第五話『その美人は障壁で』

落ち着くのを待ってから話を聞こうとしたが、その女性は孝平と佐倉さんから目を離すわけにはいかないと二人の後を追おうとする。

何を言っても譲歩の余地は全くなかったため、仕方なく孝平たちが向かった店に入ることにした。


今回は孝平にバレるわけにはいかないんだけどなぁ……




二人の視界に入らないように移動しつつ案内してもらう。


背負っていたリュックを下ろして席につき、簡単な自己紹介を行った。


「ふむ、白石しらいし咲希さき。同い年、か」

「なによ、気安く呼ばないで」

「いや確認しただけ……」


その気難しい様に思わず少しだけ肩をすくめる。


先ほどのやりとりでもそうだったが、この女性はどうも気が強いタイプの女性らしい。

美人が睨むと迫力がすごいからやめてほしいもんだ。


ってかこの人タメ?

めちゃくちゃ大人っぽい見た目してるんだが。



顔は目鼻立ちが整い過ぎてるあまり、日本人離れしているとすら思えるほど。

ぱっちり二重で端が若干吊り上がった目は長いまつげも合わせて主張が強く、直視するだけでこちらが気圧されてしまいそうだ。

こういうのを猫目と言うんだっけか?


唇は赤く鮮やかに色づいており、美しさを引き出しているのはもちろんだが健康的な印象も感じさせる。

誰もが美人だと口を揃えるだろう。


身長はオレと同じぐらい。ハイヒールとか履かれたらまず越されるな。

とりあえず女子の中で高い方なのは間違いなくて、そのおかげでブラウンのジャケットに白パンツのスラッとした出で立ちがかなり映えている。


茶髪のロングヘアは低い位置で一つに結ばれていて全体的にすっきりとまとまっている印象だ。



顔やスタイルが良いと言い切るのは簡単だが、ちゃんと身だしなみにも気を遣った結果の完成度なんだろう。

佐倉さんもオシャレだったし、高校生になったらこういうのが普通なのか?


まあとりあえずタメってことなら敬語じゃなくていいか。


「ついでにここで昼食済ませようと思うんだけど、ソッチはどうする?」

「いらない、というか何で一緒の席でご飯食べないといけないのよ。そういうことなら出ていってくれない?」


その冷ややかな物言いに思わず片眉を吊り上げる。


……なんだよこの言い草。

何が気に入らないのかわからんが、初対面の相手には少しは取り繕うのが常識ってもんだろうに。


「……いや、昼食はついでだって。メインはソッチと話することだから」

「ならそれ以外のことはしないでくれる? 私、男とそんな無駄な事したくないの」

「……はいはい」


こりゃ昼飯は食べられなさそうだな。


しかし、この人はオレに不審者と疑われてることを理解してないのかね。

オレがあの場で不審者だって騒がず、こうして弁明の機会を与えたことに感謝して欲しいぐらいなんだが。

まあ孝平たちに気づかれても困るからその選択肢はなかったけども……ま、こんなのスルー安定だ。


とりあえずお店に入って何も頼まないのは失礼なため、お互い飲み物だけ頼んだ。



◇◇◇◇



注文したものが届き、一口飲んでから話を切り出した。


「で、なんで孝平達をつけてたのか聞かせてほしいんだけど」

「つけてたなんて人聞きの悪い。私は舞宵に悪い虫がつかないように監視していただけよ」

「は? 悪い虫だぁ?」


一瞬で外面が消え去った。

コップを握る手に力が入る。


「そうよ、ちょっと舞宵が優しさを見せたらすぐに寄ってきて、ちょっと目を離した隙に二人っきりの場なんて作っちゃって。害虫というほかないわ」


……クソアマが。

こっちが下手に出てりゃつけあがりやがって、何様のつもりだ。


「はっ、だからなんだってんだ? 事実がどうだろうがそれはあの二人の問題だろ。テメェには関係ない。関係者でもねぇのにしゃしゃり出てくんじゃねぇよ」

「っ……」


オレの言葉に目の前の女は一瞬言葉を詰まらせたものの、自身の主張は止めなかった。


「か、関係はあるわ! 私は舞宵の親友だもの。舞宵に男なんてまだ早いし、私のチェックすら通っていない。あんな男の存在を許すわけにはいかないわ」

「は? なんでテメェが判断するんだよ、過保護すぎんだろ」

「親友だから当然よ」


意味わかんねぇ。


その顔は本気なんだろうが、言ってる内容が全く理解できん。

それは親友じゃなくて父親がするようなことだと思うんだがな。


まあそこはどうでもいい。オレにとっては重要じゃない。


「……色々言いたいことはあるが、一番許せねぇのは孝平を害虫と言い放ったことだ」

「ふん、あの子に付きまとおうとしているのなら関係ないわ」

「勝手に判断してんじゃねぇよ。孝平のことなんか知ってるってのか?」

「知らないわよ、知りたくもない。でもあの男舞宵のこと好きでしょう? その時点で悪い虫よ」


チッ、好意をもって近づいた時点で害虫ってか?

親友を馬鹿にしやがって、腹が立つったらありゃしねぇ。


「フッ、じゃあその悪い虫を寄せてるあの女は害虫を呼び寄せる食虫植物か? 甘い優しさ振りまいて、寄ってきた害虫とやらを食い物にするってか。随分と良い身分だなぁ?」

「あんた舞宵を馬鹿にしてんの!?」

「オレは言われたことに言い返しただけだ。……人の親友馬鹿にされてんだぞ? それでどんな気分になるか、そんぐらいテメェにだってわかるだろ」

「っ……」


クソ女はオレの言葉にバツの悪そうな顔をして押し黙る。


「はっ」


流石にそんぐらいの分別はつくか。人間として終わってなくて何より――


そう吐き捨てようとしたところで自分の状態に気づき、口をつぐんだ。

……まずいな、オレもオレで思考が過激になりすぎてる。


水を飲んで一息ついた。


「……悪かった、本気で言ってはいない。聞いただけだが佐倉さんは良い人だと思ってる」

「ふん……私は前言を撤回する気はないわよ」


内心で大きくため息を吐く。


「そうかい、佐倉さんを大切に思うのは大層な事だが、彼女が孝平を嫌がってる風には見えんぞ」


今も楽しそうに会話している孝平達の方へ指を向ける。

こっちの声が聞こえてたらどうしようと思ったが、始終こちらを気にしている様子はなかったな。


「それはそうだけど……あの男がどんな人かもわからないわ」

「それはアンタが知ったってどうしようもないだろ。佐倉さんが判断することだ」

「あの子はいい子だけど世間知らずだわ。悪い男に引っかかりかねない」


ふーん、佐倉さん世間知らずなのか。

仮にそうだとしたらコイツのその過保護さが原因な気がするがな。


「だからアンタが判断すると?」

「そうよ。私はあの子の親友なんだから」


いよいよをもって言ってることが過保護な父親だな。

第一なんだよ親友親友って、それはそんな便利な言葉じゃないだろ。


ほんと、全く理解できねーわ。


「……何を言いたいかはわかった。つまりアンタにとっては佐倉さんが孝平と仲良くすること自体が駄目だと」

「ええそうよ」

「だが、アンタが今更行動してるってことは佐倉さんが自分で判断して行動しているからだろう? せっかくアンタを離れて自立しようとしてるってのに、それでもやめさせようとするのか」


前回二人が会った時からそれなりの時間が経っているのにもかかわらず、今回のを止められてないのがよい証拠だ。

止めても止まらずに佐倉さんが孝平と仲良くしたいと思ってるのならそれを邪魔する理由も権利もない。


そう思っての発言だったが


「うっ……」


どうやら向こうにとってそれは痛いところだったらしい。

顔をものすごく歪め、そのまま下に向けてしまう。


その落ち込み様は酷く痛ましいもので、こっちの言葉の勢いが失せるほどだった。


「あーっと……すまん、余計なことを言った」

「いいわよ……なんか最近距離感わかんないし……」


そう言って更に項垂れ机に頭を預ける過保護女。

さっきまでの険悪な雰囲気は完全に霧散し、代わりに気まずい空気が流れる。


やっべ、完全に地雷踏んじまった。

なんとかせねば…………そうだ!


「い、いい考えがある。佐倉さんが自分でやりたいからアンタに相談しないで今に至ってるんだ。それを見守ってみようと思わないか?」

「……見守るって何よ。私はあの男を認める気はないわよ」


関心は引けたようで、落ち込み女は頭を上げてコッチに視線をよこす。


「それはアンタが孝平のことを知らないからだろ? 孝平とオレは親友同士だ」

「だから何よ」

「オレが孝平のことを教える。それなら直接話さなくても孝平のことを知れるだろ?」


コイツは孝平に対して過剰で不要な警戒心を持っている。

であればオレがそれを取り除いてしまえばいい。


「本人じゃないと意味ないわよ。だってあんたが本当のことを言うとは限らないじゃない」

「なら佐倉さんに聞いて確かめればいい。彼女の言い分なら受け入れられるだろ?」

「……本人じゃないとわからないことだってあるでしょう」

「馬鹿にすんなよ。ちゃんとオレと孝平は親友なんだ、肉親を除けばオレが一番わかる自信がある。アンタだって佐倉さんのことをわかっている自負があるだろ?」

「当り前よ。幼稚園からの親友よ? 私以上に舞宵のことをわかってる人なんて「わかったわかった」……むぅ」

「フッ」


佐倉さんが絡むととたんに必死になるのを見て笑いが漏れる。


「なら問題ないよな? オレが隣で孝平のことを教えてやるからそれで判断してくれたらいい。佐倉さんにも迷惑かけないし悪くない考えだと思わないか?」

「ま、舞宵に迷惑…………なら今日とりあえず同行しなさい。それで判断するわ」


よしっ。

机の下で拳を握り込む。


「ああ、了解した」

「触れたりするもんなら殴って通報するから」

「こわいこわい。そんなことやらないって」


話がまとまったところで安堵のため息をつく。


なんとかフォローしつつ邪魔を阻止できたか。

オレは必要以上の負担を背負ってしまったが……まあ、親友の恋路を応援するためなら仕方ない。

むしろこの壁をとっぱらって援護してやろうじゃないか。


「ハァ――」


そうオレが気持ちを固めていると、対面からため息が聞こえてくる。

その主は不満げな表情のまま、頬杖をついて孝平たちの様子を眺めている。


早速孝平に文句かと思っていると、ものすごく小さなつぶやきが耳に届いた。



「――お腹すいたなぁ」



……



なんかこの女からポンコツ臭が漂い始めた気がする。

気品あふれるクールビューティだと思っていたんだけどなぁ。



そう考えていると何故か睨まれたので視線をはずした。




――――――――――――

後書き


主要登場人物まとめ

・橘真人(たちばなまひと)

本作品の主人公。親友の初恋を応援している。


・藤本孝平(ふじもとこうへい)

真人の親友。好きな人との仲が少しずつ深まっておりテンションが高い。


・佐倉舞宵(さくらまよい)

孝平の好きな人。未だに緊張はとれないが、孝平との会話をとても楽しんでいる。


・白石咲希(しらいしさき)

舞宵の親友。舞宵に近づく孝平を排除しようとしている。

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