『絶対王者』と呼ばれた男は、冒険者になって無双する~
しんこせい
第1話
渇く……。
「さぁ、続いての挑戦者は――かつてディンバルにて騎士をしていたという男、『豪槍』のリュカス!」
ごくり、と水筒の中にある水を飲み干した。
妙にかび臭い水を喉奥に流し込んでも、この心の中にある渇きは一向に収まる気配がない。
顔を上げる。
ここは円形の闘技場、そのステージの上だ。
視線を上げれば券を買ってこちらに野次を飛ばす観客達の姿が見え、視線を下ろせばそこには今日の相手である騎士のなんとかとか言う男がいる。
ちなみに名前はもう忘れた。これから殺す人間の名前を覚えていても意味はない。
「対するは――『絶対王者』のギル! 今日もまた素晴らしい試合を見せてくれることでしょう! それでは試合……開始ッ!」
「はあああああっっ!!」
試合開始と同時、騎士をしていたなんとかとか言う男が槍を振ってくる。
技の出も、槍を引き戻す速度も悪くない。
だが……
「すうっ……」
大きく息を吸い、全身に魔力を循環させる。
すると途端に、身体から力が漲った。
身体強化、と呼ばれる技術だ。
俺は誰かから教わったわけでもないのだが、この身体強化を驚くほど自然に使いこなすことができた。
魔力を循環させるだけでは受けきれるか微妙なところだったので、腕に魔力を集中。
攻撃を捌き、突きを目で見て躱す。
「ふわぁ……」
思わずあくびを出してしまうと、男の方が機嫌を損ねたようだ。
攻撃の速度が上がっていくが……技のバリエーションが減ったな。
カッとなりやすい質らしい。
一番威力が出やすい、溜めてからの突き。
どうやらこれが自信のある技のようだ。
馬鹿の一つ覚えみたいに、再び同じ一撃を放ってくる。
「それはさっき見たって」
突きを避け、前傾姿勢に。
瞬間、魔力を圧縮して爆発させる。
全身のバネを使い、跳ねるように放った切り上げが、男の腕を切り飛ばした。
そのまま、角度を変えて振り下ろし。
脳天に直撃した男は一度ピクリと動いてから、そのまま動きを止めた。
「勝者、ギルッ! またしてもギルの無敗伝説に新たな一ページが刻まれたぁっ!」
周囲からの歓声と野次。
拾い上げてみると、どうやら今回も勝敗ではなく、騎士が俺相手に何秒保たせることができるかで賭けていたらしい。
「渇く……」
水筒をひっくり返し口をつける。
側面からしたたるわずかな水が、舌をほんの少しだけ湿らせた。
今日もまた、俺の渇きが癒えることはなかった。
「ほれギル、今日の祝いだ」
「ああ」
俺は勝利の対価としてもらったいつもより上等な飯を、ガツガツと食らっていく。
支配人の機嫌がいいらしく、今日は酒も出してくれた。
一切遠慮せず飯と酒のおかわりを頼み、腹を満たしていく。
――俺の名前はギル。
剣闘奴隷をしている。
剣闘奴隷――剣奴とは、簡単に言えば人の前で見世物の戦いをするための奴隷だ。
人、獣、それに魔物。
どんなやつとでも戦うし、俺はその度に勝ってきた。
勝ち続けるうちについたあだ名が『絶対王者』。
一度も負けていないからということらしい。
父さんと母さんのことは何一つ知らない。
俺は気付けばこの場所にいて、ここで剣奴としての教育を受けてきた。
ちなみに俺に剣奴としてのイロハを仕込んでくれた先輩は、俺が殺した。
つまるところ、ここはそういう血も涙もない世界だ。
容赦をすれば死ぬ。
情けをかければ死ぬ。
下手をすれば死ぬし、下手をしなくても死ぬ。
残酷なまでに実力が全て。
そんな世界で、俺はもう十年以上も生きてきた。
俺にとっては、この闘技場の中が世界の全てだった。
それ以外のことは知らないし、大して知りたいとも思っていなかった。
けれどいつからだろうか……俺は猛烈な渇きを覚えるようになっている。
その原因はわからない。
ただどれだけ水を飲んでも、どれだけ飯を食っても、俺が心から満たされることはなかった。
剣を振っている間、そして相手と戦っている間だけは、全てを忘れることができた。
だから俺は今日も剣を振る。
俺の中で蠢いている、渇きをかき消すために。
「ちいっ! 待て、待てと言っているだろう!」
いつものように相手を倒し、牢の中でゆっくりと眠っていた時のことだ。
突然聞こえてきた大声に、俺は意識を覚醒させ即座に戦闘モードへと移行する。
わざと寝起きの状態で戦わされたことも何度かある。
たとえ眠っていようと、気配や声で飛び起きるくらいのことは朝飯前だ。
ジャラリと足枷の鎖の音が鳴る。
また一段と、渇きが強くなった気がした。
(どうにも、俺が戦わされるわけではないみたいだが……)
ぴくりと動いた鼻が、焦げ臭い匂いを感じ取る。
これは……火事か?
