第七話『こっちへおいでよ-SIREN-』
夏、慰霊のためのサイレンが響く。けたたましいと言う様な、もの悲しいと言う様な、聞く者に複雑な感情を抱かせる音だと俺は感じた。
この頃、俺の周囲にはちょっとしたローカルな都市伝説が流れていた。
初めに断わっておくが、俺は都市伝説に関しては聞く専門であって、調査だとか創作は全くしない、断じて無い。
その都市伝説の内容だが、この街にある山にはよくないモノが住んでいて、そのよくないモノに魅入られると山に誘われて
行方不明者が出たり、心に傷を負う人が出たら、山に住んでいるバケモノのせいと言う事になる。
俺はこの話は中々良い落としどころなのではないかと、聞いた時には思ったものだ。
何せバケモノに殺されて終わりではなく、初めからバケモノの存在が周知されていて、バケモノが手ぐすねを引いている話なのだから大きい
テレビ番組がやらせで作る様な、チープなコンピューターグラフィックのバケモノが撮影者を殺して終わる様な映像はつまらない事この上無い。
もう一度言うが、俺は都市伝説等と言ったものは聞く専門で、調査なんてする積もりも無いし、更に言うと信じて鵜呑みにする積もりも毛頭無い。
「何故だか来てしまった……」
自分でも何故だか分からないが、件の山の麓まで来てしまった。しかも一人で。
「おかしいな、俺はこれからバイトがある筈なのに……」
学校が半ドンで終わったので、暇つぶしがてら足を向けてしまったと言うのは分かる。ただ再三再四言う様に、俺はこの山を調べる積もりは全く無い。
「ダメだな、俺はこの山を調べないといけない気がする……そうしないと俺は今夜安眠出来ない、そんな気がしてならない」
自分で自分の心がよく分からないが、無意識にこの山を調べないといけない気分が強まっているのを感じ、俺は俺の心に従う事にした。
なに、俺にとってバケモノよりもバイト先の店長に失望される方が怖いんだ。逆に言えば、俺はバケモノに遭遇したりせずに時間通りに生還しなくてはいけないと言う事になる。
この街にある山は、特に
そもそも都市伝説と言うのは一般的に言って、人通りがあるスポットに付加価値を付ける物が普通であり、この世界のどこかに……なんて物言いでは都市伝説としては異色と言わざるを得ない。
とにかく、この街の山は一般的な山であり、マトモな山道や車道が整備されている。勿論獣道へと出ればヘビやタヌキの様な野生動物が出るだろうが、とにかく普通に歩く分には特にこれと言った脅威も無い。
整備された山道をごく普通に歩く。周囲は時刻もあって
これがホラーマンガだったら、ガードレールの向こうに超常の存在がジッとこっちを向いているなんてシーンもあるかも知れないが、そんなにポンポン超常現象が見られたら、現代人的にはパシャリパシャリと携帯端末でシャッターを切るだろうし、少なくとも簡単には見つかる事は無いだろう。
何かを運搬しているであろうトラックが通り過ぎる。あるのは現実であり日常、やっぱり都市伝説なんて物は作り話か錯覚かに相違ない。
「うん? これは何かの童謡か?」
トラックが通り過ぎた後に気が付いた、何か歌の様な物が聞こえる。様子からして、近くも遠くもない場所から聞こえている気がする。
「人が居る感じはあまりしないのに、これは獣避けか何かの音声か?」
これまでの道にそれらしい音声は聞こえていなかった、つまりはこの先に歌を唄うスピーカーが設置されているのだろうか? 山道の中の売店か何かが呼び込みと獣避けを兼ねた曲を流していると考えると、確かに腑に落ちる。
しかし違う、第一に歌が聞こえるのはここから
「日本語でも英語でもない……聞いた感じ中国語や韓国語でも、フランス語やイタリア語やドイツ語でもない。もっと他の言語か、或いはどこかの古語だろうか? でもなんで日本の山中に?」
例えば、妖狐の伝承は日本以外にもインドや中国や韓国にもあり、これらは同一の妖怪であるとする説もある。だから外国語を話す妖怪の類が居ても不思議はない。
しかし、今の俺にとっては何もかも不可解だった。なんで獣道の方から未知の言語の歌が聞こえる? 外国人が遭難して鼻歌を歌っているにしては、呑気に過ぎる。
獣道から聞こえると言う事は、動物かバケモノが歌っているのか? モルグ街の殺人ではオランウータンの
「く、今の俺はどうかしている……興味なんて無い筈なのに、これを調べなくてはいけないと心の何処かで思っている!」
俺はガードレールを飛び越え、歌の聞こえる獣道の方へと降りて行った。
「忌々しい歌声だ、その綺麗な調べの原因を調べてやる! どうせタネが分かればつまらない話なんだろ?」
俺は自分の頭に血が昇っているのを感じた。普段の俺ならば、絶対にこんなことはしない。自分で自分のキャラを見失っているって感じだ、自分でもどうして自分がこうなっているのかが理解出来ない。
「ん?」
その時、足元で何かが折れる様な、爆ぜる様な音がした。文字で言い表わすと、ビキッ! って感じの音だ。
枝でも踏んだのだろうか? と、足元を見ると、そこには白骨死体があった。
「なっ!?」
『山にはよくないモノが住んでいて、それに魅入られると山に誘われて憑り殺されてしまう』
俺は背中にツララを入れられた様になり、急いで元居た場所へと駆け戻った。脳裏にはあの歌声がまだ聞こえていたが、もう歌声が気になる事は無かった。
いや、嘘だ。あの歌声は俺の脳裏に刻み込まれており、今でも気になって仕方が無い。
「きっとそれはセイレーンね。ご存知かしら? セイレーン」
バイト先の店長に今日あった事を報告すると、店長はそのものズバリらしい答えを教えてくれた。
小さな店で、流行っている様な流行っていない様な、客足もまばらなものなので、私語をする余裕くらいはある。
「はい、聞いた事くらいは。ただ、セイレーンって人魚ですよね? なんで人魚が山に?」
俺がそう疑問を投げかけると、店長は予想通りと言わんばかりにクスクスと笑いながら俺に教示を行ない始めた。
「セイレーンは、元々は鳥の下半身の怪物だったの。でも後世では魚の下半身になったり、亜種に至ってはタツノオトシゴや蜂の姿だったりするわ」
「蜂……山に出るのは理解出来ましたが、そこまで来ると何でもありですね。でもそれって本当に全部セイレーンなんですか?」
「ええ、全部セイレーンよ。全部歌声で人間を惑わして捕食する怪物ですもの、人間が最初に魚のセイレーンと鳥のセイレーンを同一視した時点で虫のセイレーンも発生するのは必然だったのだと思うわ」
歌で人間を惑わす巨大な虫、そんなものがあの山に住んでいて人間を食い物にしていると思うと身の毛がよだつ様な話だ。
「でも大丈夫なんでしょうか? この街にそんなバケモノが居るなんて、行方不明者の捜索なんかで虫のセイレーンの被害者が増えたりなんて事は……」
「大丈夫よ、どうせ人間はそんな簡単に滅亡したりはしないもの。そんな事で滅ぶのが人類なら、何千年も前に地球から人間は一人も居なくなってるわ」
俺の心配に、店長は酷くつまらなさそうな様子で答えた。
まるで自分にとってつまらない事が確定事項になっているかの様な態度だ。
「結局セイレーンって何なんでしょうね? 山にも森にも海に島にも居て、歌で獲物をおびき寄せるバケモノって事ですか?」
「ねえカナエ知ってる? サイレンとセイレーンって
「え? えっと、その」
「私は逆なんじゃないかと思うの。昔は今よりも技術による危機感知の精度や範囲が劣っていた。つまり、サイレンが聞こえた時点で住まいを捨てないといけないし、逃げ遅れる人が出るのは確実だった……昔の人にとって、聞こえた時には既に何人かは怪物のお腹の中だったのがサイレンなんじゃないのかしらねって」
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