第33話
盾の購入を決めた俺だったが、生憎今ある持ち金では金が足りない。
今持っているものは前金として払い、足りない分は明日持ってくることにする。
「それじゃああの盾を持ち上げた英雄に、乾杯といこう!」
ドワーフの親父ことスミスに誘われ、俺は彼らと一緒に食事を摂ることになった。
ちなみに飯はダリアが作ってくれるらしく、彼女は奥の台所へと消えている。
「まさかあれに買い手がつくとは思わなかったからな、今日は特別だ」
そう言ってスミスが取り出したのは、一本のガラス瓶だった。
中に入っているのは……水か?
いや、乾杯と言っていたし酒なんだろうな。
「おお、これは……すごいな」
カップにとくとくと注がれたそれを飲み込むと、カアッと身体が芯から熱くなるのがわかる。
今までに飲んだことがないほど度数が高い酒だ。
初めて飲んだが、世の中にはこんなものもあるのか……。
「くうっ、やっぱり火酒は格別だ!」
聞けばドワーフの奴らが好んで飲む、極めてアルコール度数の高い酒らしい。
これをしこたま飲めば、俺でも記憶を飛ばすまで酔えるかもしれない。
何せこの濃さときたら、原液のワインでも比較にならない。
酒好きのドワーフが好きなだけのことはある。
「実を言うとなぁ、ダリアが作ったものが売れたのは初めてなんだよ」
「そうなのか? 少なくとも、ものはいいと思うんだが……」
盾はこしらえも完璧だったし、腕で固定できるようついていたベルトもしっかりとしたものだった。
重心の移動がしやすいよう配慮されてもいたし、防具としての総合点はかなり高かったように思うんだが。
「あいつは自分が作りたいものしか作らないんだよ。好きなこと以外がまったく目に入らない質でなぁ……」
どうやら彼女は既製品を作るのが極めて苦手、ということらしい。
その発想が独創的すぎるため、装備を作ってもまともな買い手がつかないのだとか。
かといってオーダーメイドで作るにもアクが強すぎるせいで、店には彼女が作った大量の不良在庫がだぶついているらしい。
そんなんでよく店が持つなと思ったが、それでもなんとかできてるのがきっと、このスミスのおかげなのだろう。
「スミス工房は、ウェステリア工房の傘下には入らないのか?」
「入るつもりはねぇな。俺は問題なくやってけるだろうが、ダリアは間違いなく首を切られるだろうし……」
ウェステリア工房の傘下に入ればでは規格から価格帯までが上に決められ、自由なものづくりはほぼほぼ不可能になってしまうのだという。
たしかにそんなことになれば、ダリアが働くのは難しいかもしれない。
「なぜそんなに彼女の面倒を見てやってるんだ? もしかして……これか?」
俺が小指を出すと、スミスはふんっと勢いよく鼻息を吐き出しながら火酒を呷った。
「馬鹿言うな……昔の仲間の娘なんだよ、あいつはな」
どこか遠くを見るような目を見れば、それ以上追求する気にはなれなかった。
せっかくの酒の席がしんみりした気分になるのももったいない。
男が盛り上がることといえばやはり仕事の話だろう。
「俺はまずは守護者を倒すつもりだ。そのための装備を整えたいんだが……この工房なら可能か?」
裏守護者である炎古龍を倒すために、まずは守護者であるバルネラを倒し装備を整えるつもりだ。
なので何一つ嘘は言っていない。
「深層エリアの探索は一筋縄じゃいかねぇぞ。たしかに金は稼げるが、命あっての物種だ」
「そんなこと、わかっているとも。こいつを見ろ」
俺がアズロナを渡すと、スミスは軽く検分しただけで全てを理解したようだった。
仕事ができる男は話も早い。
「この剣、とんでもねぇ密度だな。B……いや、Aランクってところか?」
「ああ」
「そりゃあの馬鹿力なら、この剣を振り回すことくらいわけねぇか……」
「二人とも、料理できたっすよ~」
料理の乗った皿を運んでくるダリアに、俺は軽く頭を下げる。
「とりあえず、今後ともひいきにさせてもらおう」
ウェステリア工房のような常道を行く工房では、俺の目的は達成できない。
噂レベルでしか話の出回っていない裏守護者を倒そうとするのだから、まともなやり方では不可能だろう。
それなら組むのは、ダリアのような奇想を持つ人間の方がいいに違いない。
(それにこういう尖ったやつは、嫌いじゃない)
型通りに生きるのが苦手というやつの中には、ある一分野で飛び抜けた才能を発揮するものがいる。
もしかするとダリアもそういった逸材かもしれない。
まあその辺りは今後仕事をしていくうちに見えてくるだろう。
こうして俺はダリアという新たな職人を見つけることに成功したのだった。
これがどのような結果をもたらすのか……楽しみだな。
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