第四十話『もしもドックス-hotline-』

 壁面にツタが這って幻想的な雰囲気のする、昔の映画かアニメで見る様な、おまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

 店の中には、飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿をしたすみを垂らした様な黒髪が印象的な店主と、どこか刃物の様な印象を覚える詰襟姿つめえりすがたの従業員の青年とが居た。

「ええ、そこにそっと置いて頂戴ちょうだいな」

「ええ分かりました」

 店主の女性の指示に従い、従業員の青年はアクリル製の中が透けて見える箱を運んでいた。

 箱の中にはピンク色のダイヤル式の置き電話が入っていた。

「しかし妙な電話機でんわきですね。レトロな電話機ってのはまだ分かるのですが、ダイヤルや数字が全く書いていないだなんて」

 従業員の青年が言う通り、そのダイヤル式の置き電話には電話番号を打つ文字盤もじわくが無く、回すべきダイヤルも無く、そのくせ電気のコードは付いている。

 ままごとや芝居の小道具と言う訳では無く、特別製の電話機と言った印象だ。

「ええ、それはね。ホットラインと言う物よ」

 従業員の青年の疑問に対し、店主の女性は特に勿体ぶる事も無くそう言った。

「ホットライン?」

 店主の女性の聞き慣れぬ言葉に、従業員の青年はオウム返しに聞き返した。

「ええ、一つの番号にしかつながっていない電話機の事をそう言うの。一つの番号にしか繋がっていないから、電話番号を打つ必要も無いの」

「なるほど、それでこの電話はどこに繋がってるんですか?」

「ええ、その電話は何でも叶えてくれる精霊の番号に繋がっていたわ」

 店主の女性は明日の天気の事でも話すように、つまらない事であるかのようにそう言った。

「何でも願いを叶えてくれる精霊!?」

 従業員の青年は思いもよらない答えにビックリ仰天し、今日二度目のオウム返しをした。

「本当に何でも願いが叶うんですか? 俺もその電話を使ってみてもいいですか?」

 従業員の青年は酷く興奮こうふんした様子で店主の女性に質問した。

 何せ人間の欲には際限が無く、それこそ何でも願いが叶う電話があるならば、欲望の限り注文をし続ける事だろう。

 巨万の富など氷山の一角、不老不死、全知全能、世界平和、恒久的な名声などなど……本当に制限が無いならなんだって注文するだろう。

「それがね、その担当者は亡くなっちゃったの。だから、その電話は今は誰の元にも通じていない事になるわね」

「ええ、そんな勿体ない! でも、何でも願いを叶えてくれる電話なんですよね? そんな精霊が死んだりなんて起こりうるんですか?」

 従業員の青年が嘆いてそう言うのに対し、店主の女性は遠い目をしてこう答えた。

「ええ、何でも願いを叶えてくれたと思うわ。何でも願いを叶えてくれると聞いて、それを疑って食ってかかってしまったへそ曲がりな人が『それじゃあ、試しにお前自殺してみろよ』って受話器に言うまではね……」

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