第15話
「おい、なんだぁてめぇは。うちらが誰だかわかって、舐めた口利いてんだろうな?」
「へへっ、いい身体してんじゃねぇか。高ぇ値段で売っ払ってやるよ」
こちらを品定めするようにじろじろと眺めてくる男達を見る。
「売り払う……バステルには奴隷制度はないはずじゃなかったのか?」
「けっ、それなら余所の国に流しゃあいいだけの話だろうが」
男の言葉を聞いて、俺は思い出した。
バステルは自由と責任の国。
力がなければ、食われる。それはどこの世界であっても変わらない。
「……ちっ、おめぇら、下がってろ」
「あうっ!!」
リーダーの男はこちらを見るとすぐ、抱えているズタ袋を地面に放り投げた。
中から聞こえてくる声から察するに、女の方はまだ元気があるようだ。
攫われてからさほど時間が経過していないのかもしれない。
「ぶっ殺す!」
リーダーの男がこちらに駆けてくる。
恐らく身体強化を使っているのだろう、なかなかな速度だ。
暴力でスラムを支配しているというだけのことはある。
戦い慣れているのだろう。
だが……。
「所詮は末っ子か」
「……ほぶうっ!?」
身体強化で強化した身体を十全に扱い切れていない。
高速で真っ直ぐ進むだけなら猿でもできる。
軌道が直線なら、拳を置いておくだけでカウンターが成立する。
ナイフによる振り下ろしを軽く避けながら置いておいた拳に、一瞬だけ部位強化をかける。
インパクトの瞬間だけ強力になった俺の一撃を食らった男が、きりもみ回転をしながら勢いよく吹っ飛んでいく。
「あ、兄貴ッ!」
「てめぇ、よくも兄貴を……ぶべらっ!?」
脇の二人にも軽くワンツー。
男達は鼻血を噴き出しながらその場でくずおれた。
当然ながら気絶させているだけだ。
基本的に街中で殺しはするなとミーシャには言われているからな。
もちろん例外もあるんだが……この調子ではそこまで期待はできなそうだ。
吹っ飛んでいったリーダーの男のところへ向かうと、男は腹を抱えて悶絶しながらもまだ意識を失っていなかった。
「て、てめぇ……うちの組に手ぇ出してどうなるか、わかってんだろうなぁ……」
「わかっているさ、強いやつと戦えるんだろ? だから早く長男を呼んできてくれ」
「こ、こいつ、イカれてやがる……薬を飲んだのか? いやでも、まさか……」
男が何やらブツブツ言い始めたので、その頭の上に足を乗っける。
「いいか、もう一度言う。殺されたくなければ、もっと強いやつを呼んでこい」
「ひ、ひいいっ! わかった、わかったから!」
そそくさと逃げ出す男の尻を軽く蹴飛ばしたら、元いたところに戻る。
身体を軽く動かせたので、少しは気分も良くなったな。
あのリーダーの男は、より強いやつをおびき寄せるための餌だ。
さて、どんな大物が釣れるのか……おっと、いかん。
肝心の女の子のことをすっかり忘れていた。
ズタ袋の下へ向かう。
気絶した男達を放置して袋の口を開けると、中から少女が芋虫のように這いだしてきた。
「ひ、ひいぃ~! 助けて、助けてください!」
「いや、助けに来たんだが……」
「食べないでください! リルは美味しくないですからぁ!」
「……」
ぶるぶると震えながらこちらを見上げる少女、リルの年齢は十二、三だろうか。
小動物を思わせる少女は綺麗な銀色の髪をしていて、そのアメジストの目を潤ませていた。
「助けに来たんだ。彼岸地区へ行き方しか知らないが、とりあえず送っていこう」
「へ……?」
俺があのファミリーの一員だとでも思っていたんだろうか。
ぱちくりと目をしばたかせている少女の顔は、妙に間抜けだった。
「あ、ありがとうございます。なんという申し訳ない勘違いを……」
「いい、見た目で怖がられるのには慣れてるからな」
「本当にすみません!」
誤解も解けたので、一緒にさっき少年に教えてもらった道を通って彼岸地区へと抜けていく。
ファミリーの兄たちが来るのをあの場で待っていても良かったんだが、流石にリルをあの場に置いたままではマズいからな。
彼女をしっかりと送り届けてから、またスラムに戻ることにしよう。
「リルはどうして誘拐されたんだ?」
「それは多分……リルのお兄ちゃんが強いからですね」
「……ほう?」
キラリと輝きを増した俺の瞳には気付かずに、リルは自慢げに自分の兄の素晴らしさを語った。
「リルのお兄ちゃんは今まで誰にも負けたことがないくらいに強いんです。普通に戦っても勝てないから、こうやって妹のリルを誘拐してなんとか言うことを聞かせようとしたに決まって……」
鼻を伸ばしながら延々と語る、リルの兄自慢が始まる。
スラムを抜け出すと、ようやく見慣れた街並みが目に入ってくる。
なおも続く兄自慢に適当に相づちを打っていると……拡張していた聴覚が、ものすごい勢いでこちらに迫ってくる足音を拾った。
これは……速いな。
「――リルッ!!」
「お兄ちゃんッ!」
見ればそこには、土煙を上げながら怒濤の勢いでこちらに駆けてくる赤髪の男の姿があった。
判断は一瞬。
俺はスッとリルとの距離を近づけると、それだけで男の視線が鋭くなるのがわかった。
肌で感じる男の強さに、腹の奥が滾ってくる。
俺のことを目論見通りに勘違いしてその様子を見た男が、俺達と向かい合う形で立ち止まった。
「動くな」
「てめぇ……リルを返せ」
「返してほしければ……俺と戦って、勝つことだな」
「え……ええっ!?」
戸惑うリルを背に、俺は前に立つ。
彼女が何か言う前に戦ってしまうことにしよう。
容赦なく本気で叩きつけられる殺気に、思わず笑みがこぼれてくる。
スッと、背中に背負っている骨に手をかける。
あの雑魚相手では必要なかったが……こいつは全力で戦わなければ、俺の方が危ういだろう。
「さあ……やるか」
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