第二十一話『アレの正体』
舞宵から体を離す。
いったいどれほど抱きついていたんだろう。
舞宵は今も優しい顔を浮かべてくれている。
「落ち着いた?」
「え、ええ……恥ずかしいところを見せたわね」
「咲希ちゃんがこんな感じで泣いてるところ見るのなんて幼稚園以来かも。ほんと、今までの咲希ちゃんのイメージが全部崩れちゃった」
ひたすら恥ずかしい。
舞宵が嫌そうにしていないのが救いだ。
「これだけずっと一緒にいるのに、お互い全然知らない一面があるんだね」
「別に隠していたつもりはなかったけど、舞宵の前ではいつも以上にしっかりしようとしててちょっと取り繕ってたんだと思う」
「私の場合はいきなりすぎたんだろうね。まあ話聞いてくれればよかっただけだけど」
「うぅ」
からかうようにそう言ってくるが、私にとってはそれで済まない。
しばらくはこれを何度も言われそうね……
「でも、これからはお互いの一面を知ったうえで仲良くすることができる。まさしく雨降って地固まるだね!」
「あら、難しい言葉知ってるわね」
「馬鹿にしすぎじゃないかな!? そういうところも含めて成長したんだよ!」
ものすごい得意げにしてるけど、それ高校生が威張れる言葉ではないわよ。
というか難しいと言えば。
「精神面はいいとして、勉学面はそうでもないと思うんだけど。前のテスト、酷かったわよね?」
一応あの男に教わっている雰囲気はあったが、それでも焼け石に水だったようで。
かなり幸先の悪いスタートを舞宵は切っていた。
気まずそうに眼をそらす舞宵の顔を掴む。
「はい、目をそらさない」
「うぅ……」
「私のせいって目で見ないでよ、それはちょっと話が違うわ。次はちゃんと教えてあげるから」
「そうそう、ちゃんと教えてよね!」
「全くもう……」
そうやって開き直る舞宵に苦笑いを浮かべる私。
久しぶりにいつもの調子の良い舞宵が戻ってきた。
すぐ調子に乗るし馬鹿っぽいけど可愛くて憎めない子、それが舞宵なんだから。
親友ならどんな姿でも受け入れてくれる、か。
全部あいつの言うとおりだったわね。
「そういえば咲希ちゃんに指摘したって人誰だったの? 私の知ってる人?」
「ゴホッゴホッ!」
「さ、咲希ちゃん?」
あいつのことを思い出していた時だったから思わずむせてしまった。
お茶を渡そうとしてくれる舞宵に大丈夫と手で制する。
「いや、知らないと思うわ。うちの学校の生徒ではないから」
「え、なんでそんな人に? 事情を知っててかつそれを指摘できるほど仲良い人なのに私知ら――」
「仲なんてよくないわよ」
食い気味にそう返す。
あいつとはただの契約関係よ。
「ど、どういうこと……?」
ひたすら混乱させてしまっているけど、流石にあいつの存在を正直に明かすわけにはいかない。
そのままずるずると監視までばれる可能性がある。
「……ごめんなさい、舞宵には教えられないわ。私が話したくないのよ、ごめんなさい」
「ふぅん……まあ咲希ちゃんにもそういうことあるよね。仕方がないとしてあげよう」
調子が完全に戻ったわね。
引いてくれたのはありがたいけど、話しててちょっとイラっとするこの感じ、なんだか懐かしい。
「というか舞宵、さっきは口挟めなかったから言わなかったんだけど」
「なに?」
「高校に入ってから成長したって言ってたけど、あなた高校に入って二週間、いくら私が間に入ってもクラスメイトとうまく話せなかったじゃない」
「……」
「せっかく料理部に入ったのに、料理することばかりに気を取られて他の部員とは全然話そうとしないし」
「うっ」
「その藤本とやらと仲良くしたいと思ったってところ以外あなたの成長を感じられる部分がないというか「ちょ、ちょっと!」なに?」
疑問を口にしていると、舞宵が不満ですと言わんばかりに遮ってくる。
「な、なんでさっきまであんなに謝ったり泣いたりしてたのに、こんなすぐ私が責められる立場に変わってるのかな!? おかしくない?」
「それは反論の余地があるってことよね? 舞宵の言い分聞きたいわ」
「……知らないもーん」
「こら、ちゃんとこっちを見なさい」
都合が悪くなるとすぐに目をそらしてだんまりを決め込む。
そんな本来の舞宵の姿を見て、いつもの日常が戻ってきたんだと安心して笑うのだった。
さっきの話から離れ、雑談に花を咲かせる。
「一昨日食べに行ったステーキなんだけど、咲希ちゃんにもおすすめできるものだったよ! 全然油が重くなかったから、あれなら咲希ちゃんでも一枚ペロッと行けると思うよ」
「へ、へぇそうなんだ。まあ舞宵行ったばかりなんだし、今度また行きたいときに誘ってちょうだい」