見ればドア越しに、人影が見えている。
先ほどからちらちらと見えているそれは、俺が見たことのない人間達だった。
あちこちから聞こえてくる怒号と悲鳴。
火の手が上がっている場所はそこまで近くないようだが、焦げ臭い匂いは着実に近付いている。
このままではそう遠くないうち、俺も焼死死体の仲間入りをすることになるだろう。
死は誰にでも平等に降りかかる――圧倒的な強者を除いて。
ちらりと足枷を見る。
そして手枷を見て、次いで牢を見た。
(死ぬくらいなら……やってみるか)
枷に使われているのは魔鉄と呼ばれる、魔力を含んだ鉄だ。
通常の鉄より硬度がかなり高く、こいつで作った剣は抜群の切れ味を誇る。
枷にわざわざ結構な高級品である魔鉄を使ったのは、以前俺が寝ぼけて鉄の枷を引きちぎってしまったことがあったからだった。
ただ魔鉄製に変わってからは、枷は一度も壊れたことはない。
まず最初に、全身に魔力を循環させる。
そして次に、魔力を身体の一部に留める。
最後に腕に留めた魔力を圧縮し、空いた容量に更に魔力を込め、圧縮。これを繰り返していく。
ギリギリまで圧縮した魔力を溜めきってから……解放!
瞬間的に強烈な力が発揮される、これで無理だと厳しいが……パキッ。
実にあっけなく、魔鉄の手枷は壊れた。
同じ要領で足枷を壊すと、牢に手をかける。
牢は鉄製なので、さして力を入れずともぐにゃりと曲げられた。
ただ武器がなかったので、気合いを入れて魔力圧縮を行い、鉄の柵のうちの一本を引っこ抜く。
即席のポールウェポンを作ると、俺は外に出ようとして……あれほどまでに感じていた渇きが、薄くなっていることに気付く。
一体何故か、考える。
聞こえる怒号は大きくなっていたが、俺にとってこの問題は、それよりよほど大切なことのように思えた。
「今の俺は……」
枷がついていないし、闘技場に立っているわけでもない。
今の俺は自分の意思で枷を壊し、牢をひん曲げ、力業で武器を調達してみせた。
そうだ、今この瞬間――俺は自分の意思で動いた。
持ち主の太った男に従うのではなく、一座の男に言われて飯を食べるのではなく、自分で考えた末に行動を起こしたのだ。
今までとの違いは、それしか考えられなかった。
「自分の意思、か……」
それは恐らく、剣闘奴隷にとって必要のないものだろう。
けれど俺、ギルという一人の人間にとって、それは大切なものだったのだ。
自分の意思を持つことを許されていないからこそ、あれほどまでに俺は渇いていたに違いない。
「俺は……どうしたいんだ?」
剣闘奴隷になった人間の中には、外の世界から故あってこちらにやって来た人間もいた。
彼らは皆、剣奴を上がって早く元の世界に戻りたいと口を揃えて言っていた。
「外の世界か……」
俺は外の世界に、さほど興味はない。
けれど剣奴の世界がくそったれなものであることくらいは、今の俺にだってわかる。
今となっては記憶もおぼろげだったが、先輩の剣奴を初めて殺した時、俺はたしかに涙を流したのだから。
恐らく俺がここで生き残ることができたとしても、待っているのは以前と何一つ変わらない、渇きに耐えるだけの生活だろう。
「それならここで一丁、博打に出てみるか」
俺はお手製の鉄棒を手に、外へ出る。
あれほど感じていた渇きは、綺麗さっぱり消え失せていた――。
どうやら俺を所有していた興業団は、襲撃を受けたらしい。
歩いていると支配人だった人間が死んでいたので、そいつの服を拝借して外へ出た。
火事を聞きつけた野次馬がかなりの数交じっていたため、その中に交じってなんとか雑踏に紛れ込むことに成功する。
長いこと街の中にいれば必ずボロが出てバレるだろう。
少なくとも俺のことを知る人間のいない場所へ向かう必要があった。
街の地理を思い出す。
ここはなんとか王国とかいう国の東の方で、東に進んでいくとバステルという隣国がある。
奴隷仲間に聞いたんだが、そこには奴隷制度というものが存在していないらしい。
そこなら俺も普通の、試合を見に来ていた奴らのような暮らしができるかもしれない。
俺は人の視線が切れていることを確認してから身体強化を使い、力業で城壁を上っていった。
そのまま街の外へ出ると、街道が続いていた。
「とりあえず……歩くか」
食い物もなければ水もないし、次の街までどれほどかかるかもわからない。
けれど不思議と不安はなかった。
なにせ今の俺は自分の意思で、この道を歩いている。
足裏に感じる確かな大地の感触が、俺に力を与えてくれる。
何、大丈夫さ。
俺は『絶対王者』のギル。
たとえ自然相手でも、負けたりしない――。
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新作を始めました!
不遇職『テイマー』なせいでパーティーを追放されたので、辺境でスローライフを送ります ~役立たずと追放された男、辺境開拓の手腕は一流につき……!~
https://kakuyomu.jp/works/16818093075907665383
自信作ですので、ぜひこちらも応援よろしくお願いします!
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