第27話


「らっしゃい」


(ほう……)


 店内に入ってまず最初に感じたのは、鼻を刺すような独特の刺激臭だった。

 今までに嗅いだことのない、喉の奥がイガイガしてくるような妙な匂いがする。


 次いで感じるのは、狭さくる圧迫感だった。

 店の中のスペースが、異常なほど狭いのだ。


 ドアを開くとすぐそこに椅子が並んでいるのである。

 テーブル席なんて洒落たものもなく、店内は全てカウンター席のみ。


 カウンターテーブルはL字になっていて、手前の方が短い造りになっている。

 見れば店内は六席が埋まっていて、座っている客は全員男だった。


 店員は、テーブルを隔てて睨みを利かせながら厨房で腕を振るっている男一人だけ。

 先ほどの人気店のようなかわいらしい女の子がいるはずもなく、奥にいるのはねじりはちまきを巻いている無骨なおっさんである。


「二人だ」


「座んな」


 とても客商売とは思えない適当な態度に、思わず笑みが浮かんでくる。

 これだけ雑な接客でも客が入っているということは、それだけ出す料理に自信があるに違いない。


 とりあえず一番手前の席に座る。

 ドアの隙間風が当たるので本当は奥に行きたかったが、むさい男達をかき分けて奥に進もうとは思えなかった。


「私はこっちで」


 有無を言わさず端の席を取ったミーシャの隣に座る。

 小さな木製の椅子は座り心地がたいそう悪かった。


「……」


「はふっ、はふっ、ずるずるずるっ」


 隣に顔を向けると、俺の二倍くらいの横幅がありそうなおっさんが、汗だくになりながら一心不乱に料理を食べている。

 激辛料理とは、あれほど人を夢中にさせるのか……。


「うちはメニューは一品――辛麺のみだ。お好みは?」


 店のおっさんが指差した先には、横にいるおっさん達が食べている料理の描かれた絵があった。

 なるほど、あれが麺なのか……初めて食べるな。


 見てみると真っ赤な麺料理の絵の下には、炎のマークが記されていた。

 どうやらあの炎の数で、辛さを決められるシステムになっているらしい。


「一番辛いのを頼む」


 ガタガタッ!


 俺の言葉に、先ほどまではふはふと麺をすすっていた男達の動きが止まる。

 一斉に視線を向けられたが、俺としては恥じるところはないので堂々と胸を張ることにした。


「……お客さん、この店に来るのは初めてだろう? 悪いことは言わんから止めときな。極辛は……」


「一番辛いのを頼む」


「私は一番辛くないのでお願いします!」


 続いて注文をしたミーシャに毒気を抜かれたからか、店主はそのまま何も言わず調理に映った。


 麺を入れるスープをかき混ぜながら、器に赤い何か――恐らくは辛さの下になる香辛料だろう――を入れていく。

 同時に麺を茹で、流れるようにして調理を終える。


 そこには武人と同様、同じ型を繰り返し続けてきたものだけがたどり着くことのできる美しさが宿っていた。

 これを見ることができただけでも、ここに来る価値はあったな。


「お待ち」


 渡された辛麺は――なるほどたしかに、極辛を名乗っても許されるだけの凄みがあった。


 匂いを嗅ぐと、鼻の粘膜が痛い。

 器の上で湯気を浴びれば、目もピリリと痛んだ。


 きっと地獄というものがあればこんな感じなんだろうと思わせるような真紅が、そこにあった。


 スープは煮えたぎった地獄の釜のような赤で、白色の麺がそれと美しいコントラストを成している。

 麺の横には真っ赤な香辛料がそのまま、とんでもない量乗っている。


 そして麺の上には、恐らく香辛料をパウダー状にしたものがこれでもかというほどこんもりと乗っていた。


 ちなみに隣のミーシャの辛麺を見てみると、スープの赤身も薄いし、上にもパウダーがほんのちょっと乗っているだけだった。

 やはり最も辛いものを頼んで正解だったと言わざるをえない。


「それじゃあ……いただくか」


 フォークで麺を巻き取り、そのまま口に運ぶ。

 ずるずるとすすりながら噛みしめると――口の中に、ガツンとした衝撃が走った。


「くっ……」


 たとえ鉄剣で思い切り叩き切られても顔色一つ変わらないほど鍛え上げた身体から、思わず声が出てしまう。

 これはもう、内側からの攻撃だ。


 以前歯で真剣白刃取りをして刃の破片が口の中に飛び散ったことがあるが、純粋な衝撃でいえばあの時よりも上かもしれない。


(だが悪くない……実に悪くないぞ)


 客達と同じように、ずるずると麺をすすって食べる。

 喉の奥から体内に流れ込んでいく度に、体内を痛みが走った。


「ずるずるずるっ!」


 気付けば俺は先ほど見た客と同様、一心不乱に辛麺を食べてしまっていた。

 身体から汗が噴き出し、粘膜という粘膜が悲鳴を上げるが、それでも食べる手を止めることができない。


 臓器があまりの辛さに悲鳴を上げている。

 戦いで感じたことがない種類の痛みは、それ故に得がたい経験だった。


「ふぅ……」


 無事スープまでしっかりと飲み干して完食すると、ミーシャまで含めた全員が絶句しながらこちらを見つめていた。


 どうやら格闘していた時間はかなり長かったらしく、ミーシャも既に食べ終えている。


 食事代をテーブルの上に置くと、立ち上がり背を向けた。


「また来よう。できればもう少し、辛くしてくれると助かる」


 ミーシャと歩き出し店を出ると、外まで漏れ聞こえるほどに大きな歓声が上がる。

 俺はたしかな満足を抱えながら、激辛料理店である『麺屋花蕾』を後にするのだった――。

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