第三十二話『体育祭の熱はまだ冷めず』
予定通り、片付けの後は打ち上げの時間。
その打ち上げのためにオレ達のクラスはカラオケに来ていた。
発起人である孝平がモニターの前に立つ。
「みんな集まってくれてありがとう! 体育祭お疲れ様でしたー!」
「「「お疲れ様でしたー!!!」」」
コップをぶつける音が響き渡った。
ジュースを飲んでいるとクラスメイトが話しかけてきてくれる。
「橘お疲れ様ー」
「お疲れ様」
「リレーかっこよかったよ!」
「あんなに速かったんだね!」
「ありがとう。最後に勝てたのは山口のおかげだけど、オレもそれに貢献できてよかった」
そう話していると山口が肩を組んでくる。
「橘のバトンパス最高だったぞ!」
「苦しい……」
コイツ初っ端からすごいテンションだな。
昨日の今日とはいえもうリレーの熱なんか冷めててもいいだろうに。
ちょ、首しまってるから力緩めてくれ。
◇◇◇◇
山口が暑苦しかったのでその場を離れる。
酔っ払いでもないのにあの絡みはすごい。
移動する間にもクラスメイトから労いや祝いの言葉を送られる。
流石に花形種目に参加させてもらっただけあってそれなりに目立っていたようだ。
喜んでもらえたのならなにより。
「ふぅ……」
端っこに座り、全体を眺める。
各地で昨日の話がされているが、話に集中するあまり誰も歌おうとしていない。
折角のカラオケなのにもったいない気がするが……まあ絶対に歌わないとといけないって空間でもないのか。
孝平は、あっちで話してるな。
人に囲まれてるな……とても混ざる気にはならん。
折角の飲み放題なんだ、いっぱいジュースでも飲ませてもらおうかね。
「橘、ここにいたか」
しばらくジュースを飲んでいると、再び山口がやってくる。
「ジュース飲んでた。ソッチは元気もりもりでいいね」
「いやーリレーのこと思い出したらなんか嬉しくなっちゃってな!」
「リレーは流石の走りだった」
「まあな! ってなんだよ橘、昨日はあんなにテンション高かったのに。俺たちハイタッチまでしたじゃん」
そうだったけと記憶を手繰り寄せる。
あーそういえばゴールにすぐ駆け寄って思いっきりハイタッチしたな。
なんならオレから構えた気がする。
「や、別にローテンションを気取ってるとかではないけども。まだ違うってだけで」
そりゃまあ孝平相手以外でそんなテンション上がる機会も無いが、わざわざテンションを抑えているとかはない。
というか、オレからしたら孝平や山口が最初からテンション高すぎなんだよ。
徐々に上げていく人の方が多いと思うんだがな。
「なるほど、じゃあ歌うか? そしたら上がってくだろ」
「んーと言われてもオレ歌える歌なんてないし」
「――よお橘。リレーすごかったな!」
「全然陸上部に負けてなかったもんな。足が速そうには見えないのに」
またクラスメイトが集まってきた。
「橘って部活入ってなかったよな? 陸上部入ればいいのに。山口もそう思うだろ?」
「そりゃあな。でもなんかバイトするから部活に拘束されたくないんだってさ」
「バイト? そんなお金に困ってんの?」
「高校生はみんな金欠と思うけど」
「まあそうかもだが……」
反応からするにそこまで深刻でもなさそう。
みんなそこまでお金使わないんだろうか。
「そこはお小遣いでなんとかするって感じだろ。俺はもらってるけど貰ってないの?」
「お小遣い……はない、ね」
考えてみれば親が子供に自由に使えるお金をあげるってすごいことだよな。
そのお金でいっぱい遊びなさいってことなのだろうか。
「マジかよ! あれ、貰わないのが普通だったりする?」
「いや、俺はもらってるぞ」
「俺もー」
「俺は欲しいって言ったらその分もらえるかな」
