第4話
自慢じゃないが、俺の腹時計は支配人が持っていた時計よりはるかに正確だった。
そんな腹の減り具合から感じて、今の時刻はおよそ十二時前後といったところだろうか。
ようやくミーシャから聞いていたあるものが見えてくる。
ミーシャの歩調に合わせてのろのろと歩いているせいで、予定よりずいぶんと遅くなってしまった。
「ぜー、はーっ……み、見てください。あれが国境を示す看板ですよ……」
俺からするとかなりペースを落として、身体強化を使わずに歩いているんだが、どうやらミーシャからするとそれでも大分キツいらしく。
彼女は身に付けていたローブを脱いで、汗だくになっている。
ちなみにローブは俺が毛皮と合わせて持っている。
彼女が細い指先で指し示しているのは、一枚の看板だ。
ミミズがのたくったような文字が書かれているが、当然ながら俺に文字は読めない。
「なんて書いてあるんだ?」
「これより先、バステルと書かれていますね」
「ふぅん……」
国と国との間だからもっと色んな壁だの兵士だのがいるんだと思ったが、警備は俺が想像していたよりもはるかにゆるかった。
というか、行き来を監視する兵士の姿すら見えない。
「ヘンデル王国とバステル王国は表向き友好関係を結んでいますからね、国境に兵士を貼り付けたりはしませんよ」
「そういうものか」
話をしながら歩いていく……が、俺の足は看板の前でぴたりと止まった。
ここから先はバステル……奴隷制度の存在しない、自由と責任の国だ。
つまりここを超えれば、俺は奴隷ではなくなるわけだ。
奴隷であることが当たり前だとばかり思っていたが……まさかこんなことになるとはな。
少しだけ感慨深い気分に浸っていると、ミーシャに怪訝そうな顔をされてしまった。
「ギルさん、どうかしましたか?」
「……いや、なんでもないさ」
スッと足を前に出す。
通り抜けようとした瞬間に誰かが駆け寄ってきて連れ戻されるというようなこともなく、足はするりと先へ抜けていった。
国境を越えても、当然ながら何かが変わることはなかった。
今し方口にしたように、取るに足らないようなことでしかない。
「――フッ」
理由はわからない。だが今の俺は笑っていた。
それを見てミーシャが何か言いたげな顔をしているが、それは無視して先へ進む。
「ほれ、急がないと置いていくぞ」
「と、止まってたのはギルさんじゃないですか! それともうちょっとペースを合わせてください、私、これでも女の子なんですよ!?」
まだまだ元気じゃないかという言葉は飲み込み、俺は黙って少しペースを落としてやることにした。
今の俺は気分がいい。
話をしながらゆっくり街へ向かうというのも、不思議と悪くはない気がした。
これから先、俺は冒険者としてやっていく。
となれば先輩であるミーシャから色々と話を聞いておいた方が良いだろう。
「さっきから何度か出てきたがランクについて教えてくれないか?」
「ランクというのは……魔物の討伐難易度みたいなものです。ランクによって討伐で得られる報酬が変わってくるんですよ」
「ふむ……話を聞いている感じ、BよりもAの方が強いんだよな?」
「はい、F・E・D・C・B・A・Sの順で強くなっていきます」
このランクというのは純粋な強さだけではなく、冒険者をとりまとめるギルドへの貢献度や依頼の達成率、ギルドの上役への印象値などの複数の指標で評価されるらしい。
ちなみに先ほど倒したダイヤウルフはDランクだったようだ。
「Eランクなのにダイヤウルフを二匹倒した私は、Eランクの中では上から数えた方が早いくらいには強いんですよ、えっへん」
「狼に襲われて半泣きだったミーシャに、そんな自信満々に言われてもな……」
「は、半泣きじゃにゃいですっ!」
下唇を噛みながらこちらを睨むミーシャの瞳が潤み出す。
な、なんで急に泣き出すんだ……訳がわからん。
「……ぐすっ、少なくとも今から向かうサドラの街にはAランク冒険者パーティーは一組しかいません。高ランクの魔物というのはそれくらいには稀少で、強いんです」
さっきの醜態をなかったことにしたいらしい彼女に、ここは合わせておくことにする。
ふぅむ……Aランクというと、あのカイザーコングなんていう大層な名前のついたゴリラと同じ強さということになる。
つまり冒険者自体、大して強くないということか。
俺は何度か別の闘技場に遠征に行き、向こうの王者をボコボコにしたことがある。
場合によってはそのAランク冒険者にしっかりと上下関係を叩き込む必要があるかもしれないからな。
腕っ節が全ての業界というのは、やはり舐められたら終わりなのだから。
(しっかし、あのゴリラがAランクか……)
あいつより強い騎士と戦ったこともあるせいでどうにも実感が湧かないが……逆説的に言うと、俺にはAランク相当の戦闘能力はある、と言えそうだ。
となると……もしかすると冒険者になってもまた、勝つことが当たり前の退屈な日々が続くのか?
そんな風に考えた瞬間、喉の奥が妙にざらついた。
「……渇く」
ごくりと水を飲むと、少しはマシになった。
今から考えても仕方ない。
そのあたりはさっさと冒険者登録をしてから考えればいい。
「遅いから、担いでいくぞ」
「ちょ、ちょっと待ってええええええええええっっ!!」
最初はいいと思っていたが、いい加減遅いペースに耐えきれなくなった俺は、ミーシャを肩に担ぎながらそのまま街道を駆けていく。
先ほどまでの鈍行が嘘のように一気に進み、俺達は一時間もかからないうちににサドラにたどり着くのだった――。
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