第3話
かなり若い……十代後半くらいに見える少女に襲いかかっているのは、五匹ほどの狼の群れだった。
ちらりと見ると、近くには地面に倒れてブスブスと黒焦げになっている狼の死体が二つあった。
どうやら二匹は仕留めたらしいが……近付かれて一気にキツくなったらしい。
少女は手に杖を持ち、前に構えていた。
彼女の周囲にはぐるりと透明な球が展開されていて、狼の噛みつき攻撃を防いでいる。
「魔法使いか……」
魔力の使い道は、何も肉体を強化するだけではない。
魔法使いは魔力を使うことで、この世の理をねじ曲げることができる。
薪もないのに炎を出したり、風の刃を使って獲物を切り裂いたり……といった具合に。
俺は今まで魔法使いと何人か戦ってきたが、少なくとも俺と戦ってきたやつらにあんな風に丸い防御用の球を出せる人間はいなかった。
魔法って、攻撃以外にも使えるんだな。
(さて……助けるか)
不思議と迷いはしなかった。
気付けば俺の身体は前に出て、狼が囲んでいる女の下へと向かっていく。
「助けが必要か?」
「ひ……必要です! ヘルプミー!」
「了解した」
噛みついても効果がないことにしびれを切らしたからか、狼達の注意が俺の方に向く。
やつらはぐるりと囲むようにして飛びかかってきた。
全方位から攻撃をすれば当たると浅知恵を働かせたんだろうが……残念だったな。
視覚に繋いだ魔力の網がある以上、お前らの行動は筒抜けだ。
後ろを向くことなく背後から迫ってくる二匹を背骨でぶったたき、そのままの勢いで横に薙ぎ払ってもう二体を倒す。
骨を手元に引き寄せてから、最後に突きで正面の一体を倒した。
五匹とも一撃でしっかりと仕留めることができたらしい。
牙剣を使って脳を破壊しきっちりトドメを刺してから、くるりと振り返る。
するとそこには……俺が想像していたよりずっと綺麗な顔をした女性の姿があった。
ヘーゼル色の髪色に、晴れた日の空を凝縮させたような青い瞳。
たぬき顔のとんでもない美人は、俺を見て目を見開いていた。
なぜだろうかと思い、そういえば自分が蛮族スタイルであったことを思い出す。
人とのファーストコンタクトだ、上手くやれるだろうか。
「あ、ありがとうございます……助かりました。あなたは私の命の恩人です……」
「いや……困っていそうだったからな」
球体がふわりと空気に溶けて消えていく。
軽く見た感じ、怪我をしているわけではなさそうだった。
「あの……もし良ければ、何かお礼をさせていただけたらと」
「それなら……いや、その前に一つ聞きたい」
思えば、興業団以外の人間と話すのはずいぶんと久しぶりだ。
あまり感情移入しすぎないよう、途中からは剣奴達とも大して話さなくなったからな。
上手く口が回らないのがどうにももどかしい。
話しているうちにマシになるだろうか。
「お前はバステルに向かおうとしてる口か? 俺は今からバステルに向かうつもりだから……もしそうなら道案内を頼みたいんだが」
「は……はいっ、私もちょうどバステルに行こうとしていたところです。私で良ければ、案内させていただきます!」
挙動不審気味ではあったが、向こうの受け答えはしっかりとしている。
どうやらギリギリ蛮族認定はされずに済んだらしい。
「ちなみに、この狼の肉は食えるか?」
「……いえ、食べられません。ですが毛皮はそこそこの値段で売れますよ」
「毛皮が……売れるのか……」
魔物の素材は売り買いできるのか……今までほとんど捨ててたが、もったいないことをしたかもしれない。
当座の資金を稼ぐためにも、この狼の毛皮は持っていくことにしよう。
牙剣で毛皮を剥いでいくことにした。
……ブチッ!
