第6話


「リ、リンドさん!? 何もギルドマスターが直接出なくても……」


 紫髪の男は、どうやらギルドマスターらしい。

 ミーシャに聞いたところによると、このギルドで一番偉い人物ということだった。

 力を生業としている者特有の、研ぎ澄まされた暴力の気配を感じる。


 剣闘士の中ではそこまで大柄ではない俺と比べると、一回り大きい。

 見上げるほどの身長だが、筋肉量はさほどない。

 ただ腕と足の筋肉からは、しっかりと鍛え上げていることがわかるしなやかな躍動が見て取れた。


「よし……」


 やるならこの場でいいだろう。常在戦場、戦いがある場所はすべからく戦場だ。

 紐で背中にかけている背骨に手をかけながら、身体強化を発動させる。


 そのまま近付きながら振り抜こうとしたところで……視界の端にいるミーシャがこちらをものすごい形相で睨んでいることに気付く。

 ものすごい鼻息が荒くなっている彼女を見て、柄を持ったところで動きを止めた。


「おいおい、ここでおっぱじめる気か? ずいぶんな狂犬だな」


 紫色の髪の男はそれだけ言うと、ギルドを出ていった。

 骨を背負い直し、黙ってついていく。

 気付くと俺の隣にミーシャが立っていた。


「今、絶対この場で戦おうとしてましたよね!? 普通手合わせはギルドの隣にある練習場でするんです、常識ですよ、常識」


「ふむ……そういうものか」


 どうやら戦う場所も色々と制限があるらしい。

 公共の場所では、得物を抜くことすらあまりよくないことだと受付も説明していたな。


 案内されるままに練習場にやってくると、リンドは何も言わず箱の中に入っている刃を潰した剣を手に取った。

 どうやら練習用の得物を使うらしい。

 見れば短剣に長剣、槍なんかが何パターンか用意されていた。


「おい、持っててくれ」


 ミーシャでは持てないと判断し、野次馬に来ていた同業に背骨を投げ渡す。

 流石にこいつを背負っていては本気が出せないからな。

 まさかギルドマスターの前で盗むこともあるまい。


「うおっ……おっ、重てえええええええっっ!?」


 断末魔の叫び声を上げながら、男は背骨にを取り落とした。

 どうやら力加減を間違えたらしく、男は背骨の衝撃を胸で食らい吹っ飛んでいくと、そのまま気を失ってしまった。


「ば、化け物……」


「――よく言われるよ」


 聞こえてきた声にそう答えてから、俺は中で一番大きかった大剣を手に取った。

 背骨で慣れていると軽くて仕方ないが、腕試しなら別に構わないだろう。


 しかし……剣を握るのは久しぶりだな。

 振り方を思い出すべく、記憶の中の自分がやっていた通りに剣筋をなぞっていく。


 体勢を何度か変えながら素振りをして顔を上げる。

 するとそこには面白そうなものを見る顔をしたリンドの姿があった。


「……楽しませてくれそうだ」


「楽しむだけじゃ……済まないかもしれないぞっ!」


 試合開始の合図を待たず、俺は全快で前に出た。

 さっきおあずけを食らったからな……戦いたくて、うずうずしてるんだよ。


 剣と剣のぶつかり合う音。

 真剣ではないためいささか低い剣戟の音を聞くと、少し懐かしい気持ちになってくる。


「おいおい、いきなりかよ」


「魔物は開始の合図をしてくれるわけじゃないからな」


「――ハハッ、わかってるじゃねぇか!」


 話をしながらも、剣を振る手は止まらない。

 ずっと背骨だけで戦ってきたからか、大剣を使っても異常に軽く感じる。


 十重二十重の斬撃を放っても、まるで苦に感じない。

 徐々にボルテージを上げるべく剣を振ると、リンドはしっかりとこちらの動きに対応してきた。

 そうでなくてはつまらない。


「おいおい……今フェイント何回入れた!?」


「四、五……それ以上は見えねぇ」


「ギルマスが押されてるとか……夢でも見てんのかな、俺」


 強化した聴覚は外野の声を正確に聞き取っていたが、そんなものはまったくと言っていいほど入ってこなかった。


 今この瞬間、俺が一本の研ぎ澄まされた剣に戻っているのがわかる。


 剣を振る度に、今までに経てきた経験が頭の中を巡る。

 身体の正しい振り方、相手の押し込め方。

 攻防における駆け引きのやり方。

 相手の呼吸の読み、二手三手先を読む流れの把握。


 魔物を相手にしていては得られない対人戦闘の奥行きの深さを、俺は改めて感じていた。


「なんっつう……化け物だよ!」


 最初は互角に打ち合うことができていたが、リンドはすぐに防戦一方になっていた。


 癖とも言えぬほどにわずかな相手の手癖や攻撃の際の筋肉のわずかな緊張……そういったものを俺が読み取ることができるようになっていたからだ。


 恐らくこの男の全盛期であれば、ここまで簡単に押し込むことはできなかっただろう。

 ……あと五年早く、戦いたかったな。


「ぐうっ!?」


 剣を振って防御の体勢を取らせ、死角から蹴りを放つ。

 リンドの体勢が崩れたその瞬間に、魔力を圧縮しながら溜め込んでいき、同時に解放させる。


 爆発的な加速を伴って放たれる命を刈り取る斬撃がリンドの頭部へと迫り……。


『もし戦うことになっても、人を殺したり大怪我をさせたりしたらダメですよ!』


 ミーシャの言葉が脳裏をよぎり、俺はピタリと頭上で剣を制止させる。

 いかんいかん、集中しすぎて……危うく殺してしまうところだった。


「――勝者、ギル!」


 いつの間にか居た審判に勝利を宣言され、俺は剣を地面に突き立てる。

 ふぅ、と浅く息を吐くと、蹴られた足を押さえながらリンドが立ち上がった。


「まさか俺が負けるとはな……とんでもねぇルーキーが入ってきたもんだ。――ギルドマスターリンドの権限で、お前をCランク冒険者に任命する! いっぱい働いて、いっぱい稼げよ!」


「――感謝する」


 周囲から割れんばかりの歓声が飛んでくる。その中にはこちらに向けて拍手をしながら何かを言っているミーシャの姿もあった。

 

 歓声を浴びるのには慣れている。

 だが今までとは、何かが違った。


 俺が受けたのは今まで散々受けてきた、恐れや怒りからくる罵詈雑言ではなく。

 今後の冒険者生活の前途を祝う、歓喜の声だった。


「……これが、冒険者か」


 圧倒的な暴力を振るっても畏怖されるのではなく、喜ばれ、頼りにされる。

 なかなかどうして……悪くない。


 殺さなくて良かったな。

 そんな初めての感想を抱きながら、俺は冒険者生活を、Cランクから始めることになるのだった――。




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