第21話


 御者はこのまま先の街へ向かうと話になっていたので、馬車とはここでお別れだ。

 見えてきた村へと、徒歩で歩いていく。

 ちなみにリルの方は長時間歩くのは厳しいということだったので、イオが背負っていた。


「ガレフォンと比べると、何もないところだけどな」


 そんな風に口にしながらも、イオはどこかうきうきとしていた。

 俺の方はというと、村へ近付くにつれ驚きが大きくなっていく。


 村の中には木の柵こそ立っているものの、衛兵の存在は見えなかった。

 今日は道中ほとんど魔物と遭遇しなかったことを考えると、恐らくこの辺りは魔物の少ないかなり平和な地域なのだろう。


「おーい!」


 中に入ってすぐに見えてきたのは麦畑だ。

 その中で何やら作業をしていたらしい人間が、こちらに手を振っている。

 どうやらイオの知り合いのようだ。

 その顔には、俺達余所者への警戒心というものがまるでなかった。


 サドラやガレフォンでのこちらを食い物にしようとする視線に慣れてきた俺からすると、あまりにも無防備なように思えてしまう。

 道中村に寄ることもあったが、ここまでのほほんとした空気の村は他になかった。


「いい場所ですねぇ、空気も綺麗だし……あと、空気も綺麗です」


「褒めるところがないと正直に言った方がいいと思うぞ」


「ち、違います! 私こういう雰囲気好きですし」


「そうか」


 中へ入るが、誰も彼もこちらに対して好意的な態度を崩さなかった。

 そしてそれはイオ達が村長の下に行っても変わらない。


「そうですか、でしたら空いている家がいくつかありますので、そのまま使っていただけたらと」


 既に日も暮れかけているので、とりあえず今日はお世話になることになった。

 滞在費にしてはいささか安い代金を払い宿を確保したら、そのまま一旦別行動を取る。


 俺とミーシャは当初の目的である装備をなんとかするために、武具の製造も請け負っているという金物屋へ。

 イオとリルは今後の薬のことについて話し合うために薬屋に行くことになった。





「しっかし、本当に何もないな……」


「たしかに、空気が美味しいですよね」


「もはや会話が成立していないぞ」


 背中に骨を背負い明らかに戦いを生業としている俺を見ても、村人達は全体的にのほほんとしていた。

 なんだか毒気が抜かれてしまう。

 あまり長期間滞在していると、心も身体も鈍ってしまいそうだ。


 げんなりしている俺とは対照的に、ミーシャの方は馬車旅の道中より元気になっていた。


「私夢だったんですよねぇ、こういう田舎で暮らすの。水車のついた小さいけれど趣味のいい小屋を建てて、そこで晴耕雨読の生活を送るんです」


「ふぅん……戦いはないのか?」


「あるわけないじゃないですか! 戦いとか争いがないのが辺境暮らしのいいところなんですから!」


「そうか……つまらんな」


 たしかにジジイにでもなれば話は別なのかもしれないが……少なくとも身体がしっかりと動くうちは、しっかりと活躍したいものだが。


 まあこうは言っているが、ミーシャも本気でしたいとまでは思っていないのだろう。

 俺と一緒に、鍛冶師のところに向かっているわけだし。


「と、そんなことを話しているうちについたな」


「明らかにここだけ浮いてる感じですね……」


 そびえ立つ煙突と、そこからもくもくと上がっている黒い煙。

 いかにも鍛冶やってますという感じの風体だ。

 店の外装自体はそこらへんの小屋と変わらんので、妙にアンバランスなように見える。


 中に入る。

 俺だと面倒が起きると声高に主張されたので、入るのはミーシャからだ。


「失礼、イオさんからの紹介で来たのですが……」


「……あん? イオの紹介だって?」


 そういってくるりと振り返る男は、ミーシャよりも一回りは小さかった。

 けれどその身体はがっしりとたくましく、いかにも職人気質といった感じのしかめ面をしている。


 なるほど、これがドワーフか……初めて見るが、嫌いじゃあなさそうだ。

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