第十話『お互い収穫はなく』
お昼時を迎える。
昼食を求めて人が増え、フードコートは更に騒がしくなった。
「腹が減ったな。孝平たちも昼食みたいだぞ」
「そうね、私たちもお昼にしましょうか」
よかった、今回は昼食ありらしい。
まあコイツも我慢できてなかったし、育ち盛りに昼飯抜きはやっぱきついよな。
さて、何を食うか。
フードコートだと自由に選べるから昼食で気を使わなくていいのいいよな。
やっぱ気分によって食べたいもの変わるし。
いくつか候補を思い浮かべていると、向こうが立ち上がり席を離れていった。
……てかアイツ、今帽子と眼鏡をつけ直して買いに行ってなかったか?
勉強の邪魔になって外してたのかよ意味ねーじゃん。
――コホン、気を取り直してオレも昼飯買ってこよう。
今日はラーメンにしようかね。
「いただきます」
ズルズルと麺をすする。
うん、フードコートでもちゃんとうまいんだよな。
「ちょっと」
「ん? どうした、こめかみ抑えて」
「んく。あんたねぇ……私の目が確かならあの男もラーメンを食べてるように見えるんだけど?」
孝平の手元を見る。
「おう、孝平もラーメン買ってたからな」
「おう、じゃないわよ! ばれたら契約破棄なのよ? わかってる?」
ちゃんと食べたもの飲み込んでからしゃべってるあたり行儀はいいんだろうが……それはそれとしてやかましい。
「ちゃんと帽子被ってたから大丈夫だ。いちいち人の顔とか見てないし、堂々としてたら目につかないって」
「嘆かわしいわね。私はわざわざスーパーでパンを買ってきたのよ。私の意識を見習うといいわ」
わざとらしく首を振った後、得意げな表情を浮かべて自分の買ったものに手を向ける。
手に持ってるメロンパンの他にあんぱん、イチゴサンド。
見事に甘い系ばかりだな。またイチゴだし。
ふむ、
「牛乳は買ってこなかったのか」
「――ハッ……じゃない! だから、いらないの!」
「そのつもりのあんぱんではなかったんだな」
てっきり狙ってのものかと……おっと、早く食べないと伸びる。
ズズズズ~
◇◇◇◇
「ごちそうさまでしたっと。しかし随分しっかりとあっち見てたな。特に何もなかったと思うが」
「もし一口食べさせるとかやろうものならすぐに殴りこみに行かないとだから」
「や、それはやらないだろ……」
流石に同性か恋人とかじゃないときつい。
というか、
「ラーメンで一口あげるはちょっと難しくないか……?」
お互いにその光景を想像する。
「……シュールね」
「仮にやる気があったのならミスチョイスと言わざるを得ないな。やるならオムライス食べてた佐倉さんの方だろ」
「はっ、舞宵がそんなはしたないことするわけないでしょ。私にはしてくれるけどね!」
「張り合うな張り合うな」
幼馴染で親友だろ?
そりゃそれぐらいしても違和感ないわ。
そんなこんなで昼食を終え、再度勉強に取り掛かった。
************
孝平たちを眺めていると、広げていた教科書やノートを片付け始める。
勉強の区切りがついたようだ。
「おい、勉強終えてどっか行くみたいだぞ」
オレの声に顔をあげ、冷笑を浮かべる。
「あら、もう集中力が切れてお遊びモードなの? 舞宵がかわいそうね」
「いや、もう16時超えてるからな?
