第五十六話『お変わりありませんか?-sorry-』
店内には、飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿で墨を垂らした様な黒髪が印象的な店主と、どことなく刃物の様な印象を覚える、
従業員の青年は丁度
棚には商品名を記したプレートが施してあり、彼はそれを確認しながら補充や商品の入れ替えをするのが当面の彼の役目。
棚に並んでいるのは『
「アイネさん、この『変わらないレターセット』……って在庫ありますか?」
「ああ、それは今はもう取り扱ってないの。だからプレートを外しちゃってくださる? 何か別の商品を置く事にしましょう」
店主の女性は、何を空いてしまったスペースに置くか軽く思案する。
しかしその一方で、従業員の青年は売れてしまった『変わらないレターセット』が気がかりだった。
「あの、アイネさん。『変わらないレターセット』って何ですか?」
従業員の青年の言葉に対し、店主の女性はパッと表情を明るくした。
「あら、カナエも気になるの?」
「俺も?」
疑問を口にする従業員の青年とは逆に、店主の女性は楽しそうにクスクス笑いを
「ええ、これはこの間それをお求めしてくれたお客さんの話なのだけれど……」
* * *
「『変わらないレターセット』って、どういう意味ですか?」
店内に居るのは、女学生と
女性客の手には太陽や茄子や富士山が描かれたポストカードが見て取れ、厚みからして十二枚一組のポストカードだと分かった。
「ええ、それは文字通り『変わりありません』と書くためのレターセットです。いわば厄除けのレターセットと言い換えてもいいかも知れません」
女店主の言葉は、大半の人は意味が分からなかったかも知れない。しかし、彼女はその説明を聞いて商品の
何故かと言うと、女性客は『変わりありません』と手紙に書けない立場であった。
「これ、本当に効果があるんですか?」
女性客はおずおずと質問をした。
出来る事なら親族を二度と失いたくないという考えと、いい
「このレターセットを
女店主は胸を張って自信満々に言ってのけた。
その調子たるや、女性客はそんなに自信満々ならば買ってみようかという気分にすらなった。
無論、女性客はこれがあれば身内が亡くなる等とは
しかし、女店主の
「分かりました、この『変わらないレターセット』を下さい」
* * *
「それからどうなったんです?」
従業員の青年は興味半分、恐れ半分で店主の女性に尋ねた。
何せこの店にある商品は全てワケ有りの曰くつき、女店主のセールストークには文字通り
彼女が『変わらないレターセット』と言えば、それは正真正銘『変わらないレターセット』なのだ。
問題は、従業員の青年には『変わらないレターセット』がどういう物か分からない事、彼の
「何も無いわ」
「何も無いんですか?」
女店主はさも当り前、
「ええ。あのレターセットを買っていったって事は、あの人の身には本当に何も無いわ。身内が亡くなる事は勿論無いし、従ってうちにクレームが来る事も無いわ。それから進学する事も卒業する事も無くなるし、
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