孝平と同じタイプか。
困らない分貯まるものもなくて後々微妙そうだが。
「やっぱもらえるよな。橘のところは厳しいんだな……そりゃあバイトするしかないわ」
「そういうこと。まあ部活しなくても運動は出来るし、問題なし」
「へぇ、じゃあ今もバスケやってるのか?」
「たまにやってる。体動かすのは好きだから」
そういう気分になった時にバスケットゴールがある広場などでバスケをしている。
ひたすらシュートしたりドリブルしたりするだけでいいリフレッシュになるからな。
「普段から運動してるのならあの走りっぷりも納得だわ」
「なるほどなぁ。あんまお金ないのならこの場とか今後遊びに誘うとかもきついのか?」
「え」
思いもよらない言葉に声が出る。
まさか誘ってくれようとしてたなんて、随分フレンドリーだ。
「いや、気にしなくて大丈夫。今後のためにバイトするってだけだから」
「なるほど、ならまた今度遊びに行こうな!」
「おーありがとう」
************
打ち上げの時間は過ぎていき、盛り上がりに盛り上がって終了した。
それぞれで挨拶を交わして解散する。
「いやぁ楽しかったね!」
「歌いだしたところから一気に盛り上がりが増したな。ライブってあんな感じなんだろうか」
「かもねー」
『みんな盛り上がってるかー?』『いえーい!』みたいなコールアンドレスポンス、合いの手マシマシのアイドル曲にしっかり合いの手を入れていくクラスメイト、変なデュエット曲できれいすぎるハモリを見せる人などなど盛りだくさん。
みんな色々歌えてすごいもんだ。
孝平も当然のようにしっかりクラスを煽っていたし。
「なんか高校生満喫してるって感じだ」
「おお! 真人の高校生活が充実してるようで何よりだよ」
「いや、誰目線だよ」
「親友目線に決まってるじゃん」
その輝かしい笑顔うぜぇ。
うんうんすんなし。
「別に中学生活寂しくなかったわ。普通に孝平と遊んでたし、部活にも打ち込めてたしな」
「ふーん? じゃあもっと高校生活を盛り上げていかないとね!」
うぉぉぉお頑張るぞー、と走っていった。
……なんで孝平が張り切ってるんだ?
そんなことよりも佐倉さんと付き合えるように頑張るのが第一だろうに。
まあ高校生活が順調なのは良いことか、と軽い足取りで孝平を追いかけた。
〇▲□★
今日もいつも通り一番乗りに登校してリュックをおろし、そこから本を取り出して始業の時間を待つ。
しばらくすると教室に第一クラスメイトが入ってくる。
今までなら特に何も無かったのだが――
「橘、おはよう」
「ん? ああ、おはよう」
「いつも早いよな」
「まあ、ね。自然と早くなっちゃうんだ」
――最近はクラスメイトと軽い世間話をするようになった。
体育祭という行事でクラスメイトとの距離が少し縮まったのかもな。
「橘君、おはよー」
「おはよう」
始業時間が近づき、続々とクラスメイトが登校してくる。
特に仲が良かった訳でもない女子クラスメイトも挨拶してくれるようになった。
体育祭効果はすごいもんだ。
まあそれはオレだけじゃなくて、孝平もだけど。
「みんなおはよー!」
「はよー」
「藤本君おはよう」
「おっす、藤本」
元々クラスに馴染んではいたが、前よりも挨拶に反応する人が増えた。
いくら孝平でも何もなしにいきなり全員と仲良くなれるわけではないからな。
体育祭がそのきっかけになったみたいだ。
「やっほ真人!」
「おはよう。今日も元気そうだな」
「元気よ! 昨日も佐倉さんとやり取りしたしね」
「いつも通りで何よりだ」
話せてるってだけでこの元気なら、もし佐倉さんと付き合ったらどうなるんだ。
逆にずっと夢見心地で現世に戻って来れないんじゃないか?