そう言って携帯の画面を見せると、アイツはえっ、と目を丸くさせた。
全く時間の経過に気づいてなかったらしい。
「途中から勉強にすごい集中してたな。おかげで二人の方見てなかったみたいだが」
「……結構時間すぎてたのね、こほん。で、でも舞宵がかわいそ――」
「ちなみに佐倉さんはさっきから集中力切れてぐてーっとしていたぞ」
「……」
流石親友。
見てなくても彼女のその姿がありありと想像できたみたいだ。
「1、2時間息抜きがてらぶらついて解散ってところだろ。ついていくんだよな?」
「当然」
そう言ってすぐさま片付け、帽子と眼鏡を着用して立ち上がった。
「ま、ついていっても何もないと思うけどな」
「どうだか。もし舞宵に触れようとしようものならすぐにとっ捕まえるんだから」
「探偵の次は警察か」
随分と自由な立ち回りなことで。
======
ウィンドウショッピングをする二人を追う。
前も見てたのに見飽きないんだろうかと若干不思議に思ってしまう。
まあ様子を見るに問題ないみたいだが。
流石に今回は二人の会話の内容なんて予想つかんな。
こういう服が流行なんだよ、とか言ってるのかね。
「なかなか尻尾を出さないわね」
「孝平は人間だぞ」
「は?」
「や、冗談ジョーダン」
「面白くない」
ストレートすぎて辛いぜ……
孝平ならもうちょっとはノってくれるのに。
「だからつかまれて不味いようなもの孝平は出さないって」
「どうせその内つまらなさそうにするに決まってるわ。男はああいうの好まないって聞いたわよ」
「まあ、あてもなくぶらぶらってのはオレも孝平もあんまりしないな。女の人ってそういうの好きなのか?」
「さあ? 舞宵は中学から服見るの好きになったみたいだけど、私はそんなにね」
「ふーん」
結局人によりけりってことらしい。
しかし孝平には女友達も複数いるわけで、そういうのに付き合うことだってあるんじゃないだろうか。
であれば慣れててもおかしくはないが。
「まあ1、2時間ぐらいなら大丈夫だろ」
「残念ね、つまらなさそうにしているところを写真に撮って舞宵を失望させようと思ったのに」
「うわぁ」
その陰湿なやり口に思わず声が漏れる。
文句言わない限りはそれぐらいで失望しないであげてほしいぜ……
「けどそれ尾行してるのばれるじゃん」
「……写真じゃ厳しいわね。現行犯で捕まえないと、か」
本格的に警察になってきちゃったな。
「まあまあ、佐倉さんが楽しそうにしている限りは穏便にな? そういう契約だし」
「ふん、私が黒と言ったら黒よ。グレーな間だけあんたの言い分を聞いてやろうってだけで」
うーむやはり理不尽。
こんなのに公的権力は絶対渡したくないものだな。
「でも強引な判断は佐倉さんを悲しませるだけだよな?」
「もちろん、舞宵第一よ」
「ならしばらく様子見だな」
「仕方ないわね」
フッ、佐倉さんを引き合いに出せばチョロいのは良いことだ。
頼むぜ孝平よ。
こっちはなんとか抑えるから、佐倉さんの好感度を上げ続けてくれよな。
======
尾行を続けるが特に隣がいきり立つようなことは発生しない。
特に意味なく終わりそうだ。
「会話が聞こえないのがほんともどかしいわね。あんたあの男に盗聴器とか仕掛けなさいよ」
「警察なのに犯罪を焚きつけるのか」
「は?」
「イエ、ナニモ」
たまにはノリツッコミぐらいしてくれないだろうか。
今日何回睨まれてるんだよオレ。
「無茶言うな。アンタが佐倉さんにやってくれ」
「ハァ……何話してるのかしら」
「佐倉さんの顔を見るに大丈夫だろ」
「それはそうだけど……あの男、時々舞宵に背を向けてるのが気になるわね」
普通に話してたかと思えば急に別の方に体ごとそらす孝平が時々目に入る。
佐倉さんは気にしてないんだろうけど、傍から見てるオレらとしては違和感バリバリだ。
「ほら、今もやった。何を隠してるんだか」
「やーあれは多分……」
「何よ」
「うーん」
オレの煮え切らない態度に苛立たしげな反応を見せる。
あの動きの意図はなんとなくわかるが……えーこれオレ説明しなきゃいかんの?
やだなぁ……
「契約違反かしら」
「そういうわけじゃないが……ハイハイ。アレはただ単に悶えてるだけ」
「悶える? 持病でも持ってるの?」
そうじゃなくて……あーもう察してくれよ!
説明するの恥ずいんだけど!
「だから! アレは、好きな人の笑顔とかに耐えられなくなって、その……」
「あ、あー」
なんでこんな時に限ってそんな反応薄いんだよ!
