第五十五話『栄養価に優れた最高のダイエット-devil’s tongue-』

「もうやだ! またリバウンドした!」

 またやってしまった。

 私はダイエットをして体型を作っては、また太るという事を人生で何度もしてしまっている。

 いわば、せやすく太りやすい体質なのだと思う。

「でも折角痩せたら、気が済むまで甘い物を食べたいし……」

 原因は分かっている、これだ。

 この私の性分が悪い、私は本質的に食べる事が大好きなのだから。

 この間も体型が元に戻ったから行きつけのブッフェレストランで、大好きなスパゲッティとチョコレートケーキとシュークリームとソーダゼリーとミルクかき氷と赤肉メロンを好きなだけ食べたせいだ。

 それから、シュークリームは九個しか取ってはいけない。

 これは私の経験則。シュークリームを一ダース更に盛った時、コーヒーで口をうるおしながらと食べたけれど、十個目から飽きが来て美味しく感じなくなってしまった。

 ただ、私は断じていかにも太りそうな料理だけが好きという訳でもない。

 ダイエット食も大好きで、繰り返すけど食べる事が大好き。

 例えばダイエット用のコンニャクの甘辛煮は好物で、自炊でもよく作る。

 酢飯の代わりに水抜きした豆腐とうふを使った、ネタも低カロリーのお寿司も好きだし得意。

 ササミのソテーなんて、十八番で大好物!

「でも、油分や甘みの無い食事ばっかりじゃ飽きちゃうし……」

 そんなこんなで、私は太っては痩せて、太っては痩せてを生まれてから何度も繰り返している。


 こんなんではいけない!

 私は一念発起し、軽めのランニングと油分や甘みの少ない食事を作るべく街に出る事にした。

 人間、何もせずに家でゴロゴロしているのが最悪なのだ。

 団地を走り、公園こうえんを突っ切り、学校の横を抜けて、市場を通り過ぎ、テーマパークの脇を駆け抜け、その先にある業務用ぎょうむようスーパーを目指す。これが今日の私のプラン。

「あれ? こんなお店、前からあったっけ?」

 走っている途中、壁面へきめんつるった、どことなく幻想的な雰囲気がする、古風な映画かアニメで見る様な、可愛らしい小間物屋の様な店が学校の少し先にあった。

 小間物屋の様と判断したのは、店先に何かお守りの様な物が下げてあったり、店の中にポプリや写真立て等が見えたからだ。

 私はこの小間物屋に何とも言えない関心を感じて、何となく入店した。

 入店した時思ったのだが、その時の私は人間の指をぐ猫か、もしくはペットフードに釣られるハムスターの様だった気がする。

「あら、いらっしゃい。何をお求めかしら?」

 店内には、かざり気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿ですみを垂らした様な黒髪くろかみが印象的な店主が居た。

「えっと、私は……」

 店主さんに質問された瞬間しゅんかん、レジのすぐ前方にあるアイスクリーム専用冷凍庫とでも言うのだろうか? 名前の分からないアレアイスクリームショーケースの中に目を引く物があった。

 アイスクリーム冷凍庫の中には桐箱が入っていて、さらにその中には桃が収まっていた。

 外見は冷凍庫なだけで冷蔵庫れいぞうことして設定されているのか、それともあの桃に見える物体は桃のシャーベットか。

「あら、その仙桃に興味きょうみがお有りかしら?」

「仙桃……?」

 仙桃と言うのは聞いた事は有る。

 確か伊弉諾イザナギや孫悟空や桃太郎と関係がある桃で、実際にそれに因んで命名された桃も存在するらしい。

 けれども、目の前にあるソレが、その仙桃と言う果物かどうかは分からない。

「こちらはね、いわば完璧かんぺきなダイエットフードと言ったところかしら?」

「完璧なダイエットフード!?」

 私は仙桃について詳しくは知らないけれど、それが本当ならば願ったり叶ったり!

 その完璧なダイエットフードと言う売り文句が本当ならば、体型を元に戻せるし、何よりまた甘いものをたくさん食べる事が出来る!

「元々ダイエットというのは食事って意味で、この仙桃は腹の虫を……」

「それを下さい!」

 私は居ても立っても居られなくなり、店主さんの言葉をさえぎって宣言した。

「あら、そんなに仙桃が欲しいの? そうでしたらおゆずりします、ただしこの子達は栄養満点えいようまんてんで、一つ食べれば一生体質改善されるからお譲り出来るのはお一人様一つだけ。それから転売なんかもご遠慮えんりょねがいます」

 どうせ完璧なダイエットフードなんて物、生産者の主観しゅかんや相対的評価だとは思う。

 だけど、何故だか私にはこの完璧なダイエットフードという商品が途轍とてつもなく魅力的みりょくてきに思えた。

 理由は分からないけど、多分一重にダイエットの口実が作りながら桃を食べる事が出来る事が嬉しかったのだと思う。

 私は完全に有頂天になっていた。


 私はあの後、業務用スーパーには行かずに、件の小間物屋から直接うちへと帰った。

 完璧なダイエットフードとやらはおどろくほど安く、普通に桐箱入りの桃を買うよりもずっとずっと安かった。

「こんなに美味しそうなのに不思議ふしぎ、ダイエットフードだから味もしなくて売れ残っていたとか?」

 早速私は仙桃に一口みついた。

 味がする。仙桃は想像を絶する程甘く、食べれば食べるだけ食欲が湧いた。

 それだけでなく、私が食べて来たどんな果実より水気が有り、咀嚼そしゃくする毎に信じられない程の果汁があふれて来る!

 私は夢中になって仙桃をむさぼる様に食べ、そして食べ終えた。

 ものすごい充足感があって、甘い物を食べられない閉塞感なんてどこかへと吹き飛んだ!

「あー、もう最高! 満足、満足。もうこれ以上何も食べられません!」


  * * *


 壁面に蔓が這った、どことなく幻想的な雰囲気の、古風な映画かアニメで見る様なおまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

 店内には、飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿で墨を垂らした様な黒髪が印象的な店主と、どことなく刃物の様な印象を覚える、詰襟姿つめえりすがたの従業員の青年とが居た。

「あれ、あの桃売れたんですか? 何でしたっけ、捨て虫とか何とかいう名前の」

 従業員の青年は、アイスクリームショーケースの中をみがきながら意外そうな声で女店主に尋ねた。

「ええ、三尸さんし捨ての仙桃ね。ものすごく欲しがっている人が居るから、安くゆずってあげたの。あの人すごく欲しがっている上に浮かれ調子だったけど、きっとあの人なら仙桃を気に入ってくれると信じているわ」

 そう語る女店主とは対照的に、従業員の青年はひどく気味が悪そうに眉をひそめる。

「いやー、アレを有効活用出来る人間って居ないと思いますよ。それこそアレを有効活用出来るとしたら人間じゃないと言うか、腹の虫を殺して、二度と腹が空かなくなる桃だなんて……」

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