第14話


 顎に手をやりながら、周囲を見渡す。

 右を見て、左を見て、くるりと振り返り来た道を見る。


「ふーむ……迷ったな……」


 迷いない足取りで進み続けた結果、俺は完全に自分がどこにいるのかわからなくなってしまっていた。


 周囲の風景も、来た当初とはずいぶん変わっている。

 整然と並んでいた石造りの家はボロボロの木造あばらやになっており、そこかしこにテントが立ち並んでいた。


 こちらを見つめる者達の目は、ギラギラと輝いている。

 その目には覚えがある。

 現状に絶望しながらも死ぬことなく生を繋いでいる者達だ。剣闘奴隷の中にもああいう目をしたやつらが多く居た。


(どうやら、気合いの入っているやつらもいるようだが)


 聴覚拡張を使い確認したところ、こちらを観察するように周囲に展開している奴らが何人かいる。


 こちらに手を出そうとする様子はない。

 実力はそこまでで高くはなさそうだが、嗅覚はありそうだな。

 ここで生き延びるために必要になった技能なのだろう。


 恐らくだが、俺が迷い込んだのはミーシャがスラムと呼んでいた場所だろう。

 金がない奴らや余所から流れてきた流民や難民達の流れ着く場所と聞いている。


 剣奴を止めてから嗅ぐことのなかった鼻につく刺激臭に、思わず苦笑してしまう。

 以前の俺はこんな鼻の曲がるような匂いを嗅いでもなんとも思っていなかったが……こうして一度文化的な生活を味わえば、劣悪な環境に戻りたいとは思わない。


 とりあえず自分の勘が頼りにならないことはわかったので、今度は人を頼らせてもらうことにする。

 とりあえず一番最初に目に映った、膝を抱えている少年の方に歩いていった。


「おい、大通りに抜ける道を教えてくれ」


「……」


 顔が黒く汚れた少年に道案内を頼もうとすると、黙って手を差し出された。

 握手だろうか?

 とりあえず俺も手を出すと引っ込められてしまう。


「握手なわけねーだろーが! 案内を頼むなら駄賃よこせってことだよ!」


「なるほど」


 とりあえず少額でいいだろう。

 銅貨一枚を握らせると、目の前でそれを確認してから「しけてんな」と悪びれもせずに言われた。

 なかなか将来有望そうな子供なので銅貨をもう一枚追加してやると、どうやら納得してくれたらしい。


「こっちだ。ひまわり通りでいいのか?」


「よくわからないが、武具を扱う店のある通りだ」


「彼岸地区の方か、それなら……」


 少年の案内についていく。

 道を何度も曲がり遅々として進んでいないような気がするので尋ねると、舌打ちをしながら返された。


「これが最速ルートなんだよ。トラッドファミリーの奴らに見つからないようにしながら進むと、どうしても時間がかかるんだ」


「トラッドさん家の一家ってことか? そんなに沢山いるとは、ずいぶん子だくさんなんだな」


「はあっ!? おっさんトラッドファミリー知らないとか嘘だろ!?」


 トラッドファミリーというのは、簡単に言えばスラムを取り仕切っている奴らの集まりらしい。


 スラムにいる人間にとっては彼らに目をつけられないに生きていくのが一番大切なんだとか。

 ただスラムの人間達に仕事を回したりもしているらしいので、ただの悪者というだけでもないようだ。


 ちなみにファミリーといっても血のつながった家族ではなく、杯を交わして義兄弟の契りを交わしているだけらしい。


「トラッドファミリーの目印は獅子の横顔だ、それを見たらとにかく素知らぬフリをしてやりすごすのが……」


「獅子の横顔だな」


 これは良いことを聞いたと視覚拡張を使い、周囲にいる奴らのことを確認していく。

 するとちょうど俺達が迂回して進もうとしている路地裏の一画に、正にその通りのエンブレムをつけている男の姿があった。


 いかにも柄が悪そうなスキンヘッドで、両手でズタ袋のようなものを担いでいる。

 その脇には二人の配下らしき男達の姿もあった。


 少年の後を追いかけながら、聴覚拡張も同時に使い音を拾ってみることにする。


「ったく、手間かけさせやがって」


「いいんですかねバルジの兄貴、こんなことしたら『火剣』に報復されちまうんじゃ……」


「そのためのガラだろうが、流石のあいつもこのガキを奪われちまえば何もできねぇぜ」


「さ、流石兄貴っす!」


「むーっ! むーっ!」


 よく見るとリーダーの男が肩に負っているズタ袋は動いていた。

 くぐもっているが高い声から察するに、中に入っているのは女だろう。

 サイズ感からするに、中に入っているのはまだ少女だろう。



 誘拐か……こんなことが平気でまかり通るものなのか?


 だがスラムにいる人間は皆、目を逸らすだけで動こうとはしない。

 目の前の少年が言っている通り、トラッドファミリーに逆らおうとする者はいないらしい。


 誰も逆らえない……ということはつまりそれだけ、強いということでもあるだろう。

 こいつらは大したことはなさそうだが、その上の兄達の中には、相当の強者がいるに違いない。


 好奇心が疼く。

 手に入れた第二の人生は、やりたいことをやると決めている。

 であれば、俺のやるべきことは一つだ。


 そのついでに人助けもできるわけだから、正しく一石二鳥。

 俺としては動かない道理がないな。


「おっさん、あとはここを真っ直ぐ進めば彼岸地区に出るぜ」


「わかった」


「――っておい、おっさん話聞いてたか!? なんで逆に行こうとするんだよ!?」


「ちょっとトラッドファミリーに喧嘩を売ってくる。お前はここまででいいぞ」


「は……はあああああああっっ!?」


 俺は大声を出している少年を放置して、そのままファミリー三人組の方へ駆けていく。

 怪訝そうな顔をしながらこちらを見つめる男達を見ながら、俺は笑った。


「お前ら、殺されたくなければその子を放して、さっさと長男を連れてこい」









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