怒ったりとかしてくれたら誤魔化せるのに、なに気まずそうにしてんだ。
何故にオレが親友が「あー好きだなぁ」みたいに思ってるって解説しなきゃいけないんだよ。
「あの男、本気で舞宵のことが好きなのね」
「……応援する気になったか?」
「それはないわ」
残念。
************
「結局ただぶらついただけで何もなし。二人はずっと楽しそうだった。以上!」
「本当に尻尾出さなかったわねあの男……」
「だろ? じゃあ孝平を認めて――」
「うるさい」
ハイ。
「舞宵も舞宵よ。あの男と話してるだけであんなに楽しそうにしちゃって」
最近そんな顔見せてくれないくせに。
そんな呟きが耳に入った。
「え、なに嫉妬?」
「はあ!?」
アイツの顔が怒りで赤く染まる。
そしてその怒りのまま声を張り上げた。
「なわけないでしょ! そんなの抱くほどあの男と舞宵が仲良いわけないわ!」
「ま、そりゃあそうだよな。なんたってアンタと佐倉さんは親友だもんな」
「ええそうよ!」
色々と過剰とはいえ、コイツの行動はすべて佐倉さんを思ってのものだ。
佐倉さんの内心がどうかはわからないが、コイツは常に彼女の身を案じている。
こんな短期間でもその気持ちははっきりと伝わってきた。
「そう……私たちは親友、なのよ」
「……」
しかしアイツの勢いは続かない。
意気消沈といった様子でつぶやいたそれはとてもか細いもので、少なくともオレに向けての言葉ではなかった。
であればオレが何か反応する必要はない。
「んじゃ、また次の機会があれば」
「……えぇ」
かろうじて返事をした後、アイツはオレに背を向けて歩き出す。
その後ろ姿はとても小さく見えた。
姿を見送った後、その場から移動する。
しかしさっきの姿が頭から離れず、考えに耽る。
孝平は昨日言っていた。佐倉さんはきっかけさえあれば仲直りしたがってる、みたいなこと。
ここでアイツにそれを伝えれば、アイツと佐倉さんが仲直りすることもあるのかもしれないな。
……まあ、そんなことするつもりないけど。
たまたまオレは両方の情報を知れる立場にいるが、それを漏らすのはあまりにも勝手な行為だ。
そんなことをしてしまえばいろんなものが失われてしまう。
大前提としてオレのアイツの関係はものすごく歪で不安定なもので、少しでも要らぬ刺激を与えてしまえばすぐに消滅してしまうもの。
その程度のオレがアイツと佐倉さんの関係に口出しなんてできるわけがない、許されるはずもない。
それぐらい他人の問題に踏み入るのは難しい行為だ。
よって、オレにできることはない。
――ただ孝平なら、きっとそうは考えない。
さっさとそれが許される関係に発展させ、何かできることはないかと踏み入って行くはずだ。
あんなにおせっかいを焼いてきた孝平なら。
だからこそ佐倉さんからはいろいろ相談されているわけで。
オレがもし孝平みたいな人間だったらアイツのあの顔を見た瞬間にすぐ行動していただろうさ。
ではオレはそんな孝平を見習うべきか?
「――はっ、バッカじゃねーの」
自分の思考を思いっきり鼻で笑った。
オレが孝平みたいになるって?
できるわけねぇなそんなこと。
あまりにも馬鹿馬鹿しい……とんだ妄想だ。
それが上手くいくのは孝平みたいな良いヤツだけだ、自惚れるなよ橘真人。
思考を打ち切り、乾いた喉を潤そうと飲み物に手を伸ばす。
手のひらにくっきりとついた赤い爪痕は見ないふりをした。
――――――――――――
おまけ
今日以降のいつか。
「なあ孝平、ラーメン一口食べさせてあげるから口開けてくれよ」
「は、ラーメンを? そのまま? 小皿とか使わず?」
「おう、このまま。ほら、あーん」
「ちょ、ちょっと真人! めっちゃ汁垂れてるって!」
「早く口開けろよ」
「ああもうっ、あー……あついあつい! 横からじゃ全然食べられない!」
結果下から覗き込むようにして頑張って食べた。
「うん、やっぱりラーメンであーんはないよなぁ」
「そりゃあそうでしょ……何がしたかったのさ」
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