私も一緒に食べてたとは言えないお約束。
まあ確かにあれならまた食べてみたいと思うけど、舞宵がたくさん食べてるのを見ながら食べるのは胸焼けしそう……あんまり歓迎できないわね。
「そうだね。いっぱい食べちゃったからしばらくはセーブしないとだし」
「そ、そんなに食べたのね」
「うん、勉強のストレスすごかったから思いっきり食べた! 流石の藤本君も驚いてたよ」
「へ、へぇ藤本孝平が……まあそこらの男の倍は食べれるものね」
「え、なんでフルネーム?」
「あの男だと有象無象の男と混ざってしまうでしょ。それぐらいは区別してあげようと思っただけよ」
いくら舞宵の話だからといって鵜呑みにはできないけど、今のところ怪しい一面を見せてない以上少しはまともだと扱うしかないから。
これが私にできる最大の譲歩よ。
「もう……まあこれでも進展した方かな」
「で、その藤本孝平が何よ」
「そうそう。最初はポカーンとしてたけど途中からはすごいニコニコしてくれてたよ。藤本君もおいしかったって言ってたし、ステーキ喜んでくれたみたい!」
「よ、よかったわね」
どうせ舞宵を見てニヤニヤしてただけでしょう。
……まあ、あいつも舞宵の食べる姿を褒めてたし、私も見てて楽しいと思うから同じだったのかもしれないけど。
というか、今日はもう藤本孝平の話はしたくないのだけど。
さっきので十分すぎるわ。
「……むぅ」
「あはは……。あ、そういえば苺を使った美味しそうなメニュー見つけたんだよね」
「今から行きましょう」
「いやいや、もう夕方過ぎてるからね!?」
立ち上がろうとする私を舞宵は必死の形相で押さえ続けた。
************
ついつい長話をしてしまい、もう遅い時間になってしまった。
急いで帰ろうとしたところで晩御飯をご馳走してくれると言ってもらえたため、久しぶりに舞宵の家でご飯を食べさせてもらうことになった。
晩御飯を食べているときに少しだけ事情を説明した。
「ふぅん、じゃあバカ
「そうね。本当、舞宵には申し訳ないことをしたわ」
「ずっと言ってたでしょ! たまには咲希ちゃんが悪いことだってあるの!」
「今までのバカ姉の行いが悪い。あんな姿見てきてるのに、今更バカ姉を信用できるわけないでしょ」
「ちょっと
「それママも若干私を責めてるからね!?」
「あはは……」
舞宵の味方がされないのもいつも通りだ。
「ふん、バカ姉にはもっとはっきり言わないと。ごちそうさま。咲希さん、たまには喧嘩だってしたっていいんだから、そんなに気に病むことはないと思うよ。これからもバカ姉と仲良くしてあげてね」
「な、何様だー!」
「ふふ、ありがとう」
ぎゃーぎゃーと叫ぶ舞宵を無視して明凛は部屋へと戻っていった。
あれが絶賛思春期真っ只中の明凛の姿。
相変わらず舞宵にはものすっごく厳しかった。
なんであの反抗期が親や私に向いたりしないのかしらね……
======
「あ、咲希ちゃん。帰る前に私の部屋来てよ」
ご飯を食べ終わり、そろそろ帰ろうと玄関に向かったところで舞宵の部屋に呼ばれる。
そこで緊張した面持ちの舞宵が何かを渡してくれた。
「えっと……こ、これ、仲直りの印」
「え、これって」
舞宵から渡されたのはきれいにラッピングされた見覚えのある袋。
袋を開けると、中から腕に抱えられるサイズのクマのぬいぐるみが顔を覗かせた。
「……」
茫然としてしまう。
じゃあ、あの日買いたかった物って私へのプレゼントだったってこと?
「一昨日藤本君と遊びに行ったって言ったけど、その時に買ったんだ。本当は一人で選びたかったんだけど自信がなくてさ。相談してた藤本君からアドバイス貰って選んだの」
「……つまり、藤本孝平の意思が入っているのかしら?」
「藤本君の名前出しただけで嫌そうにしすぎじゃない!? 違うよ、どんなものがいいかってアドバイス貰っただけで最終的には私だけで選んだんだから! ……嫌、だった?」
「ふふ、冗談よ。舞宵からのプレゼントだもん。たとえ藤本孝平のアドバイスありきだとしても、なんでもうれしいわ、ありがとね」
『自分で持っておきたい、大事なものだったんだろ』
あいつ、わかっていたのね。
そっか、それだけ大事に私のプレゼントを選んでくれたんだ。
ぬいぐるみに顔を押し付ける。
「咲希ちゃん?」
「ぐすっ……流石にもう、見られたくないわ」
「! ……咲希ちゃんたらもう~♪」
舞宵に抱きつかれながら、しばらく静かに涙を流す。
これはきっと、私にとって生涯の宝物になるだろう。
絶対に大事にするからね。
――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます