第二十六話『宝くじ必勝法-webspinner-』

 金が無い。

 いや、金が無いと言うのは少々語弊ごへいが有る。

 首が回らないとか、明日をも知れないとかそう言う訳では無い。

 強いて言うなら、飲んだり遊んだりする金が欲しいと言うべきか。

「しかし金が欲しい」

 そうても無いつぶやきをすると、アパートの呼びりんが鳴った。

 こんなあばら家にセールスだの契約けいやくだのは来ない。

 つまり訪れるのは知人と言う事になるのだが、俺の予想を裏切り、訪れたのは黒いドレスを着て長髪をまとめた妙齢みょうれいの女性だった。

「えっと、何の御用ですか?」

「ここへはセールスへ参りました。あなた、金運を呼び寄せる幸運の壺はいかがですか?」

 今時こんな胡散臭うさんくさい霊感商法みた訪問セールスが存在するのか!

 俺はくらくらと眩暈めまいを覚えつつも、このセールスの女性を追い返す文句を頭の中で考えた。

「すみませんが結構です、うちには余計なお金が無くて……」

「お代なら結構です、こちらは試供品になります。こちらをお納めして効果が無ければ返品してくだされば結構です、うちは気に入らなければクーリングオフでも何でも受け付けますから」

 そう言ってセールスの女性が手渡したのは、てのひら大のつぼだった。取っ手にはひもがくくり付けられており、壺には幸運の動物か何かだろうか? カエルの顔がられていた。

「それで、これはどう幸運を呼ぶんですか?」

「何でもです」

 セールスの女性は胸を張り、自信満々で断言した。

「何でも?」

「ええ、何でも。それこそかぶでもけ事でも何でも」


 俺とセールスの女性はその後、短くない問答をしたが、結局のところ彼女のなかば無理矢理な強い押しに負けて壺を渡されてしまった。

 俺は信心深い方ではない、迷信は信じないし、むしろ逆だ。

 どうせならこの幸運の壺とやらを暴くがてらちょっと遊んでやるとしよう。

 俺は遊ぶ金が無いとは言ったが、繰り返すが首が回らないとか明日をも知らぬと言う訳では無い。

 千円だけだ、ここに千円だけ遊ぶ金がある。これでパチンコの一円台で遊ぶとしよう。

 俺は例の壺をカバンにくくり付け、最寄りのパチンコ屋に向かった。


 俺の予想に反して、パチンコはバカツキだった。

 普段ならすぐに目減りするパチンコ玉がまるで減らない、それどころかモリモリと玉が増えていく!

 こんな事ならば、一円台でちまちまと打つんじゃなかった!

 俺は大量のパチンコ玉を、主に缶詰の食料品等に替えてホクホク顔で家に帰った。

 今日は店で替えた酒とカニミソとその他諸々もろもろなんかで、一人ささやかな酒宴しゅえんといこう。

 この様な良い空気を吸うのは、本当に久方ひさかたぶりだった。


 缶詰のカニやたいやソーセージを派手に食い散らかし、なった頭で俺は考えた。

 元手が安く済み、アクセスが容易で、リターンが大きい博打ばくちは何だろうか?

 うちの近所に競馬場は無い。競馬は倍率が高そうなイメージがあるが、気軽に行けるのでないなら候補から外すべきだろう。

 俺はパチンコがきらいではないが、好きでもない。

 そもそもパチンコは時間を要するギャンブルで、全ての面にいて気軽なギャンブルとは言いがたい。

 株や投資はリターンの大きいギャンブルかも知れないが、俺はなんとなく株式を売る事に抵抗があった。

 株を売るより、見返りが魅力的みりょくてきな株式を保持し続ける方が良い気がする。

「やっぱり宝くじか……」

 決めた。俺は明日、全財産を宝くじに使う事にする。

 俺はこれまで平坦へいたんな人生を歩んできたが、この好機を利用すれば平坦な人生から脱する事が出来る!

 善は急げ、鉄は熱いうちに打てと言う奴だ。


 壁面にツタが這って幻想的な雰囲気のする、昔の映画かアニメで見る様な、おまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

 店の中では、飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿をしたすみを垂らした様な黒髪が印象的な店主と、どこかナイフの様な印象を覚える詰襟姿つめえりすがたの従業員の青年とが居た。

 店内は閑古鳥かんこどりが鳴いており、店主の女性と従業員の青年は他愛の無い事を話していた。

「ところで、何で急に宝くじなんて買ったんですか?」

「それはね、今買ったら当たる気がしたから。カナエはそんな事って無い? 今買わないと当たりくじを他の人に取れてしまう、今買ったら他の人が買うかも知れない当たりを引き当てられる。そんな気がしたの」

「ふーん。解る気がしますが、そんな上手く行きますかね?」

「ええ、きっと当たるわ」

 店主の女性はそう言いながら、手元にある十枚ほどの宝くじをでた。

 店内にはカエルの模様が彫ってある壺が、優に数十個は置いてあった。

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