第5話


「そんな蛮族の王みたいな格好で中に入れるわけないじゃないですか!」


 というミーシャのアドバイスに従い、俺は街の手前で一度身なりを整えることにした。

 ……といっても、毛皮を上着のように肩にかけてからミーシャが着ていたローブを上に羽織っただけだが。


「サイズがキツいな……」


 たしかに一応服を着ているようには見えるが、女物のローブを無理矢理着込んでいるせいで妙にピチピチだ。

 逆にこちらの方が変態に見えるかもしれない。


「実は冒険者をしにサドラまでやって来まして……」


「ふむ、なるほど。では通行料の銅貨を……」


 俺の得物である背骨を見ている衛兵の人間と二、三やりとりをすると無事中に入ることができた。

 ミーシャが差し出し衛兵がスッと握った銀貨の輝きを、俺は見逃さなかった。


「どう考えても計算が合わないんだが……賄賂ってやつか?」


「はい、明らかにまともじゃないギルさんを街中に入れるための必要経費です。というわけでまずは服を買いに行きますよっ!」


 ミーシャに言われるがまま服屋に行き、適当な服を買う。

 中にあった一番大きなサイズで服や靴下を揃えると、銀貨二枚になった。

 どうやら靴も売っているらしく、まとめて購入すると合わせて銀貨三枚でいいということだった。


 銀貨三枚となると……ダイヤウルフの毛皮でぴったり釣り合いが取れるな。


「現物でいけるか?」


 俺が手に持っていたダイヤウルフの毛皮をずいと差し出すと、店主が目を白黒させる。

 その視線は毛皮と俺の顔を行ったり来たりしていた。


「いけるわけ……ないじゃないですかっ!」


 ポカンッと勢いよく頭を叩かれる。

 どうやらいけなかったらしい。


 だがそれだと支払いに困る。

 何せ自慢じゃないが、今の俺は完全な無一文だ。


「私が立て替えときますから! ……もうっ、すみません私の連れ、色々と常識に疎くて……」


「は、はぁ……」


 店を後にすると、またぽかりと頭を叩かれる。

 非力なミーシャの力では、わざわざ防ぐ必要もない。


「もうギルさんはしばらく喋らないでください! まったくいくら世間知らずと言っても限度がありますよ!」


「……わかった」


 たしかに彼女の言う通り、俺が何かを喋ったら間違いなく墓穴を掘りそうだ。

 しばらくは彼女に任せることにしよう。


 ぷりぷりと怒っている彼女に連れられて歩いていく。

 どうやらどこに行けばいいのかはわかっているらしく、その足取りには迷いがない。


 色々と聞きたいこともあるだろうが、助けてもらった恩を感じているからか、突っ込んだ話をしてくるつもりはないようだ。

 その心遣いが、今の俺にはありがたかった。


「まずはギルドに向かいましょう。冒険者として登録さえすれば、ギルドカードが身分証として使えます。ついでにダイヤウルフの換金をして、当座の資金を作りましょう」


「……(こくっ)」


 彼女に言われるがまま、街の中心部から少し外れたところにある建物へとやってきた。

 くるりと振り返った彼女が、道中何度も聞かされた言葉をまた念押ししてくる。


「いいですか、ギルドの中では絶対にもめ事を起こさないでくださいね! もし戦うことになっても、人を殺したり大怪我をさせたりしたらダメですよ!」


「……やはり理解ができんな。やられたらやり返さなければ、こちらが殺されるだけだと思うんだが」


「そんな蛮族理論を持ち出してこないでください! ここは人間が暮らす人間の街で、過剰な暴力は厳禁なんです!」


「蛮族理論……」


 驚いたことに、街の中ではたとえ殺されそうになっても相手を殺してはいけないらしいのだ。

 相手を如何に派手に殺すかでその日の飯のグレードが変わっていた俺からすると、クラクラするほどのカルチャーギャップだった。


 郷に入っては郷に従えということなんだろうが……やはり慣れないな。


 俺は不殺の誓いを立てながら、多分だが冒険者ギルドと書かれている看板の下にあるドアを開く。

 すると中からはむわっとした熱気と、耳が痛くなるほどの喧噪が聞こえてきた。


 見れば右側に並んでいるテーブルでは、冒険者達が何やら真剣な顔をして話をしている。

 話し合っている四人組……あれがパーティーというやつだろうか。


 左側には素材を持っている冒険者の姿が列を成している。

 恐らくはあそこが買い取りのためのカウンターなのだろう。


 ミーシャは左右には脇目も振らず、真っ直ぐ歩き出す。

 後をついていきながら俺が興味深そうにあたりを見ていると、いくつかこちらを値踏みするような視線も感じられた。


(……別にそこまで脅威ではなさそうだ)


 そこまで気を張る必要もないだろうが、ここがどういう場所なのかもわからない。

 身体強化を使い、同時に視覚拡張を行って不意打ちを警戒しておくことにした。


 ついでに聴力も強化して、こちらを話も聞いてみることにした。

 距離から考えて、わざわざ網を広げる必要はないだろう。


「あいつ……あんな布の服で来やがって、ふざけてんのか?」


「だが凄まじい肉体だ……どれだけ鍛え上げればああなるんだ?」


「あいつ、強いな……まったく底が見えねぇ……」


「背中のあれは……骨か? なんつぅむちゃくちゃな……」


 どうやらわかるやつにはわかるようで、俺がまだマシだと思ったやつらはしっかりと俺の実力をわかっているらしい。

 中には実力差に気付かず、こちらに喧嘩を売ってこようとしているやつもいる。


 実際に売ってくれれば喜んで買うんだがな。

 ただ大怪我も殺しも禁止となると……とりあえず腕を折るくらいで勘弁する必要があるだろうか。


「この人の冒険者登録をお願いしたいのですが」


「はい、ではこちらにお名前をご記入ください」


「文字を……記入……?」


「すみません、この人自分の名前も書けなくて……私が代筆しても大丈夫ですか?」


「えっと……はい、大丈夫ですよ」


 受付の女性の反応を見ていると、どうやら最低限名前くらいは書けた方が良さそうだ。

 後でミーシャから教えてもらうことにしよう。


 冒険者としてのルールを適当に頷いて聞いていると、眠くなり始めてからしばらくしてようやく解放された。

 そのままダイヤウルフの買い取りをしてもらいに行こうとする俺の背中に声がかかる。

 その言葉に、思わず足を止めてしまった。


「ギルドには強い戦力を遊ばせておく余裕はねぇ。実力がありゃあE以上から始められる飛び級制度があるんだが……腕試しでもしていくか、ギル?」


 くるりと後ろを振り返ると、そこには先ほどまでいなかったはずの紫髪の男の姿があった。

 一瞬で俺の警戒の間合いの外から……こいつ、かなりやるな。


 なるほど、そういう制度もあるのか。

 ただ登録をするだけだと物足りないと思ってたんだ。

 一つ、腕試しでもさせてもらうか。


「ああ……お前を倒せばいいのか?」


「ハッハッハ! 生憎、新入りニュービーにやられるほど耄碌してねぇよ。だが――やれるもんならやってみな」


 瞬間、男から身体から噴き出すプレッシャーの質が変わる。

 カイザーコングを彷彿とさせる強烈な闘気を直に浴び……俺は気付けば、にやりと口角を上げていた。







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