視線を別に向けると、たった今女子走者にバトンが渡ったところだった。


おお、あれが山口が言ってた女子陸上部――はっや!

すげぇな、全然他の男子走者に負けてない。

ありゃ陸上部じゃないと勝てないだろうな、かっけー。



◇◇◇◇



第三第四は陸上部じゃない速い人、第五は陸上部だけど長距離専門。

その区間で他の短距離専門などによって差がどんどん縮まっていった。



「「「ああっ!!!」」」


各地から悲鳴が上がる。


赤組のバトンパスが少し乱れた。

それだけで他との差が一気に広がり、その差を埋めようと走者が歯を食いしばって走り始める。


「……」


今の光景を目の当たりにして、少し体の芯が冷える。


あれぐらいの乱れであんなに差がつくのか……

少しのミスすら許されない、か。



軽くその場で数回跳び、浮足立った心を落ち着かせる。

しっかり練習したから大丈夫なはずだ。





第五の走者がコースを回り、自分の場所へと近づいてくる。


オレの元に来る頃には赤組以外の他三組はほとんど横並び状態。

バトンが渡るタイミングはほぼ同時。



――――つまり、インを取ったヤツが前に出れる……!



タイミングを見計らって姿勢を前に戻す。

そして手を構え、前だけを見て走り始めた。



「頼む!」



手にバトンの感触が伝わる。


――掴んだ!



「っ!」



そのまま一気に加速する。


行ける、前に出れる。



「橘いけー!」

「橘ー!!」

「真人頑張れぇぇえ!!!」

「橘君頑張ってー!」


「はっははっ」



緊張のせいか呼吸が乱れそうになる。

でも気にしない。


たかが200m、全速力で駆け抜ける。







「橘! そのままそのまま!」


気が付いたら目の前に山口が見える。

他の組は誰も並走していない。


何も考えずに夢中で伸ばしたバトン。

それは確かにしっかりとアンカーの手に渡った。


「行けっ! 山口!」

「任せろ!」


徐々にスピードを落としながら山口を見送る。

遅れて疲れがどっと出てきた。


「はぁ、はぁ……」


クールダウンしていると、いきなり肩を組まれた。


「やったね真人!」

「はぁ、ふぅ……孝平か。ああ、そうだな」

「すごかったよ! みんなも驚いてたし!」

「サンキュー。わかったから、叩くな」


そのまま肩を何度も叩かれる。


おい、力一杯叩きすぎじゃねぇか……?


「いやーお疲れ様! おっ山口君速いぞー! 走れー!」


息を整えつつ、引き続き叩かれながら走りを見守る。

当然アンカーはどの組も速い。



――それでも、山口は一位の座を誰にも渡すことなくそのままゴールテープを切った。



「っしゃぁぁぁあ!!!」

「やったぁぁあ!!!」




************




体育祭のすべてのプログラムが終了し、今閉会式が行われている。

ここで隠されていた各組の得点が発表される。


≪四位、赤組≫

≪三位、緑組≫


≪そして一位は――≫







≪――――青組のみなさんです、おめでとうございます!!!≫


「「「わぁぁぁああ!!!」」」


青組の歓声と共にパチパチパチとオレ達の拍手が流れる。


「うあー勝てなかったかぁ」

「やっぱリレーが大きかったねぇ」

「青組強かったー」


辺りから悔しそうな声が聞こえてくる。


――結果、我々黄組は二位。


オレ達一年生のリレーでは黄組が一位を取ったものの、二年三年は両方とも青組が一位を取り、そのまま青組が総合優勝という運びとなった。

ほんとリレー次第だったな、もうちょっとだった。




最後に各組で集まる。

前の方では組長が涙を浮かべており、組長によくツッコミを入れていた三年生がその背中をポンポンと叩いていた。


「うぅぅぅ悔しいねぇ~! とっても惜しかった、でもすごい楽しかったよ! リレーでは一年生が勝ってくれたおかげでどうなるかわからなかったしね! みんなも楽しめた?」

「「「うぉぉぉおお!!!」」」

「ならよかった、今年も体育祭は大成功だね! ここまで盛り上がって楽しめたのはみんなのおかげだよ、本当にありがとう! お疲れ様でした!」

「「「ありがとうございました!!!」」」



組長が締め、体育祭は完全に終了した。




〇▲□★




体育祭の翌日、オレ達は体育祭の片づけを行っていた。

グラウンドに立てていたテントや看板などを解体していく。


「これで本当に体育祭も終わりかぁ。なんかあっという間だったね。練習の時はそうでもなかったんだけど」

「昨日一日ずっと大盛り上がりだったもんな」


正直あんなに楽しめるとは思ってなかった。

周りの熱気にあてられてたのか自分のテンションもずっと高かったし。


逆に中学の頃は斜に構えすぎていたのだろうか。

やっぱこういう行事は心から楽しまないと損なんだな。


「中学の時みたいなやらされてる感は全然なかったもんね。ほんとよかったなぁ、みんなとも仲良くなれたし。もう今から来年の体育祭が楽しみだよ」

「それは気が早すぎだ」


流石、孝平は昨日一日でいろんな人と交流を深めたんだな。


オレは……まともに交流したのは山口とかのリレー組ぐらいか。

まあクラスメイトとの交流がゼロだったわけでもないし、それでも十分だよな。


確かな手ごたえを感じていると孝平がこの後のことを口にし始めた。


「今日の打ち上げも楽しみだね」

「学校行事で打ち上げなんて初めてだ。これも孝平のおかげだな」

「やっぱりみんなで集まるのは楽しいからね。嫌がる人いなくてよかったよ」


昨日の体育祭後に孝平が口火を切り、それに多くが賛成したことで実現した打ち上げ。

孝平はもちろんだが、クラスメイトのノリが良くないと全体にまで規模が大きくなることはなかっただろう。

ああいうシーンで音頭をとれる人ってほんとすごいよな。


「よーし、さっさと片付けて昼から打ち上げだー!」


気合十分といった様子で孝平が別の場所へ走っていった。

歩いてそれを追う。


「打ち上げかぁ……」




『――――』


ふと、中学時代の光景が頭をよぎった。

顔を強張らせる何人かの生徒、そんな記憶。




……オレがクラスイベントに参加ね。

高校に入って一気に色々変わったもんだ。


これが今後どれだけ続くかはわからんが、孝平に迷惑をかけないようにしないとな。


「真人ーサボらないでよー!」

「はいはい」


思考を打ち切り、せっついてくる親友の下へと足を早めた。




――――――――――――

おまけ


一年生リレー後、二年生リレー準備中


≪黄組一年生の藤本孝平君。放送席へお越しください≫


「え?」

「あん? 孝平呼ばれてんぞ」

「なんだろう? とりあえず行ってくるよ」


――数分後


「おかえりーどしたよ」

「担任の先生に怒られた……リレー中に参加者以外がグラウンド入るなって」

「あーダメだったのな」

「つい高ぶっちゃって……でも『親友が走り切ったところに肩を組みに行く……くぅー青春だ羨ましい! でもゴールしてからじゃないとダメなもんはダメだ!』ってさ」

「ブハッ、相変わらずだな~あの先生は」


真人達の担任の先生は灰色青春系男性教員。

度々出る青春を羨む言動が面白いとクラスの生徒からは結構好かれている。

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