第二話『完璧な不能犯-Voodoo Magic-』

 憎い、俺はあの男が憎くて憎くて仕方ない、俺の岩野いわの理沙りさうばった罪は万死に値する。いや、実際の所寝取ったとかそう言う事実はない、だが俺が告白をするもりだった理沙にアタックし、付き合い始めてラブラブ幸せオーラをまき散らす男を俺は許す事は出来ない。復讐ふくしゅうするは我にありだ!


 まず、俺はその男の事を調べあげた。名は露地ろじ良健よしたつ、頭が良く、運動も出来る方、しかし俺の目にはどこか影のある男に見え、可愛くて控えめで大和なでしこ然とした最高の理沙さんの相手としては絶対にありえないと言ったところだ。

 やはり理沙さんの相手に相応しいのは俺だ、俺は栄光に満ちた将来を想像する。最高にかわいい流神るがみ夫人と、その最高の配偶者たる流神るがみ飛揚人ひよと、イコール俺! そして二人の愛の結晶たる子供達。うむ、完璧だ。やはり理沙さんの相手に相応しいのは俺以外にあり得ない。

 感情的にも論理的にも、やはり俺はあの露地とか言う男を排除する必要があると言う結論に到達した。勿論手段は証拠が無く、立件や露見が不可能ないし困難な物が好ましい。

 そんな都合の良い手段は通常ならばあり得ないが、俺には一つ思い当たる節があった。あの露地とか言う野郎の存在を知る前に、近所の占いの店で見つけた呪術の道具だ。当時の俺は、占いの店に店主に恋占いや恋に効くおまじないを求めて来店して、呪いの類は眼中に無かった。

「あらあら、これはダメね、あなたには仇敵きゅうてきになる影が見えるわ。あなたの運命は二つに一つ、正面からぶつかってそれに打ち勝つか、仇敵にボコボコにされて負けるか。と、出ているわ」

 占いの館らしく魔女っぽい姿の店主はそう言い、俺に様々な助言や運勢向上の品物等を紹介してくれたが、その一方で自分の占いは絶対だと力強く言っていた。

 つまり、あの魔女の力は絶対と言う事だ! 事実こうして俺はあの魔女の占い通りに仇敵に遭遇そうぐうし、今奴と戦わんとしているのだから。

 そして、あの本物の魔女が勧めていた商品の中には呪術の道具もあり、俺は改めてこれを購入こうにゅうした。これであの露地とか言う間男もお終いと言う訳だ!


 俺は占いの館の近く、高校の裏手にある雑木林の奥に居た。ここら辺は元より人通りが少なく、それこそ人の手が入っておらず、人気が全く無ければ人以外の動物の方が多く、時刻は深夜二時、月が雲の合間から顔を覗かせており、呪術には最適の時刻と環境だ。

 俺は俺の夢を成就する為に、購入した呪術の道具を取り出し、説明書きを再三再四読み直し、そして魔女の言葉を思い出した。


『それを使いたいならどうぞ使ってくださいな、その人形は強い意志に反応するの。強い意志さえあれば動作するから、例えば相手の髪の毛とかは不要で、でも相手の本名を書いた紙を中に入れたりしたほうがいいと思うわ。そうしたら、あなたの成したい事を強くイメージしながらくいか釘かピンをその人形に気が済むまで打ち続けて頂戴ちょうだい、気が済むまでね。それが終わったら、その人形は土に埋めるの。ただし、この一連の行為は途中で絶対に中断しないで下さいな、もしそうしたら人形は正しく機能しなくなるわ』


 俺は魔女に言われた通り、露地良健と書いた紙を糸で編んで作られたその人形に入れ、これを木に打ちつける形で釘を刺し金鎚かなづちで叩く。無論露地を呪うイメージを頭に浮かべながらだ。

 滅多刺しにされた露地! ナイフで刺された露地! はりつけにされて抵抗出来ない露地! 喉をっ切られた露地! なわしばられ身動き取れない露地! のどを刺された露地! 猿轡さるぐつわを噛まされて弁明すら出来ない露地! 包丁で刺された露地! 腹部をさばかれた露地! 殺意がどうとか躊躇ためらい傷とかはどうとかはいい、致命傷を幾つもその身に食らった露地! 苦しみのたうち回る露地……いいや、苦しむ暇すら与えられず即死する露地! 大量出血した露地! 両目を小刀で脳まで突き刺された露地! 舌をキッチンナイフで摘出てきしゅつされた露地! 小腸が腹部から取り出されて零れた露地! 心臓に穴をあけられた露地! 誰にも知られずに死に至る露地!

