第7話
ダイヤウルフは換金すると、合わせて銀貨十五枚になった。
どうやらまとめて納入したことで少し多めに金がもらえたらしい。
服の代金を除いた銀貨十二枚のうち俺が十枚、ミーシャが二枚という形に落ち着いた。
二枚は色々と教えてもらった情報と、皮を剥いでもらった駄賃といった感じだ。
ギルドを後にしてから、ぐぐっと背を伸ばす。
数日ぶりに本気で身体を動かすことができたおかげで、身体が妙に軽い。
「よし、とりあえず出るか……外に」
「そうですね、まずは腹ごしらえでも……外っ!? 外って言いました!?」
ただ本気を出すことはできたが、全力を出すことはできなかったため、若干消化不良だったりする。
なのでこの高ぶりを抑えるため、そのまま外に出て魔物でも狩ってこようと思ったのだが、ミーシャに止められてしまった。
「せっかく文明のある街に来たんですから、もうちょっとちゃんとした生活をしてください!」
「む……魔物を狩りながら野宿をすれば、金もかからないし魔物も狩れるしで一石二鳥だと思ったんだが……」
宿然り飯然り、服を買ったりした時もそうだが、この街では何をするにも金が要る。
野宿をすれば宿代が浮くわけだから、わりと名案だと思ったんだがな。
「野宿なんかしたら疲れは取れませんよ! まずはしっかりご飯を食べて、宿を取ってぐっすり眠りましょう。ギルさんが本気で戦うためには休息も必要だと思いますよ」
「む、それはたしかにそうだな……」
野宿をするのにもある程度は慣れたが、やはり牢の中で寝るのとはかなりの差がある。
牢は俺用に特注で作られていたし、敷物もしっかりとしていたので睡眠に関してはしっかりと取ることができていた。
睡眠というのは出せるパフォーマンスと明確な関係がある。
眠りが浅いとその分だけ思考力が削がれ、戦闘の際の一挙手一投足にわずかな遅れが生じてしまう。
それを利用して戦闘できるギリギリまで睡眠時間を削られ、極限状態で戦ったことが何度あったか……機嫌が悪かったから相手を力任せに叩き斬ったことも一度や二度ではなかった。
「はぁ……なんだか私、ギルさんの操縦方法がわかってきた気がします……」
呆れた様子のミーシャに連れられながら、まずは食事処に向かうことになった。
相変わらずその足取りに迷いはない。
この街の情報にも詳しかったし、とりあえず彼女に任せていれば問題はなさそうだ。
もし問題があっても、野宿をすればいいだけだしな。
「依頼の時以外、野宿禁止です!」
……どうやら心の声が漏れていたらしい。
なぜミーシャはそんなに野宿が嫌なんだろうか……星空とか綺麗だし開放感もあるから、わりと嫌いじゃないんだがな。
歩いている最中暇だったので体調を改めて確認してみると、たしかに腹は減っていた。
どうやら高ぶっていたせいで空腹なことにも気付けていなかったようだ。
自分の不明を恥じていると、すぐに店にたどり着いた。
「男の人には、このお店がおすすめだったはずです。私は初めて入りますけど、味は美味しいらしいですよ」
中に入ると、冒険者ギルドよりもうるさいガヤガヤとした空間が広がっていた。
座っているのは皆汗臭い身体をさせた者達ばかり。
だが臭いのには慣れっこなので、気にせずミーシャに注文を任せる。
「ギルさんは大盛りでいいですよね? えっと……それじゃあ大盛り二つで!」
大盛りが無料らしいので、当然ながら大盛りにしておく。
だが周囲を見た感じ量がかなり多そうだが……こいつ、食べきれるんだろうか。
「にしても……ガタイがいい人間が多いが、どうやら戦いを生業としている者は多くなさそうだな」
「そんなことまでわかるんですか?」
「ああ、筋肉の付き方が違う」
どこに筋肉がどの程度ついているかをしっかりと観察すれば、相手が得意な得物を類推するくらいは簡単にできるようになる。
更に魔力を凝集させて視覚を強化して細部を確認すれば、相手の得意な技や繰り返してきた型なんかもわかるようになる。
仮にも『絶対王者』などという大層な二つ名で呼ばれていたので、戦いに関する知識ならずいぶんと蓄積されている。
経験則から来る戦いの知識をぺらぺらと喋っていると、ミーシャは口をぽかんと開きながら、
「ほへー」
と気の抜けた返事をしてくる。
こいつ……話を聞いてるのか?
