第十一話『悪魔召喚フォトグラフ-Digital Evil Story-』

 バイト先の店長から、面白い代物を仕入れたから見に来いと言う旨の連絡れんらくが届いた。

 こう言った内容の連絡が来た場合、俺の経験則から言うと、店長は商品価値の無いガラクタを仕入れて喜んでいる事が多い。

 あの人は商品価値のある品を評価している客に売る事に喜び、何の役にも立たない品を手元に置いて喜ぶのだ。

 いや、世間が評価しない様なガラクタに価値を見いだして愛でていると言った方が正しいだろうか。

 特に拒む理由も無かったので、俺はバイト先に出向いた。

 店の入り口から入ると、いつものすみを垂らしたような長髪ちょうはつとシンプルなイブニングドレス風の様相の店長が、それは機嫌が良さそうな様子でこちらに微笑みかけていた。

「いらっしゃいカナエ、連絡見てくれましたよね? ああ、こんなにウキウキするのは久しぶり。あちらにあるからどうぞ一目ひとめらん下さいな?」

 目に見えて浮足立って居ると言うか、興奮していると言っても良い様子の店長が指差した先には、ショーケースの中に何やらレンズの付いた小さなスイカ程の大きさの箱があった。

 もしも俺がアレが何か知らなかったとしたら、レンズが付いている事から推理しただろう。

 しかし、俺は映画でアレと殆んど全く同じ物を観た事があり、感心こそするものの困惑こんわく驚愕きょうがくはしなかった。

「旧式のカメラですか? しかし大きいですね、普段俺が使っている携帯端末けいたいたんまつの十倍くらいの厚さと二倍くらいの面積めんせきがあるんじゃないですか?」

 俺がそう言うと、店長は見た事が無い程に嬉しそうにニンマリ笑いながら、俺の感想かんそうに否を突きつけた。

ちがうの、それはカメラだけど、ただのカメラではありません。なんといわく付きのインスタントカメラなのです!」

 店長は得意そうに顔をほころばせながら、むねを張ってそう言った。店長の流線形の豊かな体躯たいくが姿勢で強調された形になって、俺はちょっとドキマギした。

「そうですか、インスタントカメラですか……インスタントカメラは知っていますが、その曰くってのはどんな話なのですか?」

 俺の質問に店長は増々目をかがやかせて笑みを浮かべる。そのカメラにまつわる話を俺に聞かせたくてたまらないと言った様子だ。

「カナエは本当に聞き上手なバイト君ね、それは悪魔を写すインスタントカメラの試作品なの」

 悪魔を写すインスタントカメラ。なるほど、それはこの物好きな店長がどこかから手に入れたり売買しそうな代物だ。

 しかし、繰り返すがうちの店長は奇妙な商品を欲しがっている客に売り渡す事、即ちそれこそ商行為事態じたいに生きがいを感じている女性だ。

 どんなに呪われていたり奇蹟きせきの様な商品を仕入れても、淡々たんたんと他人事の様にしか説明しないのが常日頃での言動なのだ。

「店長が嬉しそうに商品そのものに対して話しているって事は、このカメラ自体には何も不思議な力は無いって事ですか? そして、そうだと仮定したらこの話の肝はこのカメラが試作品って事に……つまり研究者の方にあるって事ですね?」

 俺の推測を聞き、店長ははとが豆鉄砲を喰らった様な顔を一瞬いっしゅんし、先程までの満面の笑みではなくささやかな微笑ほほえみに表情がまた変わった。

「カナエは勤勉きんべんねえ、普通の人間は雇い主に対してそこまで関心を抱かないんじゃないかしら?」

 微笑みながらそう言った店長の言葉は、何だか俺の心を見透かされている様な気がして、俺は思わず目をらした。

「まあいいわ、カナエの言ってる事は大正解。これを作った会社は悪魔を召喚するプログラムとか、人格を外付けする仮面とか、樹海でしか使えない地図作成アプリケーションの様な、へんちくりんな物ばっかり作っていたわ」

 店長にへんちくりんと言われるあたり、その会社は相当なへんちくりんなのだろうな。と、俺はそう思った。無論、口には出さない。

「その企業、食っていけてるんですか?」

「ちょっと前に吸収合併されたわ」

「あ、はい」

 よし、その会社の事はそっとしておこう。

「でもね、このインスタントカメラは数奇な商品として業界で有名になったわ。それと言うのも、このインスタントカメラから出て来るのはシールになっているの」

「それってすごいのですか? 普通にある事では?」

「それが普通じゃなかったのよ。開発としては、悪魔を写して簡単に除霊したり、もしくはインスタントで呪符じゅふを作ったり、或いはお守りにする積もりだったそうなの。例えば、レプラコーンとか座敷童ざしきわらしの様に幸運をもたらすけど気まぐれな妖精や妖怪をシールに閉じ込めて、普段から持ち歩いている物に貼ったら良いって」

「なんですかそれ? 逆にたたられませんか?」

「ええ、祟りにあって親会社が無くなったらしいわ」

 店長の語りは、ウキウキと高揚を隠さない調子だった。そこは恐ろしげに演出するのが鉄板ではなかろうか? まあ、いいか。

「なるほど、呪符とかお守りを作ろうとした結果、逆に祟られて会社が無くなった曰くですか。それはカメラそのものが力を失っていても、確かに店にかざる価値はありそうですね」

 店長は俺の言葉に対し、今度は目を細めてニヤニヤと笑みを浮かべ始めた。この人は何時も楽しそうだが、今日は特別機嫌きげんがいい。

「それはちょっと違うわ。それだけでも充分数奇な製品だけど、このカメラは正に台風の渦中かちゅうにあったの。この悪魔をシールにするカメラは悪魔を写す事は出来なかったのだけれど、写真をシールに出来るってだけで企業間に多くの競争や悲劇やドラマを繰り広げたわ」

「失敗作のカメラが台風の渦中に?」

「ええ、写真をシールにするカメラは注目を集めて類似品が跋扈ばっこし、けれどもこれを最初に作った会社は災難にあって消滅しょうめつしかけて、それから大企業に拾われてその権利は親会社の物になったの。この失敗作のカメラを巡って大小様々の企業が血眼になって闘争を繰り広げたのよ!」

 店長の口調は熱が入り、加速し、そして何より興奮こうふんしていた。

 このカメラの逸話いつわが店長の琴線きんせんに触れたのは理解出来るものの、同時に俺は店長のツボとは離れた所に自分が居る事を感じた。

「失敗作のカメラですか……やっぱりこのカメラは失敗作なんですね」

「ええ! 何せ悪魔を写すって触れ込みなのに、そのカメラったら人間しか写さないのだもの!」

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