第六話『見守りという名のストーキング』

「さて、白石、サン?」

「気持ち悪いからそれやめなさい。あんたさん付けなんてするタイプじゃないでしょ、その見掛けによらず」


確信してるところ悪いが、オレは女子にはさん付けするタイプだぞ。

呼び捨てして変な誤解を産むのも面倒だし。

とはいえこの女相手に敬称なんてつけたくないし、むしろ好都合だから頷いておくが。


さて、今日一日の間孝平について教えることになったわけだが、まず最初に言っておくべきことがある。


「先にこれだけわかっててほしいんだが、孝平は物凄く良いヤツだ。今回のきっかけこそ佐倉さんが孝平に手を差し伸べたことだったが、その立場が逆でも孝平が同じことをしてたさ」


これは親友関係なく、孝平と仲がいい人であれば皆同意するはずだ。

それぐらい孝平は日頃からそういう行動を取っている。

まあ佐倉さんみたいに消毒液とかは持ち合わせてないだろうがな。


「ふーん、それはそれは立派なことで」

「アンタ真面目に聞いてないだろ」

「聞いてるわよ。信じる気がないってだけで」

「それは聞いてるって言わないんだよ……」


前途多難すぎるぜ……


「まあ仮にそうだったとしても異性が絡むと男はダメになるものよ。少なくとも私の経験上ではね」

「む」


その言葉には一定の納得感を得てしまう。

確かにハンカチ買いに行った時の孝平はなんか変なこと言ってたし、今後想いが暴走しないとも限らない、か。


「男は野蛮よ。見た目がいいってだけで軽薄に寄ってくるし、ちょっとでも隙を見せればそこに付け込もうとする。私が知ってる男ならともかく、ポッと出の男に舞宵を渡すわけにはいかないわ」

「……」


そう言い切る頃にはその表情は怒りに満ちたものに変わっていた。


コイツの過保護さや偏見は少々異常だと思っていたが、なるほど、当人の何かしらの経験から来てるものみたいだな。

それが何なのか、オレには一ミリたりとも踏み込む権利はないし興味もないが。

ただ、念のため孝平には釘を刺しとくべきだろう。


「まあ……アンタほどの美人なら言い寄る男も多いだろうな」

「ふん、そんな言葉飽きるぐらい言われてきたわ。良い反応を期待したって無駄よ」

「んなもん期待してねーよ」


嫌悪の感情を浮かべる勘違い女に対してわかりやすく肩をすくめる。


わかってますって、この現状がアンタにとって不本意であることは。

そもそもあの二人がいなけりゃ生まれようのない接点なんだ。

あわよくばなんて欠片も思ってねーよ。


オレは孝平のためにアンタと行動を共にするんだ。




昼食を終えた孝平たちが席を立つ。

そろそろ移動のようだ。


「じゃ、行くか」

「あの男が変な行動をとろうとしたらすぐに引き剥がすからね」

「そんなのないから安心しろ」




======




服屋や雑貨屋の店頭を眺めながら映画館へと進む二人の後を追う。


おそらく、ああいうの可愛いとかああいうのどうかみたいな話しているのだろう。

それか、映画の後に行こうみたいな話をしているのかもな。


「やっぱ楽しそうじゃないか、二人とも」

「……そうね」

「あ、一応言っておくが、孝平は今まで恋愛経験ないからな。二人が仲よさそうなのも相性の話であって、孝平が女慣れしてるってわけじゃない」

「前回ので流石にそれぐらいは予想つくわ。見てられないほどに挙動不審だったし」


コイツ最初からいたのかよ。


「あー……よくその時介入しなかったもんだ」

「あの時はあれで終わると思ってたからよ。汚したから弁償って流れは自然だし、邪魔する理由もないわ」


今だって二人の邪魔をする理由はないだろ、というツッコミは胸に留めておく。


「そしたらあの男と連絡先を交換して、次の日にメッセージが送られてきて。しかも舞宵はなんか嬉しそうにしてるし。交流をやめるよう言ったら舞宵に知らないって言われるし、ハァ……」

「……」


勝手に愚痴って勝手に落ち込んでいるが、初対面の人間にかけられる言葉なんてないので放置しておく。

さっきから情緒が忙しい女だ。



それにしても、と辺りに視線をやる。


隣の女と動き始めてから露骨に視線を感じるようになった。

コイツを見るついでにオレにも視線が来ているのか。

なるほど、これが十人中十人が振り返るほどの美人の効果なのか、すさまじいもんだ。

こういうのに慣れているのかは知らんが、色々苦労はしてそうだな。


ほんの少し懐かしさを覚えつつ、意識を孝平たちに戻した。



「おい、映画館につくぞ」

「え、あ、そう」


コイツ結局この間ずっと隣で落ち込みっぱなしだったな。

そんなんで二人の様子見れているのか?


「……そういえば」


映画館に踏み入ったところでふと肝心な部分を知らないことに気づく。


「今日何見る予定か聞いてなかった。アンタは聞いてるか?」

「もちろんよ」


聞いた映画名のパネルを探し、そして閉口する。



『平常コイん! 私と彼のオモテとウラ』



「「……」」


これは……どこからどう見ても完全なる少女漫画系恋愛映画ですね、はい。


「佐倉さん、これを男相手にOKしたのマジ?」

「ええ……マジよ」

「そうかマジか……よくもまあ孝平も平静でいられるもんだ」


二人で休日に恋愛映画鑑賞。

本当に付き合ってもない男女でやることとは思えんな……やっぱ佐倉さんの感覚はちょっとずれている。

これは世間知らずと言われても仕方ないのかもしれん。


「――!」


二人してため息をついていると、唐突に隣の女が俊敏な動きを見せて孝平たちの元へ向かっていく。

しまった止め損ねたと悔やんだもののそれは杞憂で終わり、アイツは二人に絡むことなく二人が操作しているパネルを覗きだす。


そして二人を見守れそうな席を購入して帰って来た。


「はい、これ」

「あ、ああ。はい、オレの分の」

「ん」


すっげぇ執念。

やったこと自体は普通にドン引きものだというのに、思わず感心してしまうオレであった。




孝平達を追って売店に向かう。


「二人は食べ物とかを買うみたいだな」

「……なによあの男、自分で全部払おうとして。懐深いアピールなわけ?」

「いや、孝平がポップコーン食べたいって言ったんだろ。食べたいと言った側が支払おうとするのは当然だと思うが」

「……むぅ」


おい、指摘に失敗したからって不満そうにするなし。


「舞宵達入っていったわ。私たちも行くわよ」

「入るのはいいが……何かないと寂しくないか?」

「別に何もいらないわよ。いいから行く……あ」


一貫してるねぇと思いつつシアターに向かおうとするが、隣がついてこない。

振り返るとストイック女はその瞳をキラキラさせながら売店のメニューを眺めていた。


「――イチゴ味のポップコーンだ。なにあれすごい惹かれる」

「え?」


それは全く聞き慣れないものだったが、売店を確認すると確かにある。

覚えがないのも当然で、期間限定メニューとして販売されていた。


この反応、よっぽどイチゴが好きみたいだな。

そういえば、あの日もカフェで苺ショートケーキ頼んでた気がする。

いやなんでそんなの覚えてるんだよオレ。


……すっげぇ食べたそうにしてるなぁ。


「……買うか? 半分出すけど」

「え、いいわよ。私が食べたいんだし……あ」


目を丸くして遠慮する様に思わず笑いが漏れた。


「クフッ、さっきオレが言ったまんまじゃねーか。アンタも同じだな」

「うっ」

「フフ、いいよ。半分出すから食べようぜ、ほら」

「むぐぐ」


なんだ、正直嫌な女と思ってたんだが、意外と根はそうでもないのかもな。




======




「ふん、変なことしてる様子はなさそうね」

「おい、二人の様子を見るのは良いが、せっかく映画館にいてポップコーン買ってるんだ。それらも楽しまないと損だぞ」

「今日の本分は舞宵とあの男の監視よ、忘れないで」

「まあまあ。ほら、イチゴ味ポップコーン食べてみようぜ」


放置すればするほど湿気て美味しくなくなってしまう。

せっかく買ったのだから早いうちに食べておきたい。


「全く……いただきます。ん~おいしい~」

「いただきまーす。……うん、意外とうまいな」


口の中でポップコーン特有の気持ちの良い食感と甘いイチゴの風味が広がり、後から塩の味が追いついてくる。

キャラメルとはまた違ったこの甘じょっぱさ、悪くない。

これは癖になりそうだ。


いけるなと思いつつ次のと手を伸ばし――


「あれ?」


さっきと比べて明らかにポップコーンが少ないことに気づく。

隣を見ると、すごいペースでポップコーンに手を伸ばしていた。


「はむ、はむ、ん~。はむ、はむ」

「あ、あの? おーい」


コッチの声は聞こえていないようで、一心不乱にポップコーンを食べている。

その表情は満面の笑みで、今までの冷たい表情が嘘のようだ。


――あっ、ついに容器ごと持っていかれた。

ま、まあ気に入ったのならよかった。

アンタお腹空かせてるんだし、好きなだけ食べてくれ。




お隣さんがポップコーンの大半を平らげる頃に映画の本編が始まった。


本編もいいけど、それまでの予告を見るのも面白いよな。




************




映画本編が終了し、エンドロールが流れ始める。


オレ個人の感想として、ストーリー都合の若干無理矢理な展開はあったものの、少女漫画風の描写だけではなくヒーローのカッコイイアクションシーンもあり、少女漫画に明るくない人でも楽しめるものだったと思う。

こういったジャンルを好まないオレでも面白いと思えたし。

しかし、こういうのは男だけで見るってのもちょっと恥ずかしいのに、ましてや男女二人となるとな……


孝平達の様子をちらちら伺っていたんだが、案の定恥ずかしそうにしながら映画を見ていた。

変にギクシャクしてなければいいが。



そう、なんだかんだ映画を楽しみつつもオレは一応二人の様子を見ていたんだよ。


でもお隣さんは――



「ふん、やはり男は勝手ね。こちらの気持ちなんか全然考えていないのよ」


そう不満げにし、


「なんでこの男度々現れるのよ。あんな口叩くならどっか行けばいいのに」


さらに文句を重ね、


「ああそんな! そんな事情があったなんて……」


衝撃の真実に口元をおさえ、


「うぅ……彼女も彼女よ! なんで寄り添って……うぅ」


シリアスな展開にボロボロと涙を流し始めた。


溢れる涙をぬぐおうとハンカチを探すが、暗さもあってすぐに見つからない様子。


「お、おい、これ使ってくれ。今日一回も使ってないから」

「うん、ずずっ、ちーん!」

「そっち……?」



そしてハッピーエンドを迎え、ヒーローとヒロインが抱擁するシーンを見て、


「よかった。二人の思いは通じたのね」



――とまあ大層映画に集中しておられました。



あー楽しむのが一番だよな。

いいと思うぜ、うん。




――――――――――――

おまけ


『平常コイん! 私と彼のオモテとウラ』

絶賛上映中!



今日から私も高校生。花のJKとして青春を楽しむぞ~。

そう意気込んでいるとクラスメイトにはすごいイケメンがいて、こんなイケメンと学校生活を送れるなんて夢見たいって大歓喜した。

でもそのイケメンから向けられる言葉は罵倒の嵐で。

会ってもひたすら罵られるだけだから会いたくないのに同じクラスだから会っちゃうし、学校以外でも何故か会ってしまってやっぱり馬鹿にされる。

何この男、もしかしてストーカー?

でもそれなら会って拒絶されるのよくわからないし、もうなんなのよ~!



あの子が幼少の時に施された封印。それの影響で俺のことは忘れてしまっている。

封印を解く鍵は俺と再び仲良くなり、とあることを思い出すこと。

だが、彼女の封印が解かれてしまえばまたあの悲劇が起きてしまう。

そんなことを許すわけにはいかない、あの子に傷ついてほしくない。

だから二度とあの子と会わなければいいと思ったのに、ならばとかの者たちは彼女に直接危害を加えようとして来ている。

もうあの子と昔の関係に戻ることはできない。

でも、彼女に手を出すものは許さない。

俺があの子を守ってみせる。

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