「ギルさんって戦いに関することならなんでも知ってるんですねぇ……それ以外のことは何も知らないのに」
「ふふっ、それほどでもないぞ」
「褒めてないですよ!?」
店内が繁盛しているので、料理はなかなか来ない。
そのうちに話をすることもなくなり、周囲のガヤガヤとした音が聞こえてくるようになった。
「ギルさんは……」
「ん?」
「一体どんな生き方をして、あれだけの強さを手に入れたんですか?」
「どんな生き方か……戦ってきたな。起きている間は、戦いのことだけ考えてきた」
自分がギルという名前で呼ばれるようになった時には、俺は剣を振らされていた。
身体を鍛え、敵と戦い、そして眠る……その毎日の繰り返しだ。
戦って勝たなければ生き残れなかったからな。
どうすれば剣闘が盛り上がるか、どんな風に戦った方が俺の待遇が良くなるかなんてことを考えることができるようになったのは、ずいぶんと後になってからのことだ。
「戦って、戦って、戦って……気付けば俺とまともにやり合える相手はいなくなっていた」
「……それなら、強くなってからは何をしてたんですか?」
「なんとかして戦いになるよう、四苦八苦しながら戦っていたな」
『絶対王者』と呼ばれるようになってから、騎士や魔導師といった強力な人間と戦う時以外、俺は普通に戦うことはなくなっていた。
まともに戦える相手がいないというのもそれはそれでつらいものだ。
「飯を抜かれたり、睡眠時間を削られたり、毒を盛られたりして……冷静に思い返すと、強くなってからの方がキツかった気がする」
「……」
ミーシャは完全に絶句していた。
やはり俺が剣奴として育ってきた環境は、普通ではないらしい。
「それが……ギルさんの強さの秘密なんですね」
「秘密、なんてほど大それたものじゃないが……」
ジッと見ると、ミーシャの表情は真剣だった。
その瞳の中にある輝きを見れば、彼女が内に抱いている気持ちには予想がつく。
「ミーシャは強くなりたいのか?」
「……はい。誰からも干渉されないくらい……いえ、そもそも私に手を出す気も起きなくなるくらい、強くなりたいんです」
「……なるほどな」
そもそも魔法使いは数がかなり少ない。
その中でもあの結界を張る魔法……聖魔法の使い手は更に輪をかけて少ないらしい。
まあ彼女にも色々と事情があるんだろうな。
俺も脛に傷を持つ身なので、あまり深入りする気もないが。
「はいお待ちッ!」
なんとなく会話が止まったところで、狙い澄ましたように料理がやってくる。
「……食べましょうか」
「ああ」
やってきた料理は、ミーシャが言っていた通りに男が好きそうなものだった。
味が濃く大盛りの料理は、実に俺好みだった。
これを食った後だと、興業団で食っていた飯は豚の餌以下に思える。
「うぷ……ギルさん、あと食べられますか?」
「お前……大盛りなんか頼むから」
ミーシャは半分も食べきれずにギブアップしたため、俺は渡された炒め物をしっかりと平らげた。
これくらいならペロリといけるな。
「ギルさんは……胃袋の強さも規格外なんですね……」
なぜかちょっと引いた様子のミーシャと同じ宿を取り、その日は活動を終えることになった。
どうやらミーシャは俺と一緒に行動する気満々らしく、俺も次の日からも彼女と行動を共にすることになったのだった――。
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