第八話『勉強、勉強、おまけに勉強』
GWが明け5月の中旬に差し掛かった頃、中間テストが迫ってきた。
入学して初めてのテストだ、気合い入れていかないとな。
「な、孝平」
「……」
「孝平?」
求めた同意には何も返されない。
教科書から顔をあげると、孝平は机に顔を突っ伏していた。
「ハァ……高校の内容難しすぎ」
「いつも言ってるじゃん、こまめに復習しとけよって」
「それでやるなら俺はもうちょっと頭がいいよ」
「そりゃそうか」
「ひどい!」
わーわーと騒ぐ孝平を無視して時計を見る。
勉強を始めてから1時間は経過していた。
「わーわー! ……あー勉強嫌だー」
「おいおい、受験の時さんざん勉強しただろうが。慣れたもんだろ?」
息抜きがてら孝平の話に応じる。
「慣れるわけないじゃん! 地獄の日々だったよ!」
「そうだったか?」
疑問符を浮かべつつ、当時のことを思い起こしてみる。
「地獄の日々ねぇ――」
≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈
『真人ー中間テストどうだった?』
『いつも通り、まずまずだ』
真人はなんてことないといった様子でそう返す。
孝平は後ろから真人が手にしている成績表を覗き込み、そして顔を歪ませた。
『……まずまずとか言っときながら平均90点行ってんじゃん、バケモノだ……』
『バケモノ言うなし。孝平は……もっと勉強しないとな。とりあえず平均70は行こうぜ』
『えー』
『そんなんじゃオレと一緒の高校は行けんぞ』
『うっ……』
「ほんと、よくあんなので一緒のところ行きたいって言ったよな」
「やっぱ孝平と一緒に通いたかったからさ」
「その気持ちは嬉しいけどもさ」
『よく部活しながら勉強できるよね。テスト期間だってなんだかんだ練習してるし』
『日頃からコツコツやっていれば何とかなるもんだ。……本気で一緒のとこ行きたいんだったらそろそろやらないと無理だぞ?』
真人の冷たい言葉を受けて孝平は肩を落とす。
『……そうだよね、流石にこのテスト見てまずいなって俺も思ったし』
『オレが部活じゃないときは教えるからさ。頑張れよ』
「でも結局一人じゃ勉強できてなかったよな」
「わからないってなるともうやる気なくなるんだよぉ」
ある日の勉強中、孝平が真人に泣きつく。
『まひとぉぉ。わからないよぉ』
『その場しのぎしかしていない証拠だな』
『お願い! 今後は休日全部家来て勉強教えて!』
『えぇ……』
「まさかその後の休日はずっと、部活の前か後に孝平ん家で勉強することになるとはな」
「ああでもしてないと投げ出してたと思うからさ」
「ふーん。にしても全然地獄の日々じゃないじゃん。どちらかと言えばオレの方が多忙で地獄見えてね?」
「いやまあ確かにその頃はまだ余裕があったけどね……」
中学最後の夏休みが終わり、真人は部活を引退した。
『真人、引退お疲れ様』
『サンキュー。悔いなく終われてよかった』
『これからはもっと遊べるね』
『何言ってんだよ孝平』
『え?』
真人と孝平は共に不思議そうな顔を浮かべる。
『これでようやく孝平の勉強に集中できる。まだオレの志望校レベルじゃないんだ、頑張っていこうな』
『え、いや、今までぐらいでもなんとかなるんじゃ……あはは』
『ン?』
真人はその前髪の奥でにっこりと目を細める。
孝平視点ではその表情を確認できなかったものの、とてつもない嫌な予感だけ覚えて顔を引き攣らせる。
『いや、えと、その……』
『さーて帰るぞー!』
『ま、まひとぉ~』
