第48話


「「「わーっしょい! わーっしょい!」」」


 まず俺がされたのは、興奮した男達による胴上げだった。

 筋肉がバキバキの男達に、ゆっさゆっさと揺られながら何度も打ち上げられるので正直めちゃくちゃ暑苦しいのだが、皆楽しそうにやっているので無粋なことを言うつもりはない。


 ただ女性陣に胴上げをされているミーシャが少しだけ羨ましいと思ったのは、ここだけの秘密にしておこう。


 その後、なぜか大規模な宴会が広場で始まった。

 ここを商機と見た商人達は酒を大盤振る舞いで振るまい、酒に酔った人間達を籠絡すべく街から娼婦達も出張ってくる。

 結果として通り抜けるのにとてつもなく時間がかかりそうなほどの大混雑ができあがった。 俺が人にもみくちゃにされながら渡された食事に舌鼓を打っていると、人波をかき分けて何かがゴロゴロと音を鳴らしてやってくる。


 それだけの人混みなのに、バルネラの死体が運ばれる時だけは綺麗に人の波が分かれるのだから、不思議なものである。

 誰かと思えば、やってきたのは大きな荷台を引いているスミス達だった。


「おぉ、こいつぁ……」


「バルネラっすよ! 私、生で見たのは初めてっす!」


 ダリアがバルネラの死骸に抱きついた……かと思うと、早速素材を剥ぎ取ろうとする。

 その後頭部を、スミスがポカリと叩く。


「こんな衆人環視の中で作業する阿呆がいるか! 今すぐ工房に持ってくぞ!」


「う、うっす!」


 スミスとダリア、そして恐らく今回のために臨時で雇い入れたらしい人夫達がバルネラを軽くバラしてからくくりつけ、そのまま工房へと向かっていく。

 皮を剥ぐだけでも周囲から歓声が上がり、スミスは非常にやりにくそうにしていた。


 今回の素材も、今まで同様基本的にはスミス工房に渡す予定だ。

 これで彼らの商売が少しでもやりやすくなることを、俺は願ってやまない。


「落ち着いたら工房に来い」


「ああ」


 スミスの言葉に頷くと、彼は満足そうな顔で人混みの中へと消えていった。


 バルネラが討伐されるとなぜお祭りになるかはわからないが、ただ飯ただ酒がもらえるのなら俺としても歓迎しない理由がない。

 俺は顔を合わせた奴らから飯を振る舞われ、祝い酒を注がれ、その全てをガシガシと平らげていく。

 ちなみにミーシャとは常にはぐれてしまっている。

 まあ彼女なら万が一のこともあるまい。


 二度とあるかはわからないのだから、この機会を存分に楽しむことにしよう。

 しかしこれだけ祝われると、流石に気分がいいな。


「にしても騒ぎすぎな気はするが」


「バッカおめぇ、当たり前だろ。バルネラ討伐が最後にされたの、一体いつのことだと思ってんだ!」


 そう言いながらぐいっと酒を呷るのは、見知らぬハゲた冒険者だ。

 そのまま俺の方にも酒を注いでくれるので、ありがたくもらう。

 深層の魔物の装備を使っていることから考えると、ある程度のベテランではあるのだろう。

「畜生、バルネラは俺達がやるって決めてたのによぉ」


「それはすまないことをしたな」


 バルネラ討伐というのは、このあたりで活動する冒険者にとっての勲章なのだという。

 そのために長いこと準備をするパーティーが多いらしい。

 パッと来て倒す俺達は、かなり異端のようだ。


「そういえば裏守護者のことは知ってるか?」


「あぁ、そういえばそんな与太話も聞いたことがあらぁな」


 ただバルネラ討伐への意気込みを持つ冒険者であっても、裏守護者のことは知らないらしい。

 バルネラの知名度が高すぎるせい、なのかもしれないな。

 あるいは倒して広場にやってきた人間が今までにほとんどいなかったのかもしれない。


 口が軽くなっている広場の人間から情報収集をしてみるが、やはり結果は芳しくなかった。 しこたま酒を飲んでから、妊婦のようにお腹がパンパンになっているミーシャを引き連れて広場を後にする。


 そのままスミス工房へ向かうと、既にスミス達はなめしの加工を行っている最中だった。

 へべれけになり早々にダウンしたミーシャを脇で寝かせ、スミスとダリアと杯を交わす。

 手に持つのは、彼が取っておいたというとっておきの火酒だ。


「乾杯」


「「乾杯(っす)!」」


 やはり酒というのはいいものだ。

 祝い酒であれば、なおのこと。

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