第32話


「で、でも……いけると思ったんすよ……」


 若い女は、今までに見たことがない奇天烈な格好をしている。

 額にゴーグルを引っかけており、着ているのは茶色い革鎧。その上に真っ赤なエプロンをしていた。

 そして何よりも目を引くのは、ハリネズミのように飛び出している工具の数々だ。


 エプロンの中や革鎧のポケット、肩にかけているホルスターに腰に差している鞘。


 人間の積載量の限界にでも挑戦しているかのように、槌やナイフ、何に使うのかもわからない細長い糸やギザギザとした刃物などがやたらめったらに飛び出している。


 女はしょげた様子でうなだれていて、曲がった背よりも小さなドワーフからこんこんと説教を受けていた。


 店の前に出ている看板を確認すると、スミス工房と書かれている。

 どうやらウェステリア工房とは関係がないようだ。あそこの関連店は目印がわかりやすいところに押されてるからな。


 ここで職人と会ったのも何かの縁だ。

 せっかくなら腕のいい職人でも紹介してもらえないだろうかと近付いていく。


「いい加減に遊びに精を出すのは止めろって言ってるだろう、ダリア。これじゃあアイツに顔向けができな……」


「な……父さんは関係ないじゃないっすか! 私は私っす!」


 ヒートアップして完全に外の景色が目に入っていない二人の方に近付いていく。

 わざとらしく足音を立てて歩いていくと、二人がようやくこちらに気付いた。


「そこの嬢ちゃん、あんた一体何をしたんだ?」


「うちの素材を使ってゴミを作り上げたのさ」


「ゴ……ゴミじゃないっす! ただ重たいから誰も使えないだけで……」


「ロックタートルの甲羅で盾を作ったのさ。腕利きそうに見えるあんたなら、それがどれだけ無謀なことなのかわかるだろ?」


「ふむ……すまんな、この村に来たのはつい先日のことでな。ロックタートルがなんなのかもわからん」


 ロックタートルというのは中層に出没する魔物で、その甲羅はとにかく頑丈らしい。


 ただその頑丈さと引き換えにとてつもない重さがあるらしく、普通の人間ではとても持てないような代物らしい。

 彼女はなんとかして持ってきた甲羅をわざわざ買い取り、盾を作ったのだという。


「こいつは理論上バルネラのブレスだって防げるはずなんっす、たしかに重量は問題かもしれないっすけど、それでも街の城門なんかに設置すれば使い用はいくらでも……」


「……ほぅ」


 バルネラというのは、深層エリアの守護者である魔物だ。

 マグマの中に棲んでおり、マグマブレスと呼ばれる強力なブレス攻撃を吐くという。

 それを防ぐことができる?


 ……面白そうだな。

 本当に対応ができるのなら、の話だが。


「その盾、使えるなら俺が買ってもいいぞ」


「ほ……ホントっすか!? ちょっと待っててください、すぐ持ってくるっす!」


 ダリアが中に入っていくと、ドワーフの親父がはあとため息をこぼす。


「あんまり期待させるようなことを言わないでくれ。あれはあの頭でっかちなところを治さないとものにならん。せっかく才能はあるというのに……」


 『ロックタートルの盾を作る』という言葉は、グラバドの街の鍛冶師においてはほらを吹くのと同じような意味で使われるらしい。

 つまり先人達が色々と試してきて誰一人作ることができなかったらしい。


 どうやらあのダリアという少女は、浪漫のある武具を作ることが好きなようだ。

 そして堅実な物作りをしているこの親方は、それに反対していると……。


「す、すみません、持てないんで来て欲しいっす」


 ダリアが申し訳なさそうにそう言ってくる。

 彼女に連れられて店内に入る。


 そこには――真っ黒で黒光りする、巨大な盾があった。

 亀の甲羅をそのままカットして作っているらしく、表面には甲羅らしき四角い模様がある。

 盾はつるつるとしていて、石か何かでできているようだ。

 ただ、サイズがかなりデカいな。

 これだと持ち運びするのにも難儀しそうだ。


 まあ実用性が高いのなら、運搬の難はどうとでもなる。

 背中にくくりつければなんとかなるだろうし、雑魚と戦う時は下ろせばいいしな。


 誰も持てないと言う話だったので、気合いを入れて身体強化を使う。

 今日の不完全燃焼だった探索の憂さを晴らしてやろうと、魔力を圧縮してから爆発させた。

 ひょいっ。


「な……」


「え……っ!?」


 盾を振っている俺を、二人が言葉を失って見つめていた。

 二人とも顎が外れそうになるほどに、口を大きく開いている。


 盾を持ち上げ、グリップを確かめる。

 たしかに重たいが……まあ持てないほどではないな。

 かなり重さがあるから、そのまま鈍器のように使うこともできそうだ。


 ブレスを防ぐ想定しながら軽く動かしてみてから、俺はゆっくりと頷いた。


「これは……良い盾だ」

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