第26話


 アセロラ村を出てから一月ほど、乗合馬車に揺られたり、ミーシャを担いで走って行ったりしてなるべく時間を短縮しながら、グラベル火山の麓にできているグラバドの街へとたどり着いた。


 まだ戦ったことのないSランク魔物……ひょっとするとそいつは、俺よりも強いかもしれない。

 ワクワクが止まらない俺は、ミーシャの悲鳴を一切無視しながら駆けてきた。


 あまりの激しさに道中何度か彼女がリバースしたりもしたが、吐瀉物がかからないよう更に速度を上げて進んだため旅装もまったく汚れていない。


「うっぷ……乙女が出しちゃいけない声が出ちゃいます……」


「ゲロ吐いてた時点で今更だろ」


「げ……なんてこと言うんですか! アレは乙女の輝きです! 私はそういうものは出ないんです!」


 何やらわめきだしたミーシャと共に、グラバドの街を歩いていく。

 ガレフォンに行った時も圧倒されたが、こちらもこちらでまた別の驚きが多い。


 まずこうして歩いていると、とにかく武装した人間が多い。

 さっきから視界のどこかには、必ずと言っていいほど冒険者の姿が映っている。


 グラベル火山は、冒険者にとっては有名な狩り場の一つらしい。

 巨大な狩り場としては良く在る、複数のランク帯の魔物が出現する巨大なエリアなんだとか。


 そのためここには駆け出しのルーキーからこちらに興味深げな実力者まで、実に多種多様な冒険者達の姿がある。


 だが正直、イオを見た後だと誰も彼も物足りなさを感じてしまう。

 俺も強くなっているからか、よほどの武人と会わない限りは何も感じなくなってしまっている。


 ただ様々なランク帯の冒険者が訪れるおかげで、街は活気に満ちている。

 戦い以外のところだと、色々と見るべきところは多そうだ。


 まずは宿の確保と街巡りだ。

 グラベル火山に挑むのはその後だな。

 話では炎古龍に挑めるようになるまで時間がかかるらしいから、そこまで焦る必要もない。

「しっかし、熱気がすごいな……」


「水筒の中身がぬるいです……」


 火山の麓にある関係からか、街中の温度もかなり高い。

 たしかにミーシャの言うとおり、水筒の中の水もかなりぬるい。


 この街では派手に目立つつもりだし、人前での氷の解禁をするのもそう遠くないかもしれないな。



 宿の確保をしてから、情報集めはいつもの通りミーシャに任せる。

 ちなみに金銭の管理も面倒なので、財布も預けていることが多い。


 俺みたいな無骨者は、こうして信頼できる誰かに任せた方がいい。

 ……自分でも意外だが、どうやら俺は案外ミーシャのことを信頼しているらしい。


「グラバドの街は激辛料理が有名らしいですよ、ギルさん!」


「激、辛……?」


 以前街でも辛いものは見たことがあったが、値段が高すぎて手に取ることはなかった。

 だがどうやらこの街だと、リーズナブルに辛い食い物が食えるようだ。

 しかも激辛だ。普通の辛いものより激しく辛いとなれば、食べない道理がない。


「一番人気の店があそこですね」


 歩いて行った先にミーシャが指差した場所は、いかにも人気店といった感じの風貌をしていた。


 店の上にある看板には火を噴いているドラゴンの絵が描かれており、店の前には行列ができていた。最後尾には何やら文字の書かれている板を持っている。


 声を拾ってみると、どうやら食べるまでに一時間ほど待つらしい。

 流石にここはナシだな。


「飯を食うのは五分でできるのに、食べるまでに一時間も待つのは馬鹿らしい」


「ギルさんの好きそうなところもリサーチ済みです」


「助かる」


 時々立ち止まって目印を確認しながらミーシャが進んでいく。

 ガレフォンのスラム街を思い出させる路地裏に入り込んでから歩いていくと、その突き当たりのところに一軒の店があった。


 店の前には鎖が外れ取れかけている看板と、煤か何かで黒ずんでいる店構えが見える。

 これが本当に店なのだろうか。

 たしかに匂いが漂ってきているから、飯屋ではあるのだろうが……。


「ギルさん、ここがグラバドで一番辛い料理を出すお店らしいです。なんでも辛すぎて人が来ないレベルらしいですよ」


「ほう、一番辛い……つまり辛さにおいて最強ということか」


「え、ええ……そうとも言えるかもしれません。多分だけどギルさん、こういうお店好きですよね?」


 俺の好みをよくわかっているじゃないか。

 一番辛い料理か……一番美味い料理じゃないというのはちょっと気にはなるが、湧いてきた好奇心の前ではささいなことだ。


 俺達はそのまま店の中に入ることにした。

 激辛料理を食べきることができるのか。

 これもまた、一つの戦いである。

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