「ハァ、今日からフル授業かぁ。体育祭を惜しむ間もなくあっという間に期末テストだ」
また勉強かぁ、と嘆く孝平。
テストの度に見る光景だ。
「橘、おっす」
「おはよう。朝練お疲れ」
山口も声をかけてくれる。
「藤本はどうしたんだ?」
「期末テストに絶望してる」
「ああ、割とすぐだもんな」
「山口は?」
「藤本みたいになるレベルではないかな」
「なら良かった」
ま、この高校に入れる時点である程度勉強できる人の方が多いわな。
孝平みたいにひたすら勉強して何とか入ったって人は別なんだろうが。
「そうだ橘。今日昼飯一緒に食わね?」
「昼飯?」
「ああ。もちろん藤本も一緒に」
「んー、いや。孝平、今日は他クラスの人と食うんだったよな」
「え?」
「うぅ……ん? うん、そうだよ」
山口が意外そうな顔を浮かべている。
「ならちょうどいいか。いいよ、ご一緒させてもらう」
「お、おうそうか。なら昼休みな」
************
昼休み。
「橘、昼飯行こうや」
山口についていく。
「他は?」
「いや、俺らだけ。藤本来ないって言ってたしな」
あら、気を使ってくれたみたいで。
正直山口の友達がいたとして、オレは話すことないし向こうも気まずいだろうしな。
気の利く人だ。
「そうか、誘ってくれてありがとう」
「おう。というか、藤本と食べないことあるんだな。いつも一緒なのかと」
「いや? 孝平は友達多いからずっと一緒ってことはない」
いくら親友の間柄とはいえ、飯を食べるのも遊ぶのも毎回一緒ってなるわけではないからな。
あくまで気の置けない関係ってだけで一心同体では無い。
「あれ、でもいつも教室いないよな?」
よく見てるなと内心で驚く。
オレ全然クラスメイトの普段とか覚えてないけどな。
「孝平と食べないときは外とか適当な場所で食べてそのまま図書室行ってるから」
教室から図書室行くの地味に遠いんだよな。
近くで食べてそのまま行くのが手っ取り早い。
「へぇ、そうなんだな。いやすまん、橘って藤本と一緒にいるイメージしかなくてな」
「まあ実際そうだし」
======
席に座って待っていると、山口が定食を持ってやってきた。
「お待たせ。弁当美味そうだな」
「ありがとう。生姜焼き定食か、出来立てでいいね」
弁当はどうしても冷めてしまうからな。
飯に求めるのは味だとは思うが、美味しさだけでなく温かいってことにもお金を払う価値があるのかも。
冬場だとさらに冷たくなるし、難しいところだ。
「学食は気分でメニュー変えれるのが良い。もうちょっと量があれば最高なんだけどなー」
「十分あると思うけど」
山口の定食はご飯がこんもり盛られていた。
「こちとら育ち盛りの男子高校生だぜ? こんぐらい余裕だろ」
「オレはそんなに入らない」
「おいおい、そんなんじゃ体が泣いちまうぜ? お前運動できるんだから野菜なんて食ってないで肉食って体作れ作れ!」
「せっかくバランスを気にして野菜を入れているというのに……」
なんか紅組の組長を彷彿とさせる言い回しだな。
やっぱり体育系はあっち寄りなんだろうか。
◇◇◇◇
「――こうして話してると、改めて橘のことめっちゃ勘違いしてたんだなって思うわ」
「ん?」
脈絡のない山口の言葉に首をかしげる。
「俺、橘がこんなに話せる人だとは思ってなかったんだよな」
「別に話さないことはないけど。というか教室で普通に孝平と話してるし」
孝平相手にずっと頷くだけ、みたいな会話はしてないぞ。
「まあそうだけど、めっちゃ人見知りするタイプなのかなって思っててさ。事務的な会話しかできないのかなって」
「へぇ……? オレ多分人見知りなんてしたことないけどね」
話す理由がないだけで話すこと自体に抵抗はない、と思う。
「だから勘違いしてたんだなって。今までは話す機会無くて気づけなかったけど、この体育祭でそれを知れてよかったわ。これから仲良くしてくれよな」
「……」
「橘? どうしたんだよ口開けて。……驚いてるんだよな?」
はえーすっごい。
ちょっと交流しただけでこんなに嬉しそうにするのか。
孝平もそうなんだろうが、友達が多い人ってみんなこんな感じなんだろうな。
「ありがたやありがたや……」
「え、なんで拝みだしてんの」
「いや、この出会いに感謝をと」
「なんか重いな!?」
しばらく手を合わせ続けた。
食べ終わったところで山口がそうそうと口を開いた。
「聞きたいことがあったんだが」
「なんだ?」
「今日の放課後遊びに行かないか? リレー組の何人かと」
再び手を合わせる。
「ありがたや……」
「拝むのやめて?」
「まあ冗談は置いといて。特に予定はないよ」
「おお、なら決定だな。全員は無理だろうけど、リレー組だけの打ち上げという意味合いも込めてなんか食いに行こうや」
「わかった」
放課後の約束をしたところで席を立ち、教室に戻った。
孝平に山口達と遊びに行くことを伝えたらなんか生暖かい視線を送ってきやがった。
ムカついたのでデコピンの刑に処した。
――――――――――――
作者より
いつもご拝読ありがとうございます。
先日PVがいつもの数倍あって驚きました。
話数が増えてきたのでふらっと全話読んでくださる方とかがいらっしゃるだけでああも跳ね上がるんですね、読んでいただいた方ありがとうございます。
もちろん読んでいただけただけで嬉しいのですが、やはり投稿している以上何かしらの反応が欲しいという思いもあります。
話を読んで何か感じたことがあればコメント・評価などしていただくと喜びますので、よろしくお願いいたします。
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