「真人が部活引退してからはほんとすごかった……放課後ほとんど毎日勉強してたし、休日だって勉強勉強」
「ちゃんと息抜きはしてただろ?」
「いやいや、本当に勉強するか遊ぶかでだらだらする時間なんてなかったじゃん!」
「まさしく学生の本分だな」
「極めすぎだよ!」
受験日が迫ってきたある日。
『あいまいみーまい……ごうどうそうじ……してんりきてんさよーてん……』
『孝平?』
『ふふふ、いいくにつくろう……ぜったいぜつめい……』
『しっかりしろ!』
肩を大きく揺さぶることでようやく孝平は真人の方を向いたが、その目の焦点はどこにも結ばれていない。
誰が見ても孝平は正常でなかった。
『なんだよまひとー。つねにふくしゅうしておかないと~』
『逆にめちゃくちゃIQ下がってるからな?』
『あと、すこし……あとすこしでかいほう……』
『……大丈夫かこれ』
「受験日一ヶ月前辺りからが一番やばかったな」
「そうなんだ。その辺全然覚えてないや」
「……オレそんなに追い詰めてたか?」
「受かりたい気持ちとか勉強へのストレスとかのいろんな気持ちがごちゃ混ぜになった結果、かな?」
「もうちょいメンタルケアに努めるべきだったか」
月日は流れ、合格発表の日。
真人と孝平は自身の受験番号と張り出された受験番号を見比べていた。
『オレの番号は……あった! 孝平は』
『……』
『ど、どうだ?』
『――うがっだぁぁあ~やっだぁぁぁ~ありがどう~』
『うわぁ!?』
≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈
「――ほんと合格できてよかったよな」
「父さんも母さんもすごい喜んでくれたし、つらかったけど真人には感謝感謝だね」
「よく頑張ってくれたよ」
「うん……マジであの時の俺はプロの学生だったと思うよ……」
「まあ涙と一緒に知識も流れていっちゃったけどな」
「そ、それは言っちゃダメな奴かなー」
マジで合格発表の次の日に記憶喪失になったかと思ったわ。
「ほんとは入れてよかったよ。ここに入れてないと佐倉さんと会うこともなかったかもだし」
「このために頑張ったってか? それを言うにはまだ早いと思うが」
「いいんだよ! 佐倉さんのおかげで毎日がもっと楽しいんだし」
そう言って孝平は笑みをさらに深める。
青春してるねぇ、いいことだ。
「最近はどんなこと話してんだ?」
「相変わらず他愛もないことだけど……あ、佐倉さん食べることが好きって理由で高校では料理部に入ったんだって」
「ほーそういう女の人は珍しくないと聞くが、それでもちょっと意外だな」
「グルメなイメージは沸かないよね」
「まあオレは一回しか見たことないからイメージも何もないんだが」
そういう
「ちなみに、孝平としてはそのギャップいかかです?」
ふざけ気味にそう聞くと孝平はこぶしを力強く握りこみ――
「――イイ!」
「プフッ、そ、そりゃあよかったな、フハッハッ!」
生き生きとした表情で拳を突き上げる孝平の姿がおかしく、しばらくツボに入った。
「ハハ、あーおもしろ」
「佐倉さん、今何をしてるのかなぁ」
確か向こうはウチよりちょっとテスト日が遅いぐらいだったはず。
「そりゃ勉強してるだろ。孝平も負けずに頑張らないとな」
「えーこうも難しいとやる気も出ないよ」
「そりゃ勉強しなきゃわからんままだろ……どうしたらやる気でる?」
「そんなのわかれば苦労はないよ」
モチベーションに繋がる何かねぇ。
「そうだ、佐倉さんを誘って勉強すればよかったじゃん」
「え、そ、それは……」
言っておいてあれだが、好きな人の前だと集中できないもんなのか?
でも世の学生カップルとかよくやってるらしいし、オレも気にせず勉強してたしな。
「向こうは学力はどんな感じなんだ?」
「佐倉さんはそうでもないらしいんだけど、親友さんがすごい頭良いんだって。その人に教えてもらってたおかげで順位も結構高かったらしいよ」
「へぇ」
親友と聞いてGWに会った女のことを思い浮かべる。
アイツ頭もいいのか。
容姿端麗頭脳明晰、すさまじいな。
あとは何が続くんだか。
「佐倉さんに教えてもらえるならやる気出るんじゃないか?」
「それいいなぁ。あ、でも勉強範囲とか違うかもだし」
「似たような科目ぐらいあるだろ。いけそうだったら教えてもらえないか聞いてみたらどうよ」
「そうだね。おーなんかやる気出てきた! ……でも今回は無理かぁ」
一瞬声に力が戻ったものの、すぐに現実に打ちひしがれてしまった。
「やる気出してすぐ萎えるなよ」
「ハァ~」
「ま、佐倉さんとやるときに恥かかない程度には勉強しておこうぜ」
「……はーい」
しぶしぶといった様子で顔をあげてシャーペンを手に持つ孝平。
勉強を再開させ、そこからしばらくカリカリという音が響いた。
〇▲□★
数日後にテストを控えた土曜日、本日は孝平の家で勉強している。
「真人、そろそろ休憩しない?」
「んー? おお、いい時間か」
午前中から勉強し始めて今は昼。
ペンを置いたところで部屋外から声がかかった。
「真人くん、孝平ー。そろそろお昼よー」
同時にガチャっとドアが開く。
「お、母さんナイスタイミングー」
「今ちょうど区切りつけたところなんですよ」
「あら、ちょうどよかったわね~。ご飯の準備できてるから食べて食べて」
「いつもありがとうございます」
「いいのよ~。真人くんは二人目の息子のようなものだから。何度も言ってるけど、そんなに堅苦しくしなくていいのよ?」
「い、いやぁ……どれだけ親しくなっても目上の人に向かってため口は
「そう、残念ねぇ」
この人も含めて孝平のご両親にはとてもお世話になっているため、どうにも敬語を外そうって気にならない。
多分いつまでも敬語のままなんだろうな。
「母さん、今日のご飯は何?」
「ナポリタンよ。さ、行きましょ」
************
「美味かった」
「お腹いっぱいだ」
いつもながら美味しいご飯だった。
勉強場所だけじゃなくご飯も作ってもらえるし、至れり尽くせりにも程がある。
「てか毎回皿洗おうとしなくていいって。遠慮されてるようで悲しいっていつも母さん言ってるよ」
「んーオレが食べたんだしなぁ。別に遠慮とかじゃなくそうするべきと思うんだが」
「いいんだよ。真人が美味しいって言いながら食べてるの見られるだけでいいって言ってたから」
「良い人すぎる」
ほんと、良い人ばかりの一家だよ。
「あ、佐倉さんから返信来てる」
「ん?」
見せてもらったメッセージはいまだに敬語口調だったものの、文面自体は気安い感じで勉強に困っているという話がされていた。
「捗ってない感じみたいだな」
「うん……なんか最近親友さんとうまくいってないんだって。その関係で一緒に勉強できないみたいで」
「ああ、教えてもらってたとか言ってたな」
アイツまだ仲直りできてなかったんかい。
もう1ヶ月になるんだが。
「その人のことで相談受けたりしてるのか?」
「たまにね。あんまり詳細は言えないけど、今はうまくいってないけど友達をやめたいわけではないからどうしたたらいいか悩んでるみたい」
「へぇ、そんな相談してもらえるぐらいの仲になってるのか、すげぇじゃん」
「佐倉さんが言うには言える相手が俺しかいないってことらしいけど」
その苦笑いを見て察してしまう。
それがロマンス溢れる言葉などではなく、本当に孝平しかいないという悲壮感溢れるものということに。
「……じゃあしっかり相談に乗ってあげないとな」
「もちろん。女の子同士のこととなるとよくわかんないけど、何かきっかけが作れればいいねって話してるよ」
「なるほどな」
おい、きっかけがあれば佐倉さんと仲直りできるチャンスがあるかもしれないってよ。
早く動けよな。
「ってことは今佐倉さんは一人で勉強してるのか」
「そうみたいね」
それはちと寂しいねぇと感じつつ勉強を再開する。
――いや、待てよ。
それチャンスじゃね?
「孝平、今だ」
「なにが?」
脈絡もなくそう口にしてしまったため困惑させてしまった。
しかしのんびりしてる余裕はない。
「今、誘え。明日勉強しようって」
「え、えぇ!?」
「佐倉さん一人だと捗ってないんだろ? なら一緒に勉強すりゃあちょっとは捗るだろってことで」
「な、なるほど」
いきなり明日会おうってのは唐突すぎるとは思うが……最近仲良くなってきてるんだしなんとかなるだろ。
こういうのは勢いだ勢い。
「で、でも俺勉強教えられないよ?」
「別に教えられなくてもいいだろ。一緒に勉強するってだけで変わってくるだろうし」
「まぁ……確かに一人よりは捗るかも」
「だろ? オレとちゃんと勉強してるんだし、テスト範囲が重なってれば少しぐらいはなんとかなるだろ。行かない理由はないぜ」
「そ、そうだね。よし、誘ってみる……!」
「そうだ、いけいけー」
真剣な表情で携帯を操作する孝平の横で、両腕を交互に振って応援する。
そのまま見守っていると、すぐに孝平の表情が明るくなった。
提案自体は完全にその場のノリだったが、タイミングが噛み合ったのか即OKとのこと。
ちゃんと進展してるようで何よりだ。
「やった、佐倉さんに会える! ありがとう真人!」
「一応メインの目的は勉強だからな? 相談事もあるかもだが、そこは忘れるなよ」
「もちろん! しっかり勉強しつつ楽しんでくるよ! はっはっは。勉強、なんて良い響きなんだろう」
調子のいいことで。
まあテスト間近にしてやる気が満ちているようで何より。
オレも力が入るというものだ。
「さて、じゃあみっちりいくか」
「え?」
「明日勉強を教えるかもしれないのなら今日詰め込むしかないだろ?」
「あーイヤ、俺はもう十二分に勉強できてるかなーって」
「ン?」
「わぁーその感じどっかで見たことある―」
「よーし、寝るまで勉強祭りだー!」
「い、嫌だぁぁぁ!!!」
いつも通りお泊りさせてくれた孝平の両親に感謝しつつ、寝るまで復習をしまくった。
孝平の寝顔は死人のように安らかだったよ。
さて、孝平いないのに家にいさせてもらうわけにもいかないし、明日はどうするかな。
そんなことを考えながら寝ようとしたところで、携帯にメッセージが入ってることに気づく。
『明日の朝9時半、駅前集合』
うげぇ……
――――――――――――
おまけ
合格がわかった後
「どうざん、があざん、俺受かったよ~!!!」
「二人とも? やったぁ!!! うぅ、よかったわねぇ……」
「よく頑張ったな」
「ゔん~」
「よし、今日はお祝い会だ!」
うお~
どんちゃん♪どんちゃん♪
――次の日
「よう、孝平。いい顔してるな」
「もう何も気にしなくていいからね!」
「昨日はため込んだストレス吐き出すかのように泣きまくってたもんな」
「おかげですごいすっきりしたよ! もうきれいさっぱり!」
「今はいいけどまだ学年末もあるし高校はもっと大変なんだからな。勝って兜の緒を締めよって出ただろ?」
「……なにそれ?」
「え、だから受験のテストで…………えっと、数学の――は?」
「なにそれ」
「れ、歴史の――は?」
「ナニソレ」
「……(口をあんぐりさせて唖然としている)」
「……てへ☆」
思いっきりデコピンした。
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