勢いが良すぎたせいで、剥いでいる途中で毛皮に大きな穴が空いてしまった。
まぁ、大丈夫だろう。
そのままやってみると穴が五つくらい空いたが、一応そこそこのサイズの毛皮が取れた。
俺が普段使っている布団毛皮と比べると上手くできた気がする。
「もし良ければ……私が剥ぎましょうか?」
「これだとマズいのか?」
「そうですね……買い取り金額はおよそ半分ほどにはなるかと……」
「……やってもらってもいいか?」
「ええ、任せてください!」
何やら張り切った様子で剥ぎ取りを始める女。
そういえばまだ名を聞いていなかったな。
「俺はギル。お前は?」
「私はミーシャ……ミーシャと呼んでください。一応今は、Eランク冒険者をしています」
「なるほど……冒険者か」
冒険者というのは、魔物の討伐なんかを生業にしている奴らのことだ。
剣闘で何度も戦ったこともある。
決まった流派を修めているわけではないはずだが、中には結構やるやつもいたと記憶している。
「冒険者、か……」
その言葉の意味を反芻するために、もう一度呟く。
奴隷でなくなった以上、俺は仕事をして金を稼がなければいけない。
何をして稼ぐか悩んでいたんだが……冒険者、今の俺に合っているんじゃないだろうか。
少なくとも魔物と戦うのは、結構楽しかったし。
「もし俺が冒険者になったら、やっていけると思うか?」
「え、ええ、問題なくやっていけるとは思います。……というかギルさんは、冒険者ではなかったのですか……?」
「ああ、魔物退治が得意なただの一般人だ」
「ただの一般人は、ダイヤウルフ五匹を瞬殺はできないと思うんですけど……」
どうやらあの狼の魔物は、ダイヤウルフというらしい。
聞いたところ毛皮一枚で銀貨三枚程度にはなるようだ。
銀貨三枚で何ができるのかはまったくわからないが、とりあえず知ったかぶりをして頷いておく。
解体の手際はかなり良く、ミーシャはあっという間に狼の毛皮を剥いでみせた。
俺と違って肉がこびりついてもいなければ、穴も空いていない。
すごいな……魔物の毛皮剥ぎを生業にした方がいいんじゃないだろうか。
なんなら俺が雇いたいくらいだ。
「そういえばその武器は見たことがないですけど……棍でしょうか?」
「いや、魔物の背骨だな。ゴリラの魔物の背骨だ」
「ゴリラの、背骨……?」
「こっちは犬の牙を叩いて削って自作した牙剣だ」
「牙、剣……? やっぱり本当は蛮族のスパイとかなんじゃ……いやでも、こんな堂々としているスパイがいるわけが……」
ごにょごにょと口の中で呟いているミーシャの言葉は、聴覚の網を広げている俺には全て聞こえている。
どうやらやはり、蛮族として疑われているようだ。
ちなみに蛮族というのは、北の方にいる大規模な騎馬民族のことを指す。
寒くなってくると略奪のため、しばしば南下してくると聞いたことがある。
「あのー、すみません、後ろに置いてあるその毛皮なんですが……」
ミーシャが俺が寝る時にかけている毛皮を指差してくる。
最初に作った毛皮なので、今の俺から見てもかなり下手くそだ。
皮の厚みがかなりあったおかげでなんとか穴が空かずに済んだので使っているが……もう一度あの魔物と戦える機会があったら、チェンジしたい所存である。
「もしかするとそれって、パンサーレオの毛皮では……」
「よくわからんが、デカいライオンみたいな魔物だったな」
「あのー……パンサーレオって一応、Bランクの魔物なんですが……」
「そこそこ強かったな。ゴリラの背骨がなかったら、かなりヤバかったかもしれない」
その場合は気合いで近接戦に持ち込むしかなかっただろう。
首の骨を折れば殺せるので倒せたとは思うが、その場合はこちらも怪我をしていたはずだ。
「……どうしよう。ゴリラの正体を知りたい自分と、おっかないから知りたくない自分がいる……っ!」
謎の葛藤をしているミーシャだったが、どうやら一緒にバステルには来てくれるらしい。
大分律儀な性格をしているようだ。
俺は戦利品であるダイヤウルフの毛皮五枚(うち一枚は肉がこびりついた上に穴空き)を背負い、バステルへと向かうのだった。
バステルについたら、とりあえず冒険者登録というやつをしようと思う。
ミーシャの話を聞いている感じ、どうやら俺なら問題なくこなせそうだしな。
なにせ……
「拳が光るゴリラって――それカイザーコングじゃないですか! Aランクの魔物ですよ!」
「あのゴリラはたしかにヤバかった……オーガからぶんどった鉄の棍棒で叩いてもまるで効かなくてな……」
「なんで魔物から奪うか手製で加工するかしか選択肢がないんですか! 蛮族より蛮族ですか、あなたは!」
あのゴリラがAランクという、かなり強力な部類に入るらしいからな。
なんとあいつを倒して素材を売れば、一年近く遊んで暮らせるくらいの金が手に入るらしい。
だが俺ならしっかりとした武器さえあれば……十回中十回勝てる。
どうやら冒険者としての俺の前途は、かなり明るそうだ――。
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