 俺は強いイメージを抱きながら、何度も何度も人形を木に突き立てて杭を金鎚で叩いた。甲高い音が反響する音が耳に心地よい。そして俺は杭で木に打ちつけられた人形を難儀しながら剥がし、後はこの人形を土に埋めんと地面にシャベルを突き刺した。

 その時俺の背後から犬の鳴き声が大量に響いた。俺はハッとして振り返る。

 野犬の群では無かった。一人の人間が大量の犬をリードに繋いでこちらを見ている。俺の目に懐中電灯の光が刺さる様に投げかけられ、目が眩んだ。

「おいあんた、こんな所で何やっているんだ?」

 それはこちらの台詞だ! しかし呪術の儀式をしていたんです。とバカ正直に答える義理も無い。ひとまず呪術を中断し、この場を逃げ、改めて人形を土に埋める事にしよう。

 俺は脱兎の如く走り去り、後ろから反響する犬の鳴き声は幸い近づいてこなかった。あの飼い主はリードをキチンと手放さない良い飼い主だったに違いない。

 そう考えながら俺は家に逃げ帰り、敷地内にある土中に人形を埋めた。

 これで露地の奴がどうなるかは知らないが、あの本物の魔女さんがくれた呪物なのだ、効果てきめんに働いてくれるだろう。

 はてさてどうなるのだろうか、俺が念じた様に滅多刺しだろうか? 仮にそうなったとしても、証拠も無ければ呪殺なんてものは不能犯なんだ、呪いの人形が殺したなんて事件は立証も立件もされる事は無いだろう。

 俺は呪いを完遂し、ぐっすりと泥の様に床に就いた。


 * * * 


 警察署内に二人の警察官が居た、刑事ドラマで見る様なベテランと若手の二人組だ。

 二人は自分達の仕事や、検察の仕事について話していた。周囲にはその二人しか居らず、大声でなければ話をしても周囲に漏れる事は無い環境だった。

「この間、産駒サンク町で男性が滅多刺しにされている事件があっただろう。身体のあちこちが刺されていて、何度も致命傷を与えたって感じの奴だ」

「ええ、覚えていますよ。私怨で何度も刺したって感じのグロい奴、忘れようとしても思い出せないと言うか、未だに思い出しリバースしそうになりますよ」

「アレな、自殺って事になった」

「は? 何をおっしゃる先輩さん、典型的エクストリーム自殺じゃないですか! どうやって何回も自分で自分に致命傷を与える事が出来る人間が居るんですか! しかもご丁寧に体には荒縄あらなわで縛った跡まであるんですよ? そもそも凶器を手に持つのも可能か疑わしい状態なのに自殺と?」

 若輩の警察官は声を荒げ、先輩の警察官に言った。声には困惑と糾弾の色が見られ、自分が正しくて相手が間違っていると確信した様子の声色だ。

「ああ、コイツを見ろ。検察から来た報告書だ」

 先輩警察官は相棒らしき若輩の警察官に書類を見せ、書類を読んだ若輩の警察官は苦虫を潰した様な顔をした。

「あーはいはい、じゃあ自殺って事にしますよ。しかし困ったな、これじゃ警察は無能だって世間から言われちゃうし、第一遺族に何て言えばいいのやら……」

「そう言うな、昔からよくある事だ。俺達は俺達の仕事をするしか無いんだ」

「確かに自殺かも知れませんけど、納得できませんよ。呪い返しによる自死